第2話 冒険者として

 チームを組んだダルクとパトラではあるが、星1冒険者二人の急造パーティーでいける依頼など、軽い魔物討伐程度のものしかない。もともと、安全確保のために複数人でしか魔物の生息する領域に立ち入れないようにしているのだから、たとえ二人であっても星1ではたいしたことはない。二人で依頼掲示板を見ても、正直これだ、というような依頼は見つからなかった。


「しけてるわね」


「そういうなっての、受けられるだけましだろうが」


 握手の後の会話で、パトラはかなりの腕で魔法を行使できることが判明していた。氷、火、闇の属性魔法が得意らしい。自然摂理に干渉し、意図的に自然現象や生体現象を発生させる魔法は、実戦レベルともなればかなり重宝されるものだ。複数の属性が使える実戦レベルの魔術師など、冒険者なら引く手数多の人材だろう。多少、頼りにしてもいいのだろう、というのがダルクの見解だ。

 かくいうダルクも雷属性の魔法は実戦レベルで使えるのだが、軍にいた頃は外した時の被害を考えると使用するわけにはいかなかった。腕が落ちてないか心配ではあるが、冒険者としてやっていくなら使う機会もあるだろう。そして軍や開拓村で凶暴な野生動物や魔物相手に鍛えられた剣をはじめとする戦闘の腕がある。そんな二人だから、森に棲むゴブリンや下級の虫系の魔物程度では相手にもならないと感じるのは極当たり前のことだともいえる。規則だからと言ってしまえばそれで終わりだが、歯ごたえのない相手に時間を取られるのはダルクなら必要なものと割り切れても、パトラにとっては苦痛でしかないことであった。


「一応、あっちも見てみるか?」


「正直、受けられる依頼があるかは微妙ね……」


 ダルクの提案に、パトラは難色を示す。このギルドには掲示板は5つ設置されている。初級、中級、上級という風に区分されている3つは、その冒険者パーティーのレベルに合わせて受注できるようになっている。あと2つはギルドから直接発行されるクエストと呼ばれる依頼を掲示しているものと、ただの情報交換の掲示板である。ダルクが指したのはクエスト用の掲示板であった。常に不足する薬草の納品から、強大なドラゴンとの集団戦まで、あらゆるものが発行されている。ダルクに言われて掲示板を見たパトラはひとつのクエストを目に留める。


「一応、受けられるものがあるわね」


 その依頼はどうも定期的に発行されるクエストで、二人以上のパーティーなら星1でも受注できるものであった。このギルドからさほど離れていない場所にある古代文明の遺跡内部に侵入した魔物の掃討を目的としたクエストで、多くの冒険者を募って一斉に討伐を開始するという。報酬は参加者一人当たり銀貨1枚に追加で討伐した魔物にあわせた出来高で支払われる。有用な魔物の素材の買取りも行うとのこと。一日拘束される依頼にしては報酬は少ないが、効率よく魔物を狩り、討伐を証明する部位を持ち帰ればそこそこ稼げるかも知れない。


「駆け出し救済みたいなものでもあるということか?」


「ええ、その認識でおおむね間違いないでしょうね」


 つまり、このクエストは、遺跡の調査をするため入り込んだ魔物を討伐し、戦闘などできない学者たちの安全を確保するのが目的となる。遺跡のある場所は魔物の住処にはなっているが、生息する魔物は弱く、素材にもならないものがほとんどで、遺跡に入り込む魔物はその弱い魔物であることがほとんどではあった。そのうえ、大人数で実行するため、何かあった時でもほかのパーティーがフォローしてくれる場合もある。かなり危険度の低いクエストであり、駆け出しの冒険者でも比較的安心して挑むことができるだろう。


「ま、退屈すれば遺跡の探索でもすれば面白いかもね……」


 パトラは駆け出し扱いは癪なんだけどねと小声で付け加えて、束ねて止められていたそのクエスト用紙を一枚取る。その裏にダルクとパトラの名を記し、受付に渡せばそのクエストに参加できる。


「ではよろしくお願いしますね、明日朝、現地集合になります」


 事務的にそう告げられて終了である。そっけない気もするが、荒れた者も多い冒険者相手にするならこれも必要な技術なのだろう。


「で、パトラ、これから明日に向けて準備するが異論は?」


「あるわけないでしょう。で、必要なものは?」


 パトラに問われ、少し考える。今回のクエストは明日の朝から始まるものである。今のうちに必要なものを買いそろえる必要があるだろうとダルクは考える。現在のダルクの持ち物は銀貨が32枚、剣一本と服、そして着替えの入った麻袋のみだ。明日一日遺跡に潜るのだから食料は必須。一日ならば着替えを用意する必要はないだろう。ギルドは依頼中の冒険者の荷物を預かってくれるサービスもあるが、袋1つに入っているものという規定がある。着替えは預ければいいが、そうすると麻袋も向こうに渡すことになる。となると必要なものは……


「一日潜れるだけの食料、討伐証明部位や素材を回収できるだけの袋、何らかの傷を受けた時に使う治療薬、あとは念を入れるなら防具か」


「防具、買うだけの余裕あるの?」


「……安い防具ならな」


 生活のことを考えるなら保険として銀貨10枚は手元に残す必要があるだろう。銀貨22枚でそろえられる防具など、鉄版の防具か皮生品程度だろう。ほかのものも買うとなれば正直、なくても変わらない程度のものしかないはずだ。


「わかった、それならこれを使いなさい」


 と、パトラはおもむろに一枚のマントを投げて渡した。ダルクはそれを受け取ると、少しばかり眉を顰める。それは見た目はただのマントではあったが触ればその性能の良さを計ることくらいはできる代物であった。ダルクはこの手触りのものを一つだけ知っている。火山地帯に生息する炎蜥蜴、ファイアリザードの皮だ。たいして強くはない魔物だが、その生息環境の過酷さ故に、その素材は高級品として有名である。特に炎や落盤に耐えうるその皮は斬撃にこそ弱いが、打撃と魔法に強い耐性を持つもので、高級防具の素材として取引される。丈夫でしなやか、魔法体制もあって、加工しやすいといういいところを詰め合わせたような素材なのだ。それのマントなど、銀貨300枚は下らない。そんなものを魔族とは言え駆け出し冒険者が持っているというのは少し違和感を感じる。


「これ、ファイアリザードのか? どこで手に入れたんだ?」


「家出るときに持ち出してきたのよ。二枚ほどね」


 あんなことがあったんだもの、それくらいは許されるわ、と小声で付け加えたパトラの声は、雑音に紛れてダルクの耳には届かなかった。

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