俺が主人公だ!

「おらっ! 永遠! こいよ!」


 岩山田は俺の顔を睨みつけながら、校庭へ促す。


「永遠、行く必要ないからね! 連続での対戦は禁止なんだし!」


 勅使河原が止める。さっきの闘いで疲労はないものの……ルール上、付き合う必要はない。そもそも、先生だって許可していないし、許可するわけもない。


「……こねぇって言うんなら……ここにいる全員、ぶっ殺すぜぇ……!」


 そう言うや、岩山田を包んでいた黒いオーラ瞬時に広がる。それとともに、校庭の四方八方に強烈な衝撃波が起こった。


「っ!」


 水無瀬が防御魔法を発動して氷の盾を築き、すぐ目の前で起こった爆発を防ぐ。


「い、岩山田くんっ、落ち着いてくださいっ!」


 花井先生が慌てて岩山田に駆け寄るが、


「うるせぇっ! 先公はすっこんでろ!」

「きゃっ!?」


 岩山田の怒鳴り声とともに発生した衝撃波によって、花井先生は思いっきり吹っ飛ばされていた。


「先生っ!」


 魔力も格闘力も皆無に等しい花井先生はもろにダメージをくらって、地面に叩き付けられる。


 なんてことしやがる……!


 俺は、怒りのあまり、岩山田に向かって一歩踏み出していた。いくらなんでも無関係な先生に暴力を振るうなんて無茶苦茶すぎる。


「ちょっと、永遠! 落ち着いて! 今のアイツ、なにするかわかんないわよ!? それに、あいつの魔力、異常に上がってるっ!」


 ……やはり、阿佐宮が裏にいるのだろうか。それとも、岩山田自身が自分の魔力を上げたのか? どちらにしろ、ここで岩山田の挑発に乗るのは得策ではないのは確かだが……。


 そこで新たな動きが起こった。


「うふふ……♪ 永遠了。ここで逃げるようなら、あなたは退学ですわよ?」


 いつの間にか阿佐宮が校庭に現れていた。見た目だけは完全に奥ゆかしいお嬢様なのだが、言っていることは相変わらず滅茶苦茶だった。


 これだから、お嬢様ってのは困る。権力濫用しすぎだろ。


「……まぁ、俺も岩山田には腹が立ってるしな。それに、主人公がこんな場面で逃げるわけにはいかんだろ」


 俺は、校庭に向かって歩き出す。


「……永遠……。わかった。でも、危なくなったら、逃げなさいよ!」

「ドクターペッパーを冷やして待ってる」


 勅使河原と水無瀬が見守る中、俺は阿佐宮のところへやってきた。


「お望み通り、岩山田と闘ってやる。これで、文句はないだろ?」

「うふふ……大した自信ですわね、永遠了。それでは、私が強化した岩山田とどこまで戦えるのか、楽しみにさせていただきますわ」


 やはり、阿佐宮が岩山田に変なことをしてるのか。ちょっと、尋常じゃなかったからな。……まぁいい。こうなったら全力で倒すだけだ。


「けっけけ! 格好つけやがってよぉ? 死んでから後悔しろや、バカ永遠っ!」


 岩山田はただでさえ醜悪な顔をさらに歪める。まったく、そこまでむかつく顔をできるってのも、ある意味で才能だな。ここまで悪役面だと、俺も思いきってぶちのめすことができるというものだ。


「ぐへへっ! すぐに終わらせてやるよぉ! 死ねや永遠!」


 開始の合図もなく、岩山田はいきなり殴りかかってきた。それを俺は思いっきり斜め後ろに下がってよける。


 そんな大振りで当たるわけはない――のだが、拳によって発生した風圧は予想以上に強大かつ広範囲だった。


「っ!」


 数メートルは離れているのに、俺の身体は浮き上がりかける。


「おらぁあぁ!」


 すかさず岩山田は左の拳を突き出す。


「っぐわっ!?」


 もろに正面から衝撃波をくらって、宙空に向かって吹っ飛ばされる。


「げはは! トドメだぜぇ!」


 岩山田が再び右拳を振り回して衝撃波を発生させる。宙に浮いている俺は当然よけることができない。


「ぐはっ!」


 もろに直撃を受けて、全身に衝撃が走る。たっぷりと十メートルは飛ばされてから、地面に思いっきり背中から叩きつけられた。

 くそっ、所詮付け焼き刃ってのか。いくら泣いて叫んで漏らすほどしごかれても!


「永遠っ!」

「先輩、なにやってんですか!」


 勅使河原と美涼から声が上がる。……って、どうやら、美涼も応援に来てくれたようだ。つうか、見られたのがいきなりこんな場面で、情けない。


「げはははっ! よえぇぜ、永遠! お前なんか地面に這いつくばってるのがお似合いなんだよぉ!」


 ちくしょう、言いたい放題言いやがって……。だが、前に美涼にやられたときと明らかに岩山田のレベルは違う。


「あら、たった一撃で終わりなのかしら? あなた本当に口だけなのね」


 阿佐宮までバカにしたような口調で俺を見下してくる。しかし、このままじゃ本当に口だけ野郎だ。昨日までの修行の成果を見せつけてやらないと。


「……はっ、こんなもんで勝ったと思われちゃ困るぜ」


 俺は努めて主人公っぽくクールに言いながら、立ち上がる。正直、ダメージが大きすぎてよろよろしそうなんだが……。


 しかし、どんなときでも主人公っぽく振る舞うことが、俺と永遠了のシンクロ率を上げることに繋がる。

 だから、ここは歯を食い縛ってでも主人公らしく振る舞い続けるしかない。


「……もう一発こいよ。そんな攻撃、何発くらっても余裕だ。今のは受け身の練習だったからな」


 内心やばいことを言っているとは思うが、ここで引き下がるわけにはいかない。マジで主人公は命がけだ。


「あぁん? ふざけてんじゃねぇぞオラ! ぶち殺すぞゴラァア!」


 単細胞な岩山田は挑発に容易く乗ってくる。そして、再び拳に魔力を集中させ始めた。想定の範囲内っちゃそうなのだが、実は主人公らしい台詞で精一杯で、このあとどうするか考えてなかったりする!


「もう二度と舐めた口きけねぇようにしてやるぜぇ!」


 岩山田の拳に尋常じゃない魔力が集まる。ちょ、マジでやばいかもしれん。さすがに調子に乗りすぎたか?


「先輩! やっぱり無理そうです! 逃げてください!」


 今までさんざん焚きつけてた美涼が言うなや!


「ええい、ここまできて逃げられっか! やってやるぞ俺は!」

「永遠逃げなさいよ!」

「おにーちゃん逃げてぇ!」


 ええい、勅使河原や妹子まで! つうか妹子も応援に来てくれたんだなっ! しかし、信用ねぇな俺! なら、水無瀬はどうだ? ドクターペッパーを愛好する同志水無瀬なら――


「ごきゅごきゅ……ぷはっ。大丈夫。骨は拾ってあげるから」


 くそっ、水無瀬まで! ぐれるぞちくしょー!


「うらああああ!」


 振りかぶって、思いっきり衝撃波を放つ岩山田。俺の選択は――


「逃げるしかないだろ!?」


 最初は魔法で迎え撃とうかと思ってたが、これだけ周りの反応がアレだと決意も揺らぐわっ!


 俺は一目散に右に向けて走り出した。かわしきれないまでも、もろに直撃することだけは防がないと。あんなもの何度もくらってられない。


「逃がさねぇぜえ!」


 岩山田は体をひねって、俺に向かって拳を降り下ろす。それとともに強烈な衝撃波が襲いかかってきた。


「うぐわっ!?」


 横から衝撃波をくらって、今度は地面を滑るように飛ばされていく。


 無数の擦過傷が右半身に刻まれていき、痛みと熱さを感じる。よりにもよって利き腕がボロボロになっちまった。


「……くっ」


 二十メートルぐらいして、ようやく止まった。腕がジンジンして血がドクドク出てるのがわかる。


 まずい……これじゃ攻撃にも差し支える。というか、まともに攻撃をよけられない時点で詰んでないか?


「ぐへへっ! なんだよてめぇ、大口叩いといてこんなものかよぉ!」

「岩山田さん、さすがっす!」

「マジかっけぇっす、岩山田さん!」


 岩山田優勢と見て、子分どもも調子に乗り始める。ったく、これだからDQNは。リアル世界でDQNにさんざん嫌な思いをさせられてたから、こいつらが騒いでいると無茶苦茶不快だ。


 しかし……このままじゃこっちの世界でもDQNに虐げられちまう。冗談じゃない。この世界は俺が作り出したもんなんだぞ! 好き勝手やらせるか!


「くっ……まだ……終わっちゃねぇぞ!」


 俺は痛む体を叱咤するように、無理やり立ち上がった。


「永遠! もうギブアップして! あとはあたしたちがなんとかするから!」

「先輩! それ以上は危険です!」

「おにーちゃん、もうやめてぇっ!」


 勅使河原と美涼、妹子がすぐにでも割って入れるように身構える。ここで勅使河原たちに任せるのが一番だろう。だが――


「……俺はっ! 主人公だ!」


 叫んだ。この期に及んで、俺は我を貫き通す。


 ……だって、力のあるDQNに屈するのなんて、リアルだけで十分じゃねぇか! 創作の世界がリアルと変わらないなんて、つまらないだろっ!


「……俺は、こんな思いをするためにこの世界を作ったんじゃない!」


 もうこの場に誰がいようが関係ない。ここは俺の世界だ!


「けっ、なに言ってんだこいつぁ? 頭でも打ったか、バカ永遠」


 岩山田は理解できないとばかりの反応を見せる。つまり……岩山田はこの世界が作り物だと気がついてないのか?


 となると、岩山田の力は気づいたから得られた力じゃなくて、阿佐宮によって付与されたのみだということか。そう思うと、余裕というか優越感が出てきた。


「はっ、この世界についてなにも知らないやつに負けられるかっ! 俺は主人公でありながら創造者でもあるんだからな!」

「ちっ、意味わからねぇこと言ってんじゃねぇぞ! もう二度としゃべれねぇようにしてやる! 死ねやぁ!」


 岩山田は俺に向かって腕を振りかぶる。

 俺は――もう逃げない。こっちの世界でまで、逃げてたまるか!


「炎龍飛翔――……紅蓮乱舞!」


 俺は頭に浮かぶままに新たな技を口にした。


 右腕に刻まれた無数の擦過傷。そこから溢れ出す血が次々と炎龍に変わり、岩山田に襲いかかる――!


「んなっ!? ちっ! んなもん吹き飛ばしてやるぜぇ!」


 一テンポ遅れて、岩山田の豪腕破拳が放たれる。


 普通なら火は風に弱いはずだが――。それ以上に、俺の放った紅蓮の炎龍の勢いは凄まじかった。真正面から衝撃波を受けているにもかかわらず、無数の炎龍が渦を巻きながら真っ直ぐに岩山田に殺到していく。


「うおっ? おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 拳を振りおろすことを優先した岩山田に、回避する術はない。紅蓮の炎龍が真正面から次々と襲いかかっていった。


 ついに、俺は大技を出すことに成功した。その爽快感といったら、なかった。


 ……そして。攻撃が止んだときには、全身がほんのりと焦げた岩山田がプスプスと煙を出しながら、後方に倒れこんでいった。


 ちょっとやり過ぎたかと思うが、まぁ……死にはしないだろ、たぶん……。とにかく、これで俺の勝ちだ。


「……な、なんですって!?」


 阿佐宮が信じられないといった表情で叫ぶ。余裕綽々だったお嬢様を慌てさせることは、気持ちがいい。


「ちょ、永遠! やればできるじゃない!」

「さすがおにーちゃん!」

「私は先輩のことを最初から信じてましたよ!」


 ええい、手のひら返すなお前らっ! 特に美涼!


「……同志永遠。……勝利の美酒、もとい、勝利のドクターペッパーを」


 そして、水無瀬がドクターペッパーを片手に、俺のもとへやってくる。


「あ、ああ……ありがとう」


 つうか、今更ながら右手すげぇいてぇ! 傷口から炎出すとか、傷口に塩塗るっていうレベルじゃねーぞ! 


「ああ、ありがとうな、水無瀬」


 俺は痛みで叫びたいのを我慢して、クールに左手でドクターペッパーを受け取る。そして、かろうじで無事だった右手の人差し指を使ってプルタブを開ける。そして、煽るように一口飲んだ。


「うん……うめぇな、ドクターペッパー」


 火照った身体に、沁み通る。

 ……途中、本当に死ぬかと思ったからな。この味は格別だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る