08 かつて魔法少女だった君へ(1)
× × ×
死にたくない――なんて。
あの頃は、そこまで強い感情を抱いてはいなかった。
生きたい、じゃなくて、死にたくない。
せいぜいが「死んじゃいけない」というもので。
だって、両親が悲しむから。
わたしには姉がいたらしい。わたしが生まれるよりも前、生まれてすぐに息を引き取ったそうだ。
両親にとっては待ち望んだ二人目の娘。だから、とても大切に育てられたように思う。大事に、注意深く見守っていないと、また死んでしまうかもしれないから。
――運動が苦手だった。
幼い頃から病弱で、少し走るとすぐに息切れを起こして貧血や眩暈に襲われた。
季節の変わり目には大抵熱を出して、それが合併症を引き起こして入院する。
インフルエンザは友達のようなものだった。
わたしにとって世界は、閉じられた
腕に繋がれた点滴はまるで枷のようで、歩くわたしに付きまとい、自由を奪う。
病室は人の出入りが多かった。
やってきて、少し入院して――ベッドが空になる。
することがなくて眠っている間に相部屋だった人がいなくなるものだから、その人が健康になって退院していったのか、それとも物言わなくなりこの世を去っていったのかも分からない。
……みんな死んだのかもしれない。生きていても会うことはもうないだろうから、どちらでも良かった。
わたしの周りはいつだって息苦しい空気に満ちていた。
逃れるように、気の向くままに点滴を引きずって院内をさまよっていたある日。
わたしは、あの子に――――××××××××××××××××××××××××
××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××
……なんだっけ?
× × ×
魔法少女を倒す――言葉にするのは簡単だが、実現するのはなかなか難しい。
やったことなんてないし、そもそも魔法少女同士が敵対するような状況なんて想像もしたことなかったが、幸いにも
(まず、第一に――)
一般人に『魔法』の存在を知られること。
状況にもよるが、個人に魔法の行使を目撃された場合は、その目撃者の記憶を消せば解決する。ただし、電子機器……たとえば防犯カメラ等に記録されたものに関しては対処が難しいため、そもそもそんなもの存在しなかったことにするために魔法少女自身から魔法に関する記憶が消され、結果として魔法が使えなくなる。
しかし魔法少女が魔法を使う場合、『変身』し、一般人に姿が認識されなくなってからがほとんどだ。変身せずに使う魔法と言えば、筋力等を高める『
そもそも、一般人に魔法で危害を加えないようにすることはもちろん、そうした露見するような状況で魔法を使わせないよう管理するのが『使い魔』の役割である。
(……この状況じゃそんな〝悪だくみ〟は出来ねえな)
ならば、〝正攻法〟でいくしかない。
(あいつの使い魔を潰す)
一般人と契約し、力を与え、魔法少女にしている存在。それが『使い魔』だ。
使い魔は魔法少女にとって魔法を使う〝リモコン〟のようなもので、リモコンがなければ魔法少女は魔法を使えない。
つまり相手の使い魔さえ叩けば勝てる訳だが――
≪問題は、変身時、わたくしたち使い魔は魔法少女と〝一体化〟しているということですわ≫
湖咲も現在、使い魔・ラヴィと一体になっている状態だ。頭の中、あるいは胸の内から心に直接語り掛ける声は、その使い魔のものである。
魔法少女が変身している間、使い魔には一切手出しが出来ない。
(変身を解くには――魔力切れにするしかない)
魔力がなくなれば魔法少女の変身は自ずと解かれる。『変身後の姿』を維持するための魔力供給が断たれるためだ。『魔力切れ』という状態も一概には言えないが、要するに戦う意思がなくなればいいのだ。
(ボコボコにして戦意を砕きたいところだけど――)
魔法少女には『シールド』が存在する。どんな攻撃も防ぐ魔力の盾だ。たとえ死角からの不意打ちであっても、本人の意思とは関係なしに魔法少女を守る。
その強度は人により――魔法少女個人の『瞬間魔力展開量』によりシールドの厚みは変わるが、おおよその攻撃は防げるし、来ると分かっている攻撃に対しては鉄壁の防御力を誇るものだ。
ただし、死角からの攻撃に対するシールドは、瞬間魔力展開量、最も個人の能力が出るところで、シールドが持つデフォルトの耐久力が表れる。場合によっては耐久度が最も低くなる。そこが狙い目だ。
つまり、やるなら不意打ち、そして魔力を総動員した全力の一撃必殺で決めなければならない。
(圧倒的火力でシールドをぶっ壊す……!)
