創作者の贖罪~世界はみんなのために~

 そして、水無瀬だけでなくて、なぜか俺の傍らに阿佐宮までやってくる。


「まさか……ここまで一気に才能を開花させるとは……侮れませんわね、永遠了。少し、あなたを見直しましたわ」

「いや、元凶のお前に褒められても嬉しくないんだが……」


「あら、わたくしが褒めてあげているのですから、土下座して喜ぶべきじゃないかしら。退学も、とりあえず様子見にしてあげますわ。あなたに興味が出てきましたから」


 そう言って、阿佐宮はにっこりと微笑む。

 …………。お嬢様ってのは、本当になに考えるんだかわからないな……。


 ついさっきまで俺を弄んで退学させようとしてたのに、急に好意的になられても。乙女心と秋の空ってレベルじゃない。


 まぁ……権力も魔力も異常だからな、阿佐宮は。敵に回さないで済むのなら、それがいいのかもしれないが。


「な、永遠くん、怪我とかないですか? 大丈夫ですか?」


 そこで花井先生が声をかけてきた。腰を抑えているところを見ると、吹き飛ばされた衝撃で痛めたらしい。


「俺はまぁ……大丈夫です。基本、擦り傷ですし。それよりも岩山田を早く医務室に運んだほうがいいんじゃ……」


 一応火だるまになってたからな……。肉が分厚いので、大丈夫だとは思うが……。


 で、さっきまで騒いでいたDQNな取り巻きどもは俺が勝利したとみるや、静かになっていた。倒れている岩山田を助けに行こうともしない。冷たい奴らだ。基本、DQNって日和見だからな。


「…………ぐっ……うぅぅ……クソッ、永遠ぉぉっ……!」


 そこで、唐突に岩山田から悔しげな声が上がる。どうやら意識を取り戻したみたいだ。第一声がそれって、とても嫌な気分だが。


「……あら、あなたはもう用なしですわ。そのまま永遠に寝ていなさいな」


 で、お嬢様は豹変しすぎて怖えぇ……。背筋の凍るような冷たい声色だ。利用するだけしておいて、興味を失ったら容赦なく切り捨てる。これだから上流階級はっ。


「ぐぅう……ぜったいに……認めねぇ……俺が、こんな糞ヒョロイ引きこもり野郎にやられるなんて……ぜったいにっ、認められねぇ……!」


 糞ヒョロイ引きこもり野郎で悪かったな! これでも、こっちの世界に来てから、俺もそれなりの修行したんだってば!


「せっかく強化してもその程度とは甚だ失望いたしましたわ。見るも汚らわしいですから、あなたは退学しなさい」


 冷たい声で告げる阿佐宮。さすがに、横暴すぎる気がしないでもない。被害にあったのは俺とはいえ。


「いや、さすがに退学はやりすぎじゃないのか? 俺も……まぁ、無事だし」

「あなたは黙っていなさい。もともとこのゴリラは素行不良で街中でも恐喝や窃盗など、ろくなことをしていませんでした。これまで見過ごしてきましたが、それも今日までです。教師に暴力を振るい、学内のルールを破って私闘をしたのですからね」


「焚きつけたのは阿佐宮じゃないのか……?」

「強化はいたしましたが、ルールを破れとは言っていません」


 お嬢様はずるいな……。まぁでも、学外で悪行を働いてたとなるとなぁ。

 こうなると、しかるべき処罰は受けるべきだろう。クラスメイトが退学って、いい気分じゃないけど。


「舐めてんじゃねぇえっ! 誰がっ、女の指図なんて受けるかよっ……! それにっ……俺は永遠のようなカスに同情されるほど、落ちぶれちゃねぇんだよぉおおおおおお!」


 岩山田が叫びながら立ち上がるともに、信じられないことが起こった。

 みるみるうちに全身が毛むくじゃらになっていき、全身が十倍ほどの大きさに膨らんでいったのだ。


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 起き上った岩山田(?)は、獣そのもの咆哮を上げて、両手で胸をドンドン叩く。完全にゴリラそのものの動作だった。


「なっ!?」


 バケモノじみた奴だったが、本当にバケモノになりやがった!?


