第28話 試験前
部屋に入ったパトラは改めて今の状況を確認する。ジルを含めた8人が割り当てられた待機部屋にいた。エレナは先にこの部屋に入っていたらしく、椅子に腰かけてうつらうつらとしている。ダルク達は相変わらずピリピリしているし、アキはそれにビビッて腰が引けている。そんな様子をジルがかなり顔を引き攣らせて見ているような状況。どうしたものか、とパトラは悩む。どうせ試験は1人ずつしか受けられない。ならせめて自分が先に試験を受けて、その様子を見せることができれば少しはマシになるだろうか。
そんな考えを巡らせているパトラはドアを叩く音が聞こえてそちらを見る。
「すみません、飲み物をお持ちしました。森林草のお茶です」
ドアが開かれ、カップの乗せられたお盆を持った女性が部屋に入ってきた。森林草とは珍しいとパトラは思う。森林の奥に生えるそのハーブは同じような見た目の葉をそう呼んでいるにすぎず、厳密にはかなり多くの種類があるとされる。お茶の葉に加工される品ではあるが、同じような葉でも味がまるで違う。見た目や匂いでは判別がつかないので味の当たりはずれは大きい。見分ける方法はあるが、手間がかかる。それを出すのは、手間を惜しまないことをアピールする手段にもなる。
その女性は全員にそのカップを配っていく様子は慣れたものであったが、パトラは少し違和感を覚える。それは服。昨日スーザンが着ていたものと似ている服ではあるのだが、ところどころ違う。スカートの色が薄かったり、ボタンが明らかに少なかったりといったとるに足らない違いではあるのだが、なんとなく気になる。それに胸元に名札がついていないのも気になる。とはいえ、ジルが何も言わないところを見ると問題はないのだろうか。
「では開始まであと半刻ほどありますので、ごゆっくり」
そういうと女性は深く一礼して部屋を出る。パトラはそのカップに口をつける。ほんのりと鼻に抜けるような感覚。お茶にしては少し甘いような、そんなものを感じ取り、はっとする。その視界に、アキがお茶を飲もうとするのが見えた。
「飲むな!!」
「ひぃぃぃぃぃ」
パトラが叫ぶとアキは驚いてカップを取り落とし、その中身を床にこぼしてしまった。
「……危なかったわ」
「オイ、パトラ、どうした」
「いきなり叫ばれると驚くだろう。説明してほしいんだけど……」
ホッとしたように息を吐いたのもつかの間、ダルクとジルがパトラに対して詰め寄る。パトラはもう一度カップの中身をほんの少しだけ口に含むと、確かめるように舌で触れてから飲み込んだ。そして、テーブルに乗せられたそれぞれのカップの中身をひと口ずつ飲む。そのすべてを飲み終えると、訝しげな視線を向けてくるダルクとジルに向き直る。
「毒……というか、睡眠剤……かしらね。森林草には生物の魔力に作用する睡眠導入効果があるものがあってね。食べたり、お茶にして飲んだりすると眠くなるのよ。見た目、香りではほとんど区別できなくて、鼻に抜けるような微かな甘味が特徴ね。ついでに言うなら、一部魔族とエルフには効果がないわ」
「……それは間違いないのか?」
パトラの言葉に、今までよりさらに殺気と威圧がこもった声でダルクが聞き返す。パトラは内心恐怖で縮こまりながらも、見た目は毅然とした態度のまま、ダルクのほうに視線を向ける。
「……まあ、見分けつかないものだから、手違いって可能性も否定できないからね」
パトラがそういうとともに再びドアを叩くおとが聞こえた。腰の剣に手をかけ立ち上がろうとしたダルクを、パトラが制しながら、ドアが開かれるのを待った。開かれたドアの向こうにはスーザンが立っている。
「えっと……皆さん、そろそろお時間ですけども、何かありましたか?」
室内の異様ともとれる雰囲気に飲まれそうになりながらスーザンが恐る恐る聞く。ダルクとミーアが追及しようと身を乗り出したが、それよりも早く、パトラが口を開く。
「スーザン、今ここにお茶を持ってきた職員らしき人がいたんだけど、それ、誰かわかるかしら?」
「え? 試験前の冒険者様に飲み物を提供するようなことは致しておりませんが……」
戸惑いながらスーザンがこういうと、パトラはやっぱりねといった顔で頷く。
「スーザン、あなたの着ているものより少し薄い色のスカートで名札を付けていない女性よ。もし見かけたらとっつ構えて伝えて頂戴。睡眠剤入りのお茶なんて姑息な手を使わないと勝てないなんて哀れよね、と雇い主に言っておくようにってね」
「睡眠剤入りのお茶……ですか……?」
「そうそう、このテーブルに乗ってるやつ、調べてもらえればわかると思うわ」
スーザンが慌ててそのカップを回収し始めるのを見て、パトラはダルクに視線を向けて薄く笑みを浮かべる。
「……パトラ?」
「ダルク、あなたの怒りは最もなんだけどね。少し頭冷やしなさい。試験は私から受けるわ。今のあなたには周りが見えていないからね。私の試験でも見て、少々落ち着くといいわ」
そう言ってパトラはその指にはまった指輪を抜き取るとダルクに手渡す。
「オイ、パトラ、これは一体……」
「私の大切なものよ。指輪は魔力補助の武器と間違われるかもしれないから、預かって頂戴。落としたりしたら許さないからね」
パトラは部屋を出ると、受付のほうへと歩き出す。ダルクには、その小さな背中がなぜだがとても大きく見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます