蘇る本能 #21

「ペドロ・アンドラーデだ」

 画面に表示されていたのは、上半身裸に黒いトランクスを履いて総合格闘技のリングに立つアンドラーデの姿だった。特徴的な左胸の刺青が、屍体のそれと一致していた。

「おぉ、確かにこの男だ。で、何者だ?」

 写真と画像を見比べて納得した石橋がたずねるが、叶は無造作にスマートフォンを引っ込めて、

「それくらい自分で調べてくれ、オレがくれてやる情報はここまでだ」

 と言い捨てるなり、残りのコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。即座に松木が立ち塞がる。

「おい、まだ話は終わってないぞ!」

「これは任意の事情聴取だろ? ならこれで終わりだ」

 叶が松木をにらみつけながら正論で返すと、後ろから石橋が声をかけた。

「待ってくれ叶君」

「終わりだ」

「あの薩摩という男は、六年前に組対そたい五課が潰した暴力団『桐山組きりやまぐみ』の構成員だった男だ、今回の件に薩摩は絶対に関わってる、だから頼む、協力してくれないか?」

「断る」

 石橋の要請を蹴ると、叶は自分が使ったコーヒーカップを取り上げ、松木の脇をすり抜けた。石橋は尚も追いすがり、自分の名刺を叶の上着のポケットにねじ込んだ。

「何かあったら連絡してくれ」

 叶は苛立ちを露わに振り返るが、舌打ちを残してカップを返却口へ置き、足早に店を出た。その後ろ姿をま忌ましげに見つめながら、松木が石橋に訊いた。

「何なんですかあいつは? 石橋さんとどういう関係なんです?」

 椅子に戻って居ずまいを正した石橋が、叶が座っていた椅子に腰を下ろした松木に向かって話し始めた。

「八年前、自分がまだ所轄しょかつに居た頃、彼の妹の麻美さんが行方不明になった。自分が担当したんだが、最初に通報を受けた時点では、事件性は低いと高をくくっていたらしく、初動捜査が甘かった。だから、自分が捜査を始めた時には余りの手掛かりの少なさに途方に暮れたよ。それでも必死に捜査したんだが、その最中に本庁への異動が決まったんだ。自分は捜査を続けたかったが、当時の署長の命令で捜査から外されて、それっきりだ」

「はぁ、あさみってのは、あいつの妹の事だったんですか」

 松木の言葉に頷くと、石橋は続けた。

「叶君は、自分の異動を知ると、言葉の限りに自分や他の刑事達の事を罵ったそうだよ。彼の気持ちはよく判る、でも自分は組織の人間だから、命令には従わなければならなかった……しかし、彼には到底とうてい許せない事なんだろう」

 嘆息たんそくして、石橋はカフェラテを飲み干した。


 翌朝、『カメリア』のカウンター席で、叶がサンドイッチ盛り合わせを食べながらノートパソコンの画面を凝視していた。そこへ、横から桃子が声をかけた。

「ともちん、さっきから真剣に何観てるの?」

 しかし、叶は全く反応せず、ひたすら画面を見つめながらサンドイッチを齧り続けている。いぶかしんだ桃子がそっと画面を覗き込んだ途端とたんに「きゃっ」と悲鳴を上げた。至近距離で大声を出されて、さすがに叶も反応せざるを得なかった。

「おっ、どうしたの桃ちゃん?」


《続く》

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