シールドごと焼き尽くしてしまえば――こっちのものだ。
数メートル先に浮かぶ『鳥』、そしてその向こうの上空に佇む貴世を睨み、
「待ってろ――〝
体の奥深くから湧き上がる熱が全身を巡り、両手の平に力が集中する感覚。
湖咲の両の手の中、野球ボール大の黒っぽい色をした塊が出来上がる。
――『
十数メートル先で、湖咲のその様子を捉えた
「準備おっけー?」
嘲りを含んだ声に応えるように、湖咲は手の中の魔力弾を解き放った。
魔力弾は当初それこそボールを投げるような速度で中空を進み、ケモノの直前で、
(
瞬間的に燃え上がり、火球と化した魔力弾はケモノを素通りし、真っ直ぐ貴世に襲い掛かる。
しかし。
「これ、ただの飾りじゃないんだよ?」
まるで猫でも持ち上げるような気軽さで、意識のない
「お前……ッ、」
湖咲はとっさに両手の指を鳴らした。貴世まで残り三メートルといったところで火球が破裂し、その爆風が愛論の前髪を揺らした。
「この外道が……!」
「持つべきものは友達だね? くく……」
愛論に当てず、貴世だけを狙う自信があった。しかしそれも、彼女がシールドで身を守ればの話だ。まさか一般人を盾に使うなんて――
(……近付いて二打……いけるか?)
接近戦に持ち込み、シールドを壊して直接本人を叩く――遠距離攻撃では今のような〝万が一〟が起こらないとも限らない。心情的にも戦略的にも、まずは愛論と貴世を離したかった。
「もう打つ手なしー? あはっ、もしかして、こさっちゃんは私が思ったほど強くないのかなぁ?」
「うるせえんだよ!」
強弱なんて、考えたこともない。魔法少女は、そういうものじゃない。
(お前なんか……!)
身体強化に加え、踏み出す足から魔力を放出して加速する。どうせあの〝重り〟があっては動けないだろうから、ケモノは無視だ。真っ直ぐ貴世に向かう。
『鳥』と鎖のようなもので繋がれた鉄球めいた塊の横を抜け――貴世までもう数メートル――ケモノに背を向けた瞬間だった。
背後でシールドが展開する。
「なっ……!?」
思わず足でブレーキをかけ、振り返った。
黒い羽――ナイフのようなものが中空で見えない壁に突き刺さるように点在していた。シールドが消えると、地面に落ちるより早く蒸発するみたいに見えなくなる。
(攻撃……された……?)
ケモノが魔法少女に、魔力を持った人間に攻撃するのは当たり前のことだ。中にはこれといった目的意識もなく、何もせずにただ狩られるだけのケモノもいる。今回のように、魔法少女の手によって解放されたケモノにそういうケースは多い。
何も不思議なことではない。
……不思議なことではないけれど。
じゃあどうして、湖咲よりも近くにいた貴世の方には攻撃しなかったのか……?
