爪弾き者共の輪舞曲

伊吹 水郷

part1 ダルクの章1

第1話 ダルク・オルレアン

(やられたか……)


 ダルク・オルレアンがその結論に達するのにはさしたる時間はかからなかった。ダルクはランス国の開拓村から軍に引き抜かれて三年ほど国のために戦ってきたわけだが、今朝方一枚の紙を渡されていた。そこには要約するとこんなことが書かれていた。


 貴様は開拓村出身という下賤な血の生まれでありながら高貴なる血を継ぐ我が息子に意見をした。貴様がいると我が息子の障害になりかねない。貴様はクビだ、さっさと出ていけ。退職金とかないから、装備全部おいてけよな。


 原因を探って見るも、この前ちょっとした喧嘩の仲裁に入ったことくらいしか思い当たらなかった。たぶんそれだろうと軽く考えることにする。なんとまあ上から目線でむかつく記述だろうかと思いもするのだが、これをたしなめたのが軍の上層部のお偉いさんだから一兵士でしかないダルクには逆らうこともできない。抗議することも考えたが、直属の上司が泣きながら土下座までして謝ってきたことから察するに覆すことは非常に難しいと思われる。それで今まで世話をしてくれた上司に迷惑をかけることも憚られる。その上司の姿にすっかり毒気を抜かれてしまい、とりあえずおとなしくするしかないことを悟る以外にはなかった。


 18歳にしていきなり無職とは、ついてないとでもいうべきだろうか。ただ、上司が気を利かせて退職金代わりにと剣を一本渡してくれていた。これには感謝すべきだろう。軍の宿舎にこれ以上いるわけにもいかないので、とっとと荷物をまとめ、城下町まで歩いてきていた。ダルクの手元には30枚ほどの銀貨がある。額にすれば1週間ほどは生活には困らない金額であった。開拓村に仕送りもしていたため、貯えのようなものはかなり減っていたのだ。早急に職を見つける必要がある。


「これで登録は完了です。こちらの書類をよく読んでいてください。これからの活躍を期待しております」


「ああ、ありがとう」


 ダルクができることは限られている。商才などないし、文官になろうともこれまた身分のせいで無理。今更村に戻るのも厳しい。となれば自分の命を担保に戦うことで生活するしかない。戦争などに駆り出される傭兵か、魔物退治やダンジョン探索で得たものを売って稼ぐ冒険者か……。ダルクは冒険者の道を選択し、ギルドに登録しに来た。登録料として少しばかりの銀貨を渡し、小さな鉄版に星の刻印が1つ刻まれた登録証を渡された。依頼をこなして実力が認められるとこの星が増えていくようだ。

 ダルクは、ギルド内にある飲食エリアで果実水を飲んでいた。酒は苦手なうえ、果実水よりも高い。そんなものを無駄に、昼間から口にして余計に懐を軽くするのはよろしくないことだ。


「本当は一生あの軍で戦って、戦場に骨を埋めるか、教導騎士くらいを目指す予定だったのにな」


 愚痴がこぼれる。身分の違いというものが枷になることくらいは理解できていたつもりだったが、所詮はつもりだったということか。実力主義だと思っていた世界において身分で爪弾きされたのだから、ショックは大きい。と、そんなことで嘆いても明日の生活費になるわけでもない。手持ちの金額がなくなるまでに小さな依頼なりをこなしてある程度難易度の高い依頼を斡旋してもらえるようにならなくてはならない。

 ふと依頼の張られている掲示板のほうに目を向けてみると、かなりの量の依頼が所狭しと張られている。ただの薬草集めからダンジョンの調査の護衛まで幅は広いが、いくら実力があれど星1つの駆け出し冒険者が単独でできる依頼など、雑用と変わりないものばかりであった。しかも、安全上の理由とかで、ギルドでは魔物の生息するような場所には単独では入ることすらできない。魔物の出ない場所で熊や狼などを狩るのもいいが、それでは効率が悪い。


「仕方ないか、まずは薬草の納品から始めるか。その類の知識はあって損しないだろうからな」


「それでいいのかしら?」


 いつの間にか、隣に少女のような外見の女性が座っていた。子供がなんの用かと問おうとして、その頭にあるものに気が付く。髪に隠れて見えにくくはなっているそれは角、それもかなり威圧感のある角だ。なるほど、こいつは魔族だったのか、と納得する。魔族とは言っても、数が少ない多くの種族の総称でしかないため一概には言えないのだが、これだけの角が生えているのだから年齢は見た目では測れないだろう、と理解する。


「こんなところに魔族とは……少々珍しいと思うが?」


「色々あったのよ、今はただの星1冒険者よ、昨日からね。あなたと一緒」


 魔族の女はそういって持っている木のタンブラーの中身をあおった。その中身が空になるとそこそこ力強くそのタンブラーを机にたたきつける。そんな様子は、ダルクの目には、彼女もそこそこストレスを抱えているように映った。どちらかと言えば、自分の同類であると、そんな気さえする。


「色々あった……か。俺もだよ。」


「そうなのね。まあ、冒険者なんて一攫千金めざすバカかなんかの事情持ち以外ないわよねえ……」


 魔族の女は深いため息をつく。諦めと無念が入り混じったようなそのため息はその見た目からは想像できない重苦しさであり、ついでに言うなら年齢を感じさせるものでもあった。長い沈黙が二人の間を流れる。先にそれを破ったのは魔族のほうだった。


「……まあ、いいわ。仕事の話をしましょう」


「チームを組むっていうなら歓迎する」


 ダルクの先制に魔族は目を丸くして、それからにやりと笑みを浮かべた。ダルクからすれば、かなり打算的な判断ではあった。まずこんなところで一人の冒険者に対して話かけるのは急造のチームを欲する同業者かギルドの運営側の人間か、依頼を持ち込んでくる奴だろう。魔族は冒険者であることを語っていたし、チームの誘いだろう。角持ちの魔族は魔術に長けるというのを聞いたことがある。二人であっても、前衛、後衛の分担ができるなら悪い話ではない、と。


「よかった、あなたはまともな判断ができるようね」


「魔族とチームが組めるなら、楽そうだと思っただけのことだ」


「見た目がこんなだったから昨日から断られ続けてたのよ……」


「そりゃ、ご苦労なことだ」


 ダルクは果実水の残りを飲み干し、立ち上がる。つられて魔族のほうも立ち上がった。少々身長の高いダルクでは相手を見下げる形になってしまったが、目線を合わせたら合わせたで文句を言われそうだと感じ、そのまま手を差し伸べる。意図を察した魔族はその手を握り返し、握手する形となる。


「ダルク・オルレアンだ、よろしくな」


「パトラ・ディアスよ、よろしくね」


 二人は軽く笑みを交わす。はたから見れば、それは非常に邪悪なほほえみに見えた。




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設定1、種族

 この世界には5種類の人が生活している。一般的な人族、長命で耳長のエルフ、獣の特徴を持つ獣人族、竜と始祖を同じくする竜人族、これらに分類されないその他である魔族である。

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