蘇る本能 #22

「あぁビックリしたぁ、ともちん何で朝からそんなの観てるの?!」

 口を尖らせて抗議する桃子に、叶は「すいません」と呟いて肩をすくめた。

 画面に映し出されていたのは、過去に坂巻が出場した海外の総合格闘技の試合映像で、丁度ちょうど黒人選手が坂巻に馬乗りになって執拗しつようにパンチを振り下ろしている場面だった。

「もう、男の人って何でそんな野蛮な物が好きなのかしら?」

 首をかしげながら離れる桃子の後ろ姿を一瞥してから、叶は画面に目を戻した。試合はそのまま、上になっていた黒人選手が殴り続け、坂巻が防戦一方となった所でレフェリーが割って入り、テクニカル・ノックアウトで坂巻が敗れた。

 結果が判るや否や、叶は映像を止めてファイルを閉じ、坂巻の他の試合映像を探し始めた。空いた手がかたわらの皿に伸び、残りひとつになったサンドイッチを掴んで口に運ぶ。

 暫くすると、奥のキッチンから大悟が出て来て、叶に声をかけた。

「熱心ですね、もう二十分以上そうやってますよ」

 指摘を受けて叶が店内の時計を見ると、午前九時を過ぎていた。

「あ……申し訳無い」

 苦笑して映像を止め、サンドイッチが乗っていた皿の側ですっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干すと、叶は千円札をカウンターに置いて立ち上がり、ノートパソコンを脇に抱えて店を出た。その背中を見送りながら、桃子が誰にともなく言った。

「今日のともちん、何か変ね」


 オクタゴンに、叶が立っていた。

 現役時代と同じ濃紺のトランクスを履いているのみで、他には何も着けていない。

 スポットライトに照らされながら、叶の対面に現れたのは、佐伯仁だった。

「佐伯?」

 瞠目する叶に、佐伯は無表情でファイティングポーズを取り、襲いかかって来た。咄嗟に顔面をガードする叶だが、佐伯の右前蹴りが鳩尾に食い込み、叶は身体をくの字に曲げて悶絶する。すかさず佐伯が叶の頭を両腕で挟み込んで引きつけ、左膝蹴りを右脇腹に打ち込む。肝臓をしたたかに打たれて血反吐を吐く叶の頭を強引に起こし、佐伯が右肘打ちを一閃した。左まぶたが深々と切れ、夥しい量の鮮血が叶の視界を奪った。

「う、うわあああぁっ!」

 全身を恐怖に貫かれた叶が、闇雲やみくもに左右の拳を振るうが、目の前から佐伯の姿は霧消むしょうしていた。直後に、胴体に強い衝撃を受けて叶はマットに叩きつけられた。軽く脳震盪のうしんとうを起こし、定まらない視界に入ったのは、カクテルライトの後光を浴びて叶の上に馬乗りになる坂巻功太郎の姿だった。

「なっ?!」

 驚く叶の顔に、坂巻の拳が急接近した。


「うわっ!」

 跳ね起きた叶の顔には、大量の汗がしたたっていた。

 事務所のベッドの上で、叶は呆けた様な表情で周囲を見回した。

「夢、か……」

 深い溜息を吐いて額の汗を拭うと、やはり大量の汗を吸ったTシャツを脱ぎ捨てて、デスクに移動して時計を見た。既に午後十四時を過ぎている。『カメリア』を出た直後に仮眠のつもりでベッドに寝転がってから、実に五時間が経過していた。もう一度溜息を吐くと、叶は居住スペースに戻ってスーツに着替え、昼食をる為に事務所を出た。


《続く》

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