だからてっきり、このケモノは何もしないタイプで、するにしても、愛論に危害を加えていた貴世に反撃するものだと――
「あはっ……!」
頭上から嬉しそうな声が響く。
「それはねえ……さっきも言ったでしょう?」
人をいたぶることを心底から楽しんでいるかのような、邪悪な笑みが深まる。
「こさっちゃんがぁ――お・も・い・か・らっ! あはははははははははっ!」
握りしめた拳は硬く、指が白むほどに強く――無力さから俯く間も、湖咲目がけて大量の
攻撃は全て湖咲の意思とは関係なしにシールドが防ぐも――
「そのケモノはメロンちゃんのストレスが形をもった存在。毎日毎日、構ってあげないとすぐに機嫌を損ねちゃう重たくてウザい子の相手をするストレスの、ねえ?」
「…………っ」
「だ・か・ら、攻撃するんだよぉ。ストレスを取り払うために、その足枷から解き放たれるために……消えてほしいんだよぉ! こさっちゃんにさあ!」
重たくて、ウザくて、消えてほしい。
言葉にしなくても、表に出さなくても、たとえそれが無意識でも――ストレスに感じていたなら、ケモノはそれを解消するために動く。
ケモノとは人のそうした欲求を遂げようとする、『不完全な魔法のかたち』だからだ。
だから。
――心の整理がつかない。
≪あんなものは口から出まかせですわ! つい最近ふらっと現れた転校生なんかに何が分かるって言うんですの!≫
だとしても。
≪強制的に、無理に具現させられたケモノに目的意識が生まれるのは稀なケースですわ。大抵は発現後しばらくしてから〝ノラ化〟しますの。現に今回もしばらく動きを止めてから行動を開始しましたの!≫
これまでの経験がその言葉を証明している、けれど。
≪それにケモノに個人の判別など出来ませんわ。湖咲を狙ったのは偶然、より魔力の高い反応につられたに過ぎませんわ……!≫
「だけど」
……心の整理がつかないんだ。
(だって――)
個人の判別がつかない上で、自分を狙ったということは。
それはそれで、貴世の言葉を証明しているように思えるから。
求められてもいないのに。
どんなに貴世の人格が歪んでいても、愛論はそんな『闇属性な彼女』を好んでいるのなら――
≪ええい! 湖咲はそんなぐずぐず優柔不断な子じゃないはずですわ! スイッチを切り替えるんですの! ルージュ! 目的を明確に! 邪魔をするならあのケモノから消してしまえばいいんですの! そうすればその"中身"も分かりますわ!≫
だから、それを知るのが、愛論の本心を知るのが恐くて――嫌なんだ。
でもそう思うのは、それが答えかもしれないという不安があるからで。
そう感じてしまう自分はやっぱり重いんだって自覚が、つきまとって絡みつき、離れない。
何より自分が分かっている。
求められていなくても、たとえ愛論が貴世のことを好いていても――そんな愛論の想いなんて無視して、他の誰かじゃない自分だけを見ていてほしい、あたしだけの傍にいてほしいという激しい独占欲がある。
いつからこんな強い想いを抱いていたのだろう。
強くて――醜い想いを。
重たくて、弱くて――自分が嫌になる。
「可哀想なこさっちゃん……でもね? よそ見しちゃヤだよ?」
ケモノの
(何なんだよ、お前は……)
どうしてそんなに、人の顔見て楽しそうに笑ってるんだよ。
「ちゃんと顔上げて、私のこと見てえ? そうしないと、今度は『
ボロボロになって、血に汚れた少女を片腕に抱いて。
こんなヤツさえいなければ、こんな思いをすることもなかったのに。
……嫉妬でもなんでもいい。
(殺す――殺してやる)
友達でいられなくても、それが結果的に愛論のためになるのなら、それでいいだろう。やっぱりこんなヤツ、愛論に相応しくない。愛論が否定しても、あたしがそれを許さない。
「……はは」
嫌なヤツもいなくなって、一石二鳥。
もう後先考えない。
使い魔を喰って貴世から魔法の力を奪おうなんて、考えない。
目的を見定める。
(……お前は死ね)
空を仰ぐ。黒衣の魔法少女の腕の中、一人の少女が抱かれている。
殺して、奪う。
そして助ける。
「ねえ――」
笑い声はもう届かない。
「私だけを見てくれなくちゃぁ……嫉妬しちゃうじゃない!」
――たとえ、ただの人殺しに成り果てたって。
ビルが降ってくる。
爆炎がアスファルトを焦がした。
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