第27話 パトラ・ファラ・ディアス
試験当日、ギルドに現れたダルク達はと言えば、相当神妙な面持ちであった。パトラを除く4人の放つ気迫はとてつもないもので、周囲にいた屈強な冒険者たちが青い顔をして道を開ける始末。実際は冒険者のランクは5にも満たないような者であるのだが、そんなことを信じるほど豪胆な人物は少なくともここには存在していなかった。そんな状態の中で一人和やかな雰囲気のパトラは、その体格も相まって少々場違いな感じになっている。
「…………竜でも殺しそうな殺気を放つのはやめておいたほうがいい、男でもビビる」
「ふぇぇぇぇぇ、皆さん怖いですぅぅぅ」
ジルはため息を吐き、アキはジルの後ろで歯を鳴らして震えていた。
「それだけ真剣だってことで、ここはひとつ納得してくれるとありがたいわね。特にダルクはね」
パトラが2人をなだめるようにそういう。パトラが一番冷静であった。
パトラ以外の全員はそれぞれが対策になるかは怪しいとしても万全を期すべく準備をした。ルーサーは話の後すぐにどこかに出かけて行っていた。パトラだけは、寝るのが最善の準備だと言ってそそくさとベッドに潜り込んでいた。魔術師が魔力を回復するのに最も良いのは睡眠だといわれているため、あながち間違った行動ではない。
「まあ、何もなければ一番なのよ、そこだけは共通の認識だから」
パトラは少々おどけるような口調でそう言った。
そんなパトラも、内心はまるで穏やかではない。それはダルクに対する心配というのが一番大きい。貴族のせいで職を失ったダルクにとって、貴族の態度のことはパトラに当てはめると身長体格のことと同じくらいの逆鱗なのだろうと、短い付き合いながら理解した。それなら自分には止められる自信は欠片も存在していない。
「ともかく、始まってみないとわからないものよ、ジル。アキも、味方に怖がってる場合じゃないのよ、あなただって当事者なんだからね」
その内心の焦りを見せないように二人に語り掛ける。まるでそうは見えないとしても、年上としての威厳を見せておかなくてはならないような、そんな状況でもあった。
(たっく……逃げ出したいのは私もなんだから)
これがパトラの本音。これが味方じゃなければ全力で逃げるだろう。もう1人くらいこっち側についててくれてもいいのにと思ってしまう。ルーサーもハルも第1印象よりもずっと短気だし、いつもは冷静なミーアですら静かに殺気を放って無言を貫いている。ダルクは冷静さ事態は欠いていないようだが、明らかに怒っている。
「……まあ、いつもならダルクに任せるんだけど、この調子だからね。今回は私がいろいろ手続きとかするから」
「そうしてくれると助かる、と言いたいところだけど、しばらく別室で待機することになっているんだ。全員揃ったらその部屋に連れて行くようにと言われていたからね。案内するよ」
「ええ、わかったわ。ダルク、行くわよ」
「ああ、そうだな」
パトラはダルク達を先に生かせるとその後ろ、最後尾を歩く。ダルクの後姿を見て感じるのは何か起こりそうな悪い予感だった。正直言って、今のパトラにできることは、ダルクが何かしでかす前に止めるか、そうでなければ自分がストッパーになれるようにすることくらいだった。だからこそ昨日は、自分くらいはいつも通りにしておくべきだとも思ってそそくさと寝たのだが、それは対して効果がなかったのは今の状況からしてわかりきっている。
(怒りで我を忘れるっていう感覚、わからないでもないわ。だからこそ、身内一人くらいは頭冷やした状態じゃないと危ないのよ)
少し前の自分がそれだった。カリギュラにからかわれたとき、もしダルクと組んでいなければ手を出していたに違いない。自分の激情を、あの時のダルクが抑えてくれたのだ。なら今度は自分がそうするべきなのだろうが、いざその時になってみれば何をすればいいのかまではてんで見当もつかないのがパトラという魔族であった。
パトラはふと考える。もし、もしもだが、自分の素性を明かしてしまったら、ダルクはどう思うんだろうか。ダルクのことだから、貴族が横暴な連中ばかりでないことくらいは理解しているはずだろうけど、果たして自分はどう見られているのだろうか。
パトラにはいまいち判別がつかない。ダルクが貴族そのものを嫌っているのか、それとも態度だけが気に入らないのか。それを判断するには、まだ付き合いが短すぎる。ダルクもミーアも自分のことを割とすらすらと話してはいた。パトラはまだできないでいる。
(隠してるつもりはないけど……ね)
パトラはいつもつけている指輪を見る。それはなんの魔術的効果もないただの指輪。ただ、魔族の中でも大きな角と強大な魔力を持つ種族であるディアブロ族の男性の横顔をモチーフにした意匠がある。何も知らない人間にはただの指輪でしかない。
(ネーデルの次代魔王……か)
自分がかなぐり捨てざるを得なかった地位のことが少し頭をよぎった。だがすぐ首を横に振ってそのことをかき消す。自分はもう、魔王の後継者のパトラ・ファラ・ディアスなどではない、ただの冒険者のパトラ・ディアスなのだと、言い聞かせるように。
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