part3 ミーアの章1
第33話 獣人とミーア
「試験は問題なく合格です。皆さん、これからは星6の冒険者としての活躍、一層期待しております」
イカサマ試験から数日後、再試験に合格したダルク、ミーア、パトラ、それとハルとルーサーの五人はスーザンから星の増えた冒険者カードを手渡される。ダルクはそれを暫く眺めてから服のポケットにしまい込んだ。星が増えただけでたいして変わってないようにも思えるが、緊急時の招集連絡の機能などが追加されており、星5までの冒険者カードとは一線を画する権限が存在している。一人前であると認められた証ともいえるのだから当然と言えば当然だとダルクは思うが、それに伴い緊急時は反強制的に招集されたりもするため、多少の無理は通るということなのだろう。
「さて、とりあえず今日のところは休んで、明日以降に装備を整えてから本格的に活動を再開するか」
「そうねー。三人も問題ないかしら」
「ええ」「いいわね」「かまわないよ」
パトラの問いに三人は頷いた。
あの試験の一件以来、二人では厳しいと言っていたルーサーとハルもダルク達のパーティーに加わることとなった。ルーサーは弓で中距離ができ、ハルは様々な武器を使いこなせる万能型であったため、パーティーのバランスは非常に良くなった。ヒーラーであるミーアを安全地帯におけるようになったのはかなりの進歩と言える。もちろん、4人で対処に困るような場合はミーアも殴りに行くが、ミーアの荷物には回復に使うような割れ物の道具もあるのでできれば待機が一番いい。
「で、しばらくメロリヨンを拠点にするのかしら?」
「厄介ごとがありそうだから早めに移動するのもアリだろうが、装備整えたらルー・ガルー討伐時の報酬もそこそこ飛ぶ。せっかくメロリヨンにいるんだ、しばらくは稼がせてもらおう」
「と、なると依頼なわけだけど……このランクだと大規模な依頼には参加できそうにないわ。手っ取り早く上位クラスの依頼を受けられないか……。まあジルあたりにでも相談してみるわ」
「僕とハルの装備はこのままでも十分だとは思う。とりあえず、三人の防具は整えたほうがいいね」
「アタシは方針に従う」
「じゃあ、そういうことだな」
大体話がまとまったことで、ダルク達はスーザンに別れを告げ、そのままギルドの出口へと向かった。が、その通り道を塞ぐように屈強な男が立った。2メートルは超える巨体を目にしたダルクは、訝しげな表情をしてその男をよけようとずれる。だが、それに合わせて男も移動する。ルーサーとハルは呆れたような表情を浮かべ、ダルクとパトラは顔をひきつらせていた。
「ッチ、何の用だ」
「そこにいる獣人、こちらのパーティに加入させたい。貴様のような奴と一緒にいるより、存分な活躍ができる」
そこまで言われて、ダルクは始めてその男の頭の上のほうを見る。ダルクの身長ではかなり見づらいが、虎の耳がその男の頭にはついている。ということは獣人だ。よくよく見れば着衣に隠されていないあらゆるところに古傷が走っている。耳も、右のほうが半分かけている。
「正直、俺たちはあいつにいてもらわないと困るんだ。治癒できるのが一人もいないのはツライんでな」
ダルクは面倒な奴だとは思いながらも、口元にうっすらと笑みを浮かべて言い放つ。と、獣人の男は一瞬きょとんとすると、次の瞬間にはダルクに対して侮蔑の表情を浮かべた。
「獣人の治癒師などいるわけがない。試験を見ていたが、あれほどの格闘ができるならなおさらだ。傷を勲章とする我ら獣人族において、あれほどの技術を修めた者が下劣な治癒師など、失笑すら浮かばない」
「……まあ、どのみち、それを切り出すべきは俺じゃねえはずだろ。冒険者のパーティーは本人の意思次第で移ろうもんだ。そういうのはちゃんと本人に…………」
そこでダルクはミーアのほうを振り返り……言葉を失った。そこには見るのも憚られるほどの殺気と怒りを浮かべた瞳を茶褐色の髪の間からのぞかせながら、獣人の男を睨み付けるミーアがいた。そのミーアの姿におぞましいほどの寒気を感じ、ダルクは視線をそらせ、獣人の男のほうを向いた。
「すまん、とりあえず一言だけ言わせてくれ。これ以上は止められる気がしないから俺は干渉しない。いいな!?」
完全な逃げではあったが、もはやそんなことを気にする余裕はダルクにはない。そんなダルクの焦りにも気づかないまま、獣人の男はミーアに手を差し出した。
「フン、本人に等聞くまでもない。強い獣人は惹かれあうものだ、貴様の戯言に付き合う道理はない。そこの獣人、我と共に……」
言葉の途中で、ミーアの姿が掻き消えた。少なくとも、その場にいた全員はミーアが唐突に消えたように感じただろう。そしてミーアの姿が再び視界に入るより先に……
「ぐぶぼああ……あ……」
獣人の男がうめき声を出して血を吐き出していた。そして、獣人の男のみぞおちに渾身の右ストレートを繰り出した形で立つミーアの姿があった。
「下等生物が……時間の無駄です」
「な、なんだ……と……」
「下等生物と会話するなど時間の無駄、だと言いました。即刻、私の眼中から消え去ってください。次は吐血程度では済ませませんよ」
「てめえ……その根性、叩き直してやらあああ!!」
ミーアの言葉に怒り心頭となった獣人の男はミーアに拳を振り下ろさんと迫った。小柄なミーアに対して、迫る拳はあまりに大きく、もし直撃でもしようものならマズイ、そう感じたダルクとハルが武器を構えようと手を伸ばす。だが、男の拳には間に合わず、ミーアに対して振り下ろされ、その膂力を示すかのような轟音が響き、埃が舞った。獣人の男はにやりとした気味の悪い笑みを浮かべたが、煙が晴れると同時にその表情が驚愕に彩られた。
「なッ……」
「派手なのは音だけですね。全く……。この程度では私の手のひらすら砕けませんよ」
ミーアは獣人の男の拳を右手だけで受け止めていた。よほどの力を込めているのか、獣人の男が押そうが引こうがまるで動かない。ミーアはその様子をみて大きくため息をつく。
「では、約束通り、吐血では済ませませんので……。お覚悟、どうぞ」
砕けるような、嫌な音が響いた。獣人の男のほうはわずかに走った痛みに小さくうめいただけだった。大きく出ていた割に、たいしたこともしてこなかったということに怒りを覚える。しかし、周囲の様子がふと目に入る。皆は一様に顔面を蒼白にして、獣人の男の右手のほうを見ていた。男もそれに倣うように自分の右手を目にした。
そこには、柘榴のようにつぶれた拳が、凍り付いた状態で存在していた。
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