「阿佐宮、お前なにしやがったんだ!?」


 すぐ目の前の阿佐宮に訊ねるが――。


「……どういうことなの……? おかしいわ。巨獣化魔法なんて、誰が……? まさか……お父様が?」


 阿佐宮はブツブツと呟きながら、ゴリラと化した岩山田を呆然と見つめていた。


 なんだよ、阿佐宮がやったんじゃないのか? お父様って、魔法大臣の阿佐宮九曜がなんでそんなことを……!


「グルガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 巨獣化した岩山田は、大きく振りかぶって、拳を向かって振り下ろす。それとともに強烈な衝撃波が発生する。


 ――ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!


 たまたま拳の進行方向上にあった体育館がもろに直撃を受ける。そのまま、轟音とともに、崩壊し始めた。


 ちょ、ちょっと待て。なんだその威力は! 無人だからよかったものの、中に人がいたら大惨事になってたぞ!?


「くっ、わたくしの学園をみだりに破壊するとは、なにをやっているのですか、このゴリラは! 雷よ!」


 阿佐宮は素早く魔力を解放して、巨獣化した岩山田の脳天に雷を叩きつける。


「グウッ! グルゥウウウウウウウ!」


 確かに空から落とされた雷が直撃したというのに巨獣には効いていなかった。余計な刺激を与えてしまったことで、巨獣は阿佐宮のほうに振り向いた。


「な、なんですって!?」


 阿佐宮もショックだろうが、こっちにとっても衝撃だ。先日、圧倒的なレベルの違いを見せつけた阿佐宮の攻撃が無力だとすると、俺たちじゃとても手に負えない。


「氷雪凝固、二連」


 そこで、ドクターペッパーを飲み終わって手が空いていた水無瀬が、相手の動きを封じるための氷を連続で放つ。人間の胴並の太さのある腕をどうにか氷が固めることができた。


「雷撃無双!」

「竜風招嵐!」


 そこへ、勅使河原と美涼からも攻撃が放たれる。


「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 しかし、巨獣が咆哮するとともに、氷も雷も風も全てが吹っ飛んでいた。さらには他のクラスメイトたちからも無秩序に攻撃がされるが、まったく効いていない。


 ……マジでバケモノじみているというか、そのまんまバケモノだった。


「炎龍飛翔、紅蓮乱舞!」


 俺も再び大技を繰り出してみるが――


「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 先ほどよりも威力が弱いこともあってか、紅蓮の炎竜はすべて吹き飛んでいた。俺の消耗も激しいし、さっきまでと違って主人公らしく自分を盛り上げていくこともできなくて、シンクロ率が落ちているのも原因だろう。


「グルアアアアアアアアアッ! ギシャアアアアアアアアアッ!」


 怪獣じみた咆哮を上げながら岩山田は暴れまくり、校舎や立木、果ては校外の住宅街にまで衝撃波を放っていく。


 当然、辺りは混乱に陥った。学園の教職員や生徒たちはグラウンドに駆けつけて、状況が把握しきれない中で、巨獣に攻撃を仕掛けていく。そして、近隣住民は突然の無差別破壊にパニックになって避難を開始する。


 こんなの無茶苦茶だ。怪獣が暴れるような事態になるなんて、想定の範囲外だ。


「お、おにーちゃんっ、ど、どうすればいいのぉ?」


 妹子が不安に涙を溜めて、俺のところへやってきた。その間にも、美涼たちは岩山田に必死に攻撃をしかけていた。


「くっ……阿佐宮。なにか手はないのか!?」


 呆然と辺りを破壊する巨獣を見つめている阿佐宮に訊ねる。もう敵だ味方だなんていってられない、一秒でも早くあの巨獣を止めないと、被害が広がるばかりだ。


「……お父様……私に……この学園を捨てろ、と……。そう仰るのですか」


 阿佐宮はブツブツと呟いていた。……いや、誰かと会話しているかのような、そんな喋り方だ。


「おいっ、阿佐宮っ!」


 俺は一秒でも早く状況を収束させるべく、阿佐宮の腕を掴んで正気を取り戻させる。と、その瞬間――阿佐宮とは別の声が聞こえてきた。


『そうだ、九瑠美……。お前のような能力のある人間が、学園で遊んでいるのは損失なのだ。私の片腕となって、この国を……いや、世界を阿佐宮のものとすべきときがきたのだ。そのゴリラのように、この学園の生徒をことごとく魔獣化することで私たちに歯向かう者を全て潰すことができる。軍隊などいらぬ。これからは、魔法使いが国を司り、軍隊の代わりに魔獣をもって人民を支配すればいいのだ』


