蘇る本能 #23
その夜、ジムでの指導を終えて掃除をしている最中、叶は熊谷に尋ねた。
「タモさん、もしも、何でもありの試合やれって言われたら、どうします?」
「はぁ? 何だ
訝しげな顔で訊き返す熊谷に、叶は「えぇ、まぁその、何となく」と言葉を濁した。数秒考え込んでから、熊谷が答えた。
「やらねぇ。絶対断る」
「えっ?」
質問を
「そりゃそうだろ。こちとらボクシングしか知らんのだぞ、付け焼き刃じゃ勝ち目無いだろうが」
「……そうっスね」
納得行かない顔の叶を見かねたのか、熊谷が付け足した。
「まぁ、どうしてもやらなきゃならんって場合は、そうだな、相手には
「付き合わない?」
叶が訊き返すと、熊谷はモップの
「あぁ、相手の得意分野には決して踏み込まず、逆にこっちの得意分野に引きずり込む様に闘うね。結局、ボクシングだろうが何でもありだろうが、相手の嫌な事をやって勝つもんだからな」
「なるほど……」
感心した様に二、三度頷くと、叶は熊谷に、
「ありがとうございました、タモさん」
と礼を述べた。突然感謝されて、熊谷は困惑しつつ「お、おぅ」と応えた。
一週間が過ぎたが、薩摩からは何の音沙汰も無かった。苛立ちを抱えつつも、叶は坂巻との対戦に向けてトレーニングを積みながら、坂巻の行方を探す事も忘れなかった。この世にたったひとりの肉親である兄を待ち続ける史穂の心情を思えば、対戦の日を待ってなどはいられなかった。
しかし、今日もさしたる収穫は得られず、叶は疲労を抱えて事務所に戻った。給湯室に入って奥のトイレで用を足し、冷蔵庫に保管してある二リットルのペットボトルのミネラルウォーターをラッパ飲みした所で、電話の呼び出し音が聞こえた。舌打ちしつつ、ペットボトルを戻して給湯室から出て、受話器を取り上げた。
「ハイ叶探偵事務所」
『
一週間ぶりに聞く重低音に、叶は表情を引き締めて言った。
「待ちかねたぜ。やっと日取りが決まったのか」
『ええ、おかげ様で』
相変わらずの慇懃な口調で返した薩摩に、叶が更に訊いた。
「で、いつやるんだ?」
『はい、急で申し訳無いのですが、明日の夜に行う事になりました』
「本当に急だな、まぁいい。それで、試合は何処でやるんだ?」
『それにつきましては、こちらからお迎えの車を出しますので』
ある程度予想できた返答に、叶は頷きながら「判った、待ってるよ」と応えた。すると、薩摩が妙な事を言い出した。
『あぁそれと、念の為に保険をかけさせてもらいました』
「保険? 何だそれは」
『貴方のアドレスにメールを送っておきました。御覧ください』
「メール?」
訝りつつ、叶が上着の内ポケットからスマートフォンを取り出すと、確かに新着メールを知らせるアイコンが表示されていた。メールアプリの受信ボックスを開き、『保険』と題されたメールを開いた。だが本文には何も記載されておらず、添付ファイルのみが存在していた。
「またかよ」
「なっ!?」
《続く》
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