第3話 いざこざ

 次の日の朝、ダルクとパトラは指定された遺跡の前に準備を整えて到着していた。食料や水、治療薬の類は腰につけたポーチに押し込めてある。それに加えて討伐証明部位の持ち帰り用の袋も腰につけている。パトラは加えて、布製の背負うことのできる袋を折りたたんでポーチに入れてある。一日潜るにしては念入りだが、複数日滞在するには心もとない程度の装備。加えてダルクは剣一本を腰に付け、二人ともマントを羽織っている。そんな至極普通な、でも駆け出しにしては整った装備の冒険者をしている二人ではあったが、遺跡の前でダルクは頭を抱えていた。


「いやー、ごめんよ、ダルク、あんなに脆いとは思わなくて……」


「素材まで焼き払うとか正気とは思えねえぞ、パトラ……」


 事の発端はここに来るまでにホーンヘラクレスという魔物と遭遇したことであった。硬い甲殻と大きな角を持つもの魔物は、手を出さなければおとなしいが、敵はその角で貫こうと突進するという特徴を持つ。甲殻は軽くて丈夫なため、強襲を得意とする者達の装備の材料に重宝される。この森ではそこそこ強いほうの魔物であった。それを見たパトラが炎の魔法を放ったのである。

 虫系統の魔物は総じて炎には弱い。ただ倒すだけならそれでいいのだが、素材にすることを考えれば下策。炎の魔法を使うなら圧縮した火炎弾を急所に一撃だけにすべきなのだ。結果、ホーンヘラクレスはかろうじて燃え残った角を除けば見事に灰になっていた。討伐証明にはなるが、売れる部位を燃やすなど、冒険者としてはあるまじき行為だ。当のパトラはと言えば、燃えた様子をみて唖然としていた。その後で必死に謝ってきた。

 これまでの経緯を考えるに、パトラはどうも世間知らずなところがある。色々あったと言っていたが、箱入り娘かなにかだった可能性がある。そんな魔族が、人族の国で冒険者をしているなど、不可解ではあるが、ダルクは何も聞かないことにした。出会ったばかりのやつにペラペラしゃべれる内容じゃないことだけは確かだった。もしこれ以降も縁が続くのであれば、向こうから教えてくれるのを待つことにしたのである。とはいえ、パトラには今回で冒険者としての常識はある程度叩き込んでやれねばならないかもしれないとダルクは考える。開拓村にいたころの話ではあるが、冒険者との交流はやっていたし、軍にいた時も冒険者と世間話程度はしていた。そのことがある程度役に立っているのは好ましいが、隣にいるのがどれくらい理解してくれるかは……正直期待できなかった。


「まあ、とりあえず加減を覚えろ……」


「相当加減はしたんだけど、あれでも」


「……嫌な予感しかしないぞ、勘弁してくれ」


 と、ダルクは頭が痛くなるのを感じながらパトラを牽制しておいた。

 遺跡のほうは徐々に冒険者たちが集まり始めている。まだ駆け出しに見えるような冒険者のパーティーから、そこそこ上等な装備をまとった者まで、幅は広い。ギルドの受付嬢が昨日の段階で星6冒険者が率いるパーティーが一組参戦していると言っていた。星6になれば中級冒険者と言われている。それなりに腕の立つ人物であることが認められているといえる。たぶん、男性一人がやたら上等な鎧を着ているのでそれが上級冒険者なのだろう。周りに女性が多いのは気になるが、後輩にいいところを見せようとこのクエストを受けたんだろうとダルクは見ている。その中には一人獣人もいた。あと気になるのは、竜人の女性とダークエルフの男性がいることだろうか。竜人のほうは背中に大剣と槍、さらに腰には剣とナイフと鞭を装備している。何がしたいかいまいちよくわからなかったが、ほかの事情に口をはさむ余裕などありはしない。協力できるように、ある程度把握していれば十分だろう。


「いやあ、腕がなるわ」


「テンションあげるのはいいが、調子には乗ってくれるなよ」


「わかってる」


 正直、そんなことよりもこの隣で腕を軽く回しているお調子者の手綱を握れるかのほうが、ダルクにとっては頭の痛い問題ではあった。今回は成果を期待しないほうがいいかもしれないなあと軽く考えている程度だ。


「おいおい、こんなところにガキがいやがるぜ」


 そんな時だったのだ、この声が聞こえたのは。声のほうを見るとそこそこよさげな装備に身を包んだ冒険者がいた。さっき見た星6冒険者だ。そしてその指はパトラに向いていた。


「……そんな人、どこにいるのかしら、ねえ、ダルク」


 背中に冷たいものを感じた。ダルクはパトラが魔族であることは知っている。そして魔族が見た目通りの年齢であるとは限らないことも重々承知している。が、目の前の愚か者はそのことがわかっていないだろう。なんせパトラの魔族たる証はその角だけで、パトラの角は髪に紛れて見えにくい。


「抑えろ、パトラ。そいつはおそらく実力者だ、駆け出しの俺たちでは分が悪いぞ」


 戦闘ではおそらく自分はこの冒険者に引けは取らないだろうと予想しているが、上への報告という一点では星の多い者のほうが信頼される傾向にある。変なことをして目をつけられたくない、というのがダルクの思惑であり、結果口をついて出たのはこういう言葉であった。しかし、その言葉の意味をはき違えた他二名は、片方は自慢げに胸を張り、片方は邪悪な輝きを目に宿して笑っていた。


「そうよ、星6冒険者、カリギュラ様とは俺のことだ」


「知らないわよ」


 この一言で、ダルクは完全にあきらめることを決めた。無駄に自信のある実力者と、空気を読むなんてできなさそうなやつの口論とか、自分に止められるわけがない。パトラの一言は、自信を否定する言葉であり、相手の怒りを買うのはわかりきっているのだから。


「てめえ、ガキの分際で生意気な……」


「一応、私も冒険者なの、わかる? ガキっていうけれど、この世界では実力がもの言うのよ、わかるかしら? 冒険者わたしですら知らないなんて、たかが知れてるかもね」


「なんだとてめえ……」


「じゃあ実力を証明して頂戴。冒険者同士でやりあうのはばかばかしいわね、今回の成果で勝負しましょう」


「ほう、面白いじゃねえか、乗ってやる。俺が勝ったらてめえをすきにさせてもらうからな」


「ハン、上等ッ」


「覚悟しやがれ!!」


 その冒険者が欲望の混じった怒りの雰囲気をまとって場を離れると、パトラが誇らしげにドヤ顔をかましており、さらなる頭痛の種に深いため息をつくしかないダルクであった。













 その様子を、男のパーティーにいた獣人が興味ありげに見ていたことに、ダルクもパトラも気づいていなかった。



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