蘇る本能 #25

 階段を下り、『カメリア』の前に出ない様にして往来をのぞき込むと、彼方から黒塗りのベンツがやって来て、叶の真ん前で停まった。後部座席から、史穂を見張っていた凸凹コンビが出て来た。長身が睨みつけて来たが、叶は無視した。遅れて運転席のドアが開き、先日と同じ運転手が現れて丁寧に頭を下げた。

「お待たせ致しました。どうぞ」

 叶は無言で頷き、小肥りに促されるまま後部座席へ身体を入れた。間髪入れず凸凹コンビが両側から乗り込み、叶を挟む。

「色気の無いエスコートだな」

 叶が呟くと、小肥りがおもむろに上着のポケットから何かを取り出し、素早く叶の首筋に当てた。その刹那、車内に何かが破裂する様な音が響いた。

「がっ」

 叶の全身を激痛が駆け抜け、直後に気を失った。小肥りの手には、小型のスタンガンが握られていた。直後に運転手が乗り込み、車をスタートさせた。その数秒後、少し離れた路地から灰色のクラウンが出て来て、ベンツの後を追った。ハンドルを握っているのは、石橋だった。


 意識を取り戻すと同時に、首筋の痛みに顔を歪めつつ叶が身体を起こした。寝かされていたのは簡素かんそな長椅子で、周囲を見回したが他には何も見当たらなかった。殺風景な部屋だが、床をよく見ると何らかの調度品を長期間置いた痕跡があった。

「ここは……」

 叶が呟くと、背後から、

「お目覚めですかな、叶友也選手?」

 と薩摩の声がかかった。振り返ると、薩摩が数人の部下を従えて立っていた。

「随分手荒な御招待だな、誰に対してもこうなのか?」

 叶が毒づくと、薩摩は口角を吊り上げて答えた。

「いえ、貴方は一応探偵ですからね、念には念を入れたまでです」

「秘密主義が徹底されてるじゃないか」

「慎重なだけですよ、手荒な真似をして申し訳無い」

「フン、ここの所忙しかったから、かえって良い休息になったぜ」

 叶の減らず口を聞き流して、薩摩が言った。

「試合のルールですが、目への攻撃と金的攻撃は禁止です。試合には、素手素足で出てもらいます。決着は、どちらかが闘えなくなった時、です。いいですね」

「……大変シンプルで結構」

 渋い表情で返す叶に、薩摩は強い口調で告げた。

「試合開始まで後十分少々です。準備をお願いしますよ」

「ちょっと待て!」

 部屋を出ようとする薩摩を、叶が鋭い声で呼び止めて訊いた。

「史穂ちゃんは無事だろうな?」

「大丈夫ですよ、今の所はね」

 微笑びしょう混じりに答えて、薩摩は部下達と共に出て行った。

「今の所、だと? クソッ」

 苛立ちを露わに吐き捨てると、叶は長椅子の下に置いてあったスポーツバッグを引っ張り出して、出る前に閉めた筈のチャックが開いている事に違和感を覚えて中身を確かめた。誰かが物色したらしく、入れておいたバンテージが無くなっていた。先ほど素手素足と言われたので一応納得しつつ、試合の準備に取りかかろうとした所で別の違和感に襲われ、今度は自分の衣服を改めた。財布とその中身は無事だったが、スマートフォンが無くなっていた。

「念には念、か」

 独りごちると、叶は衣服を脱いでショートタイツ一枚になり、バッグから濃紺のトランクスを取り出して履いた。現役時代に縫いつけていたスポンサーのワッペン類は既に外され、ベルトラインの中央に『KANOU』という刺繍があるのみだった。

「二度と履かないと思ってたんだがな」

 苦笑しつつ呟くと、叶は靴と靴下を脱ぎ、バッグから出したサンダルに履き替えて立ち上がった。


《続く》

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