第12話 ルー・ガルー

 ルー・ガルーの咆哮とほぼ同時だっただろうか。今まで来た通路のほうから何かが迫ってくるような足音が聞こえてくる。かなり大きな音であり、その数をいやおうなしにも想像させられてしまう。肝心のルー・ガルーはそれの到着を待つかのように侵入者達に睨みを利かせたまま動かない。


「始まったか……。あの脇道の通路には魔物がいたんだろう。なんていやらしい構造だ……」


 ジルが半ば諦めるかのように呟いた。

 その場にいた全員が知っていた。ルー・ガルーとは異質な魔物であるということを。狼型の魔物二種類の混血が突然変異を起こして発生するというこの魔物は電撃と火炎を操る。その強靭な肉体から放たれる攻撃も凶悪ではある。そしてそれ以上に問題になりうる特徴があった。ルー・ガルーは電気を駆使することによって『誘引』に似た効果を発生させることができるのだ。この特性から、この魔物は危険度の高い魔物とされている。しかも単独であったとしても星10クラスの冒険者でなければ相手取るのも難しいとされている。

 つまりこの足音は魔物の襲来を告げるもの。行きは見えなかった通路の奥に魔物が生息していて、今のでルー・ガルーに誘われてこちらに向かっているのだということが簡単に予測できる。


「い、今すぐ撤退したほうがいいんじゃ……」


「無理な相談ね」


 アキから告げられたその言葉をパトラが一蹴する。


「今から現れる大量の魔物、そしてあの嫌な構造の帰り道。これを急いで撤退しても群れ相手に力尽きるか、迷って物資不足で力尽きるかのどっちかの可能性が高い。地図は書いているけど、焦れば間違うわ」


 パトラのその判断は正しいものだった。この遺跡はおそらく、このルー・ガルーを最後の門番に配置し、逃げたとしても迷うように設計されていたと考えるべきだった。侵入者はルー・ガルーとやってくる魔物と入り組んだ通路に阻まれ、息絶えるのだと。ルー・ガルーをどうやって長い間この場にとどめ、どうやって生きながらえさせていたのかということに関しては疑問だったが、そんなことを考える余裕はない。

 そして様子を見ていた全員が気づく。ルー・ガルーの足元にあるものに。それはカリギュラの装備していた鎧と

剣。ボロボロに砕かれ、見るも無残なその状態は、カリギュラの最後を物語っていた。近くに折れた杖と、欠けたナイフも転がっている。


「ふえぇぇぇぇぇ、もうだめですぅぅぅぅぅ」


「これは……さすがに……」


「無理、勝ちが見えない……」


 アキとジルとエレナは完全に心が折れているようだった。ジルは剣を構えてはいるが体は震えている。エレナも恐怖で動けない状態になっていた。アキに至ってはその場に座り込んでしまっている。


「さて、ダルク、どうしよっか?」


 そんな中、パトラはダルクにそう投げかけた。その顔はなんとなくではあったが笑っているようにも見える。そんなパトラを見向きもせずに、ダルクは剣を構えて戦闘態勢に入る。


「決まっている、あれを倒すしかないだろう」


「待て、あんなのをどうやって……」


「悪いが、俺はみすみす死ぬつもりはないんだよ。死ぬならそれで、足掻けるだけ足掻く。勝てなかろうと、生き抜くために策を練る。たとえ万策尽きても1万と1つ目の策を考える。俺は諦めが悪いんでね」


 ダルクは剣を構え直しルー・ガルーと向き合う。その隣にパトラとミーアが並んだ。


「いいこと言うじゃん、ダルク」


「感心します。やはり可能性がある命をここで見捨てるのは医学の心得あるものとして看過できません」


 パトラは魔力を溜めはじめ、ミーアは拳を握る。


「付け焼刃の対策ですが少々。ルー・ガルーは体温が下がると魔法攻撃の精度が落ちます。氷属性の魔法を推奨します。また、体が大きく傷つくと雷撃を行わなくなります。体内組織には対雷性能はないのが原因です。少しでも有利に進めましょう」


「へえ、詳しいじゃん」


「対策があるのは助かる。これなら切り札も切れそうだ」


 ミーアの言葉にダルクとパトラが返答する。まっすぐに相手を見つめ、誰かが動き出すのを待つようににらみ合う。


「……後輩に諭されるとは思わなかったよ。俺たちも戦うさ」


「かかってくる小物は、任せて」


「ふぇぇぇぇ」


 後ろで膝をついていた三人も立ち上がる。

 ルー・ガルーはもう一度、咆哮を上げた。

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