蘇る本能 #7

 事務所に戻りかけた叶が、ふと例の二人組に視線を移した。小肥りは咄嗟に顔を背けたが、長身は眉間に皺を寄せて睨みつけて来た。尚も叶が凝視ぎょうしすると、長身はつばを吐いてから「何見てんだコラァ!」と凄んだ。すると小肥りが即座に長身の足の甲を思い切り踏みつけた。

「アーーッ!」

 野太い悲鳴を上げてケンケンする長身を「チンピラみたいな真似まねすんな」と低い声でたしなめると、小肥りは叶に一瞥をくれてから立ち去った。長身は歯を食い縛りながらケンケンで小肥りの後をついて行った。叶は二人組が見えなくなってから、階段を上って事務所へ戻った。


 午前中に洗濯を済ませた叶は、事務所近くの月極つきぎめ駐車場に停めてあるバンデン・プラ プリンセス一三〇〇に乗り、『DOUBLE-CROSS』を目指した。

 十数分ほど走って隣県りんけんに入り、すぐにジムが見えて来た。一旦ジムの前を通り過ぎ、周辺を走り回って見つけたコインパーキングに車を停めて徒歩でジムの近くに戻った。さりげなく周囲を見回すが、監視者らしき人影は見当たらなかった。

「坂巻は、逃げ回ってる訳じゃないのか」

 独りごちると、叶はジムから離れて私鉄の駅の方へ歩き、途中で見つけた定食屋に入ってロースカツ定食を注文した。待っている間に眠気に襲われた為、食べる時にカラシを多めに使った。

 定食屋を出て、自販機で缶のブラックコーヒーを購入した叶は、もう一度ジムの周辺を見てからコインパーキングに戻った。


 鳴り響く着信音が、叶の安眠を強制終了した。

 ベッドで仰向けに寝ていた叶は、跳ね起きて頭を二、三度振ってから皮靴を突っかけてデスクへ駆け寄り、ファックス付き電話機の受話器を取り上げた。

「はい、叶探偵事務所」

『あ、もしもし、坂巻です』

 耳に飛び込んだ女性の声に一瞬戸惑ったが、『坂巻』と聞いてすぐに相手を認識した。

「あ、ああ、どうも」

 寝ぼけ眼で時計を見上げると、午後四時三十五分を差していた。

「えっと、学校終わったのかな?」

『はい、今校門の前です』

「判った、じゃ今から車で迎えに行くから、ちょっと待ってて」

 史穂の『はい』という返事を待って受話器を置くと、叶は緩めていたネクタイを締め直し、ベッドに放ったジャケットを取って事務所を出た。踊り場で一旦足を止めて、午前中に怪しい二人組が居た辺りを見たが、人影はひとつも無かった。それでも気を緩めずに階段を下り、周囲に気を配りながら駐車場に入ってバンデン・プラに乗り込んだ。


《続く》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る