01 目につくような




               × × ×




 ――その目は、まるで何かを探すように教室を見つめていた。


 鴉の濡れ羽を思わせるつやのある黒髪に、照明を反射するような白い肌。

 姿勢良く佇むと、美しいスタイルをした体型がより映える。


 ……美人だ。


 ざわざわと広がる喧騒をまとめるとその一言に集約されるだろう。

 みんなの視線は教卓の横に立つ転校生に釘付けだった。


 ただ――


(……?)


 教室の後ろの方で首を伸ばして転校生の姿を目に収めようとしていた遥風愛論はるかぜめろんは、努力の末ようやく拝むことの出来た彼女の顔を見てその首を傾げた。


 ――整ったきれいな顔に浮かぶ表情は、どこかつまらなげで。

 陰を帯びた瞳の奥に、底の見えない闇を覗かせていた。


?)


 こころなしか気怠そうな、まるで今ここに立っていることが本意でないかのような――そんなアンニュイさがまた魅力的で。


 そこに落とし穴があると分かっているのにそれでも人を踏み込ませるような、どうしようもなく人を惹きつける昏い輝きがあって。


(……憧れる!)


 遥風愛論はその闇に引き込まれた。




               × × ×




 遥風愛論はちんまりしている。

 高校二年生にもなって最悪小学生に見えるほど小柄で、童顔な顔立ちのせいもあってショートにした赤茶けた髪はおかっぱっぽく見える。

 まあ百歩譲って年齢より幼く見えることは良しとしよう。褒め言葉として受け取っておく。

 目下の悩みは、この表面がなだらかで目立った山岳地帯も見えない不毛な大地――


「アイロン!」


 ――そう、アイロンなんかをかけるのにちょうど良さそうな平坦さで、それはもう我ながら悲しいくらい何もない体型……。

 みんなが平然と着こなしているシャツにハーフパンツの体操着も、自分の場合まるで着せられているように格好がつかない。具体的には裾が余って野暮ったい。

 それはそれとして――


「アイロン違うし、めろんだし!」


 何十回でも何百回でも言い返そう。アイロンじゃない。遥風愛論めろんだ。

 言いながら振り返ると、こちらに近付いてくる金髪が目に入った。

 陽射しを受けてぎらつくように輝く金の髪のショートに、白い肌。スタイル良く背もすらりとして高いが、顔立ちは日本人的でつり目がちな三白眼のためなんだか威圧的で恐い印象がある。

 見た目が不良っぽい彼女の接近に、愛論の周りにいたクラスメイトたちがそれとなく離れていった。


「アイロンは走んの終わった?」


 グラウンドを走る同級生を横目に、彼女が話しかけてくる。


「んーんー。こさっちゃんは?」

「いんや、まだ」

「暇だよねー。せっかくの体育なんだからもっとこう、走ったり跳んだりしたい」

「楽でいーだろ。それに測定だって走ったり跳んだりするじゃん」

「そういうんじゃなくてー。なんていうか、待ち時間長しっ」


 愛論が応えると湖咲こさきは苦笑して、動きたくて座ったり立ち上がったりとうずうずしている愛論の横に腰を下ろして膝を抱えた。


「ところでさぁ、」

「んー?」


 膝を抱えた腕に頬を乗せ、湖咲はこちらに顔を向ける。


「そっちのクラスに転校生きたんでしょ? どいつ?」

「えー? 見れば分かるでしょ?」


 手持ち無沙汰にストレッチしながら愛論が言うと、改めて周囲を見渡した湖咲は顔をしかめた。

 今日の体育はニクラスによる共同授業で、湖咲にはあまり馴染みのない顔も多いだろうから見当たらないのも無理はないかもしれないが、


「あんなに闇属性感すごいのにー。一目見たらすぐ気付くよー」

「闇属性って」

「ほら、あっち」

「あっちって……見つからない訳だ。サボりかよ」


 膝を伸ばして上半身を捻り、湖咲は愛論の指差す先――グラウンドの隅に顔を向ける。

 生徒が集まっている一帯から少し離れたところで、一人だけ膝を抱えている転校生の姿がある。なんでも脚に問題があるらしく、彼女は走れないらしい。そのため体育は見学だ。


「まあ、確かに……そこはかとなく漂ってるな、闇属性感」


 物陰に座っているのもあるだろうが、その闇を塗り重ねたような黒髪や陰鬱とした表情、瞳が彼女にそうした雰囲気を醸し出している。

 魅入られるような闇属性感にうっとりしていた愛論だったが、ふと気づいて湖咲に視線を戻した。普段から恐い顔をしているが、今はいつにも増して険しい顔をしているように感じる。


「どしたの? こさっちゃんの中の正義感が反応してるの?」

「は? あ、いやまあ……あたしは火属性だから、ああいうのは苦手だな」

「?」


 正義感ではなく熱血漢ということだろうか。


「あいつ、名前は?」


 転校生をジッと見つめながら、湖咲が訊ねる。転校生の方もこちらの視線に気付いたのか――まるで二人の間に火花でも散っているように思えて、愛論はなんだかわくわくした。


「タカセサン?」

「たか……タカセサン? お前、アクセントおかしくないか? 『博士』とかの『タカセ』だろ?」

「?」

「音が高いっていうか……もっと『セ』を低くっていうか、力入れて。タカって」

「タカさん?」

「まあいいけど……」


 まだ何か違和感あるといった顔で首を傾げる湖咲だったが、


「次ー、遥風ー」


 呼ばれてるぞ、と脚を叩かれ、待ってましたとばかりに愛論は気合を入れた。


 ――身体を動かすのは楽しい。


 スポーツでなくても、走ったり跳んだりと運動するだけで心が充実する。

 身体の芯の部分からエネルギーが溢れ、なんでも出来るような気になる。そうして思い描いた通りに自分の身体を動かせた瞬間が、自分が自分であると確認するような「生きてる!」という実感を得られるのだ。


 運動は得意、でもスポーツは少し苦手。

 ルールがあったり集団でのチームプレイを強いられるから、愛論は部活には所属していない。だけど一人でただ走るのはつまらない。だから体育は好きだ。勝ち負けにこだわらず、純粋にゲームを楽しめる。

 今日は単なる運動測定ではあるものの――速く走れば、良い結果を出せば、みんなが褒めてくれる。


 走る。

 身体に熱を宿して、地面を踏みしめ、風を切って、冷たさを感じて――


 世界を感じながら、走る。



(楽しい……!)



 ――そんな彼女を、ジッと見つめる視線があった。



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