蘇る本能 #13

 リビングは、対面式のダイニングキッチンと繋がっていて、中央のテーブルには料理が数品並んでいた。叶が不思議そうにテーブルを見ていると、史穂が言った。

「あの、良かったら、夕食、食べて行きませんか?」

「えっ?」

 戸惑う叶に、史穂は恥ずかしそうに視線を泳がせながら続けた。

「いや、その、せっかくだから、本物の探偵さんの話をもっと聞きたいし、それに……ひとりでごはん食べるの、寂しくて……だめですか?」

 上目遣いで訊く史穂に、叶は自然な微笑と共に「いいよ」と答えた。

「本当ですか? ありがとうございます! じゃあすぐ用意しますね」

 満面の笑顔で告げると、史穂はキッチンへ駆け込んだ。

 炊きたての白飯と湯気を立てる味噌汁がふたつずつ追加されたテーブルを挟んで、叶と史穂が向かい合わせに座って同時に、

「いただきます」

 と言って手を合わせた。

 目の前に並ぶ素朴な料理の数々に舌鼓を打っている叶が、史穂の不安そうな視線に気づいて顔を上げた。目が合うと、史穂が躊躇ためらいがちに、

「どう、ですか?」

 と訊いた。叶が口角を上げて、

「ウン、美味しいよ」

 と答えると、史穂の表情がゆるんだ。

「あぁ、良かったぁ。お口に合うかどうか心配だったんです」

「本当に美味しいよ。料理上手いんだね」

 叶が褒めると、史穂は照れ臭そうに俯いて味噌汁をすすった。

 暫くして、叶が白飯を平らげてひと息吐くと、史穂がこちらに右手を差し出しているのが見えた。叶が不思議そうに見返すと、史穂は慌てて手を引っ込めた。

「あ、ごめんなさい。いつもの癖で、つい」

「癖?」

「ええ、兄は、いつも夕食の後にジムで指導と練習だから、ごはん一杯じゃ足りないって必ずおかわりするんです。だからわたしも、兄が一杯食べ終わったらすぐに次をよそわなきゃって思って構える様になっちゃって」

 悲しみと寂寥せきりょうの入り混じった顔で話す史穂に、叶はかける言葉を見つけられなかった。


 マンションを出て、コインパーキングに向かった叶の前に、例の二人組の長身の方が立ち塞がった。叶が無視して横を通ろうとすると、素早く長身が通せんぼする。逆へ動いてもついて来るので、苛立った叶が文句を言おうとした瞬間、背後に現れた小肥りが叶の右足甲を思い切り踏んだ。

「アーーッ!」

 叫び声を上げてケンケンする叶に、小肥りがドスの利いた声で言った。

「探偵、ナメた真似してくれるじゃねぇか」

「オ、オマエ等何なんだ? あの娘のストーカーか!?」

 痛みを堪えながら叶が訊くと、長身が叶の胸倉を掴んで、

「誰がストーカーだとぉ!?」

 と凄んだ。即座に小肥りが長身の足も踏む。

「アーーッ!」

 叶の前で長身もケンケンする。小肥りは叶に近づくと、サングラスを外して鋭い眼光を向けつつ忠告した。

「二度とあの女に関わるな。悪い事は言わねぇから手を引け」

 叶は額に汗を滲ませながら言い返した。

「嫌だと言ったら?」

 小肥りは応えず、ケンケンしている長身に、

「教えてやれ」

 と言って離れた。頷いた長身が、痛みの残る足をそっと下ろしてから再び叶の胸倉を掴み、右拳を振りかぶった。そこへ小肥りが鋭く「顔はやめろ!」と一喝する。

 長身は不承不承ふしょうぶしょう頷いて、右拳を叶の腹へ打ち込んだ。くの字になる叶の身体へ、更に胸倉を掴んでいた左手を放して強烈に叩きつけた。それから三発、四発と立て続けにボディブローを打つ長身が、少し息を弾ませながら勝ち誇った様な表情で叶の顔を覗き込んで、瞠目した。


《続く》


 

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