蘇る本能 #20

 先頭でカフェの自動扉をくぐった叶が、カウンターでブレンドコーヒーを注文した。会計を済ませてコーヒーを受け取ると、石橋と松木を待たずに二人掛けのテーブルに陣取った。その後に石橋がカフェラテを片手に叶の対面に座り、松木はアイスコーヒーを持って近くのカウンター席に腰を下ろした。煙草を出しかけて、自分達の居るエリアが禁煙だと知ってポケットに戻す。

 ブレンドをひと口啜ってから、叶が口を開いた。

「それで、訊きたい事ってのは『鳳金融』の事か?」

「察しがいいね。君は何で『鳳金融』に行ったんだ? しかも奴等の車で。一体どういう関係なんだい?」

「答える気はないな。これも守秘義務しゅひぎむって奴でね」

「守秘義務?」

 戸惑う石橋に対し、叶が名刺を一枚取り出してテーブルに落とした。それを拾って見た石橋が、目を見開いて尋ねた。

「えっ? 君、探偵やってるのか?」

 無言で頷いた叶に、石橋が名刺をポケットにしまいつつ更に尋ねた。

「どうして探偵なんて? ボクシングはどうしたの?」

「決まってるだろ、オレ自身の手で麻美を探し出す為だ、アンタ等警察には任せておけないからな。ボクシングは引退した」

「そうか……」

 渋い表情で頷く石橋に、今度は叶が訊いた。

「それよりアンタ、本庁の捜査一課なんだろ? それが何で『鳳金融』を気にしてるんだ? 金融関係は二課の管轄だろ?」

 石橋は叶を見返したまま、ジャケットの内ポケットから数枚の写真を取り出してテーブルに広げた。叶が何気なく視線を落として、瞬時に顔を歪めた。

 写っていたのは、原型をとどめないほど顔面を腫らし、全身にも無数のあざや傷を作った全裸の男性の屍体だった。肌の色が浅黒く、掌と足裏のみ若干色が薄い事から、どうやら外国人らしい。カフェラテに口をつけてから石橋が説明した。

「一昨日、銀行員が夜間金庫の前で襲われて現金を奪われる事件があって、所轄が付近一帯に検問を張ったんだが、一台の車が検問を突破して逃走、すぐに追跡をかけたがその車は途中のカーブを曲がり切れずにガードレールに激突した。運転手はシートベルトをしていなかったらしく、フロントガラスに頭を強打して即死だった。その車のトランクに入っていたのが、この屍体したいだ」

「それと『鳳金融』と何の関係が?」

「事故車両の持ち主は『鳳金融』、死亡した高垣常夫たかがきつねおは社員だった」

 叶は無言で頷き、石橋は話を続けた。

「この屍体、判ると思うが外国人で、全裸の状態で発見されたから身許を示す物が何も無い。高垣の線から『鳳金融』に当たってみたが、社長の薩摩は高垣は以前クビにしたと言い、車は盗まれたと言って無関係を主張した」

 叶は、途中から石橋の話を聞かずに屍体の写真を凝視していた。気づいた石橋が、

「どうした?」

 と訊くと、叶は写真を見つめたまま、

「ペドロ?」

 と口走った。

「えっ?」

 石橋の反応を半ば無視して、叶はスマートフォンを取り出して操作し始めた。それから暫く、画面と写真を見比べていたが、やがて深い溜息と共に「やっぱりな」と漏らした。

「おい! 何なんだよ?」

 先に痺れを切らした松木が身を乗り出して喚いた。うるさそうにやや顔を背けつつ、叶は石橋にスマートフォンの画面を見せて言った。


《続く》

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