蘇る本能 #6

「あの子の依頼、受けたんだ」

 叶が頷くと、桃子は奥のキッチンに向かって険のある声で告げた。

「アナタ! ともちん今日はカレーライスですって!」

 余りの剣幕に、他の客が一斉に注目するが、桃子は気にせずに奥に引っ込んでしまった。入れ替わる様に、キッチンから濃い口髭を生やした強面こわもての男が水の入ったグラスを片手に現れて、申し訳無さそうに会釈しながら叶にグラスを差し出した。桃子の夫でこの店のマスターの椿大悟つばきだいごである。

「ごめんなさいね叶さん、ウチのがヘソ曲げちゃったみたいで」

「いや、こちらこそすみません、マスター」

 お互いに謝罪し合うと、大悟は柔和にゅうわな笑顔で「少々お待ちください」と告げてキッチンへ戻った。

 叶は水をひと口飲むと、ノートパソコンをカウンターに置いて起動させ、ポータルサイトの検索欄に『坂巻功太郎』と入力して検索をかけた。

 検索結果の筆頭に上がった坂巻の公式ブログを閲覧したが、更新は二ヶ月ほど前を最後に止まっていた。次に『DOUBLE-CROSS』のホームページに行くと、先月から坂巻が指導する総合格闘技クラスと組み技クラスは、代理指導か休講になっている。坂巻不在の理由はどこにも記載されていない。

 一方で、坂巻の失踪を報じるニュース記事等は見当たらなかったものの、SNSの中に坂巻がジムに姿を見せない事を訝る内容の記述が散見された。その投稿者の殆どが『DOUBLE-CROSS』の練習生と思われた。

 他にめぼしい情報が無い為、叶が検索を打ち切った所に、大悟がカレーライスを運んで来た。

「お待たせしました」

「どうも」

 叶はノートパソコンを脇によけてカレーを受け取り、皿に添えられたスプーンを取って勢いよくかき込み始めた。すると、奥から桃子がコーヒーを入れたカップを持って出て来て、

「相変わらず良い食べっぷりね。はい、セットのコーヒー」

 と言ってカップをカウンターに置き、会計の為に立ち上がった他の客の応対に行った。その後ろ姿を見送ってから、叶は再びカレーを口に運んだ。

 五、六分でカレーを全て胃に収め、コーヒーも飲み干した叶は、財布から千円札を一枚抜いてカウンターに置き、キッチンの大悟に「ごちそうさんでした」と声をかけた。大悟が「毎度どうも」と返す。

 ノートパソコンを脇に抱えてスツールを下りた叶が客席のテーブルを拭く桃子に手を振ると、桃子は愛想笑いで応えた。苦笑しつつ叶は出入口に進み、扉の側に貼った妹の捜索チラシに一瞬目を遣ってから店を出た。


《続く》

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