第31話 懺悔の唄
「は、ハハ、さすがに効いたか!!」
「……チッ」
パトラは地面から出ている土の槍を確認すると、すぐさま殴り砕いて、2、3歩後退する。肩口に空いた傷口を手で押さえ、その手を見る。赤く染まった手を見るに、浅くはない傷を負ってしまったということを認識する。
「……あー、これは完全にやっちゃったわね」
パトラはそう呟くと、手を振って血を払うと、長い息を吐く。
「降参したらどうだ、魔導士さんよ」
剣士が挑発するセリフを投げかけるが、パトラはそれをまるで意に返さずに深呼吸を続けた。その落ち着き払った様子に剣士のほうはイライラを募らせていっていた。
「オイ!! 何とか言いやがれ!!」
「……さて、そろそろかしら」
パトラふと呟くと、怒りをあらわにした剣士相手に向き直った。勝ちを確信していた剣士のほうはヘラヘラしながらその様子を眺めていた。
が、パトラが目を見開き、口角を思い切り釣り上げると同時に、パトラを中心に猛烈な勢いで魔力があふれ出た。
「な……」
驚いたのは剣士のだけではなかった。闘技場にいた皆が、あふれ出る魔力の奔流に気おされるように身を引いた。そんなものをまともに受けた剣士はたまらず、本能のままにパトラから離れようとしていた。
「さて、と。無知なおばかさんにはちょっと授業をしてあげようかしら……ね」
「ひィ!!」
パトラは今にも逃げ出しそうにしている剣士を見据えると、邪悪そのものと言った笑みを浮かべた。
「私たち、ディアブロ族はね、魔族の中でもずば抜けて強大な魔力を持ってるの。体内でできる大量の魔力を循環させることで、自分の身体を守ってる。私たちが普段魔法に使うような魔力はその役目を果たした、いわば残りかすのようなもの、なのよね。だけど、私たちの身体は、少しでも生命の危機を感じる状況に陥ると、本来の魔力が放出されるのよ。例えば……一定以上の流血、とかでね」
パトラはそこまで語ると、右手を天高く掲げた。それだけで、今まで周囲で荒れ狂っていた魔力がパトラのもとに収束する。本来見えないはずの魔力が、パトラの周囲の景色を蜃気楼のように歪め始める。その魔力の様子に、パトラは満足げにほほ笑む。そして、謳うように詠唱を紡ぐ。
『王族の名のもとに命ずる
是よりは聖域
この戦いを汚すものを断罪す
卑劣なるものに裁きの唄を
その罪を受け入れよ
罰を受け入れ、運命を委ねよ』
「王権・懺悔の唄」
柔らかな光がパトラを中心に広がっていき、やがて闘技場全体を包み込む。不思議と安らぐその光を受けた者達は安堵のような感覚を覚える。
……一部の者達を除いては。
「ぎゃああああああああああああああ!?」
「い、いだああああああああああああ!?」
「ああああああああああああああああ!?」
途端に、闘技場のあちこちで悲鳴が上がった。観客席でローブをかぶり杖を持っていた者が、闘技場の出入り口にいる衛兵が、張り出した席で酒を飲んでいた商人が、この試合の審判が、そしてパトラの目の前にいる剣士もが絶叫を吐き出す。何も感じなかったその他大勢の人々は、いきなりの意味不明な現象に、絶叫を上げる者達から遠ざかる。
「……そこまで!! トラブル発生のため、試験を一時中断します!! 試験は後日、仕切り直しとします!!」
ギルド職員の声が拡声の魔法で闘技場全体にアナウンスをする。それを聞いたパトラは、今まで荒れ狂っていた魔力を無理やり捻じ伏せ、正常な状態で拡散させる。
「さて、ついカッとなってやっちゃったけど……」
パトラは呟く。なんと言い訳をしたものだろうかと考えを巡らせながら、パトラは闘技場を後にした。
設定4 ディアブロ族
魔族の中でも、特に強力な魔力を有する種族。純度の高い魔力を体内で循環させることで体を強化しており、その影響もあって寿命が長いことが特徴。頭上に生える角は魔力が結晶化したものであり、個体によって形状や生えてくる位置も異なる(パトラの場合はこめかみ近くから頭に沿うような形で後ろに伸びているため、髪で隠せる)。普段使用している魔力でも人族平均よりもはるかに強力ではあるが、これは循環の役目を終えた老廃物に近いものであり、自らを守るために放出される本来の魔力は、強さという尺度では測りきれないほどである。
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