 渋いおっさんの声……これが、もしかすると阿佐宮九曜なのか?


『クク……貴様は永遠了……いや、糸冬了といったか。元はお前が作り出した世界なのだろうが……この世界、私たち阿佐宮一族が頂戴するぞ。魔法使いのエリート中のエリートである私たちが、お前の代わりにこの世界を正しき方向に導き、統治する。ここはお前が捨てた世界なのだからな……! そろそろ目障りな元主人公には、退場願おう。……これからは、私、阿佐宮九曜がこの世界の創造者であり主人公なのだからなっ!』


「なっ……。なにを言ってやがる……。そ、そんなことさせてたまるかっ」


『ふはは……あれだけほったらかしておいて、よく言える! その間、私たちがどれだけ苦しんできたか、考えてもみたまえ。毎日、今日という日が続くのだぞ。季節も変わることはない。永遠に世の中に変化など起きはしない。いわば、この世界は永遠に続く牢獄だったと言っていい。放置という名の拷問を我々に味わわせた張本人は罰を受けてしかるべきであろう!』


 確かに……俺はこの世界を放置した。それは罪のあることなのかもしれない。ここに生きるキャラたちにとって……。


「……だけど、この学園は物語の核だ! それを破壊していいわけがない! 阿佐宮も、勅使河原も、美涼も、妹子も、俺の作った大事なキャラだ! それをこんなおっさんの世界征服の手伝いをさせて、魔獣化して軍隊代わりに使う? そんなこと絶対に許すわけねぇだろっ!」


 もし、この、阿佐宮九曜が正義の人で、この世界をよりよくしていこうという高潔な人物だったら、俺は言い返すことができなかったかもしれない。


 幸いというか、なんというか……阿佐宮九曜はかなりの悪役思考だった。


 だからこそ、俺は正義の側に立つことができる。主人公として、悪に立ち向かうことができる。


 さんざん放置していた俺が、主人公を演じる資格があるのかどうか。それはわからない。ないかもしれない。でも、自分の作り出したキャラを魔獣にされることだけは耐えられなかった。


「……あなた、退学させようとした私のことを、責めないの……? 勅使河原さんたちならわかるわ……でも、わたくしのことなんて……わたくしなんて、どうでもいいキャラなのでしょう!?」


 阿佐宮が責めるような、縋るような瞳で俺のことを見てくる。


「……それは……正直、忘れていたことは認めるし、謝る……。だけど、モブだろうと敵だろうと、俺は自分の作り出したキャラを誰一人どうでもいいなんて思っていないっ! みんな大事なキャラだ! ……むかつくが、岩山田だってな! 言わば、全てのキャラは俺の子供だ! 全員、俺が作り出したんだから!」


 だから、それを自我もなにもない魔獣に変えられしまうことだけは絶対に防がないといけない。俺が全てを思い出した今、これまで止まっていた時の分だけ、全てのキャラに人生を楽しんでほしい。それが、俺の罪滅ぼしだ。


「あんたにも感謝しているぜ、阿佐宮九曜……」

『なに? 小僧、なにを言っている。狂ったか』


「……あんたが聖人君子だったら、本当にあんたが主役の世界になっていたかもしれない。あんたが悪役としての道を歩んでくれたおかげで、俺は最後の最後に主人公になれたんだからな! いくぜっ……! 炎龍飛翔――……永遠輪廻!」


 心の内側から沸き上がった無数の炎龍が、次々と渦巻きながら魔獣化した岩山田に襲いかかっていく。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 この炎龍は、敵を倒すまで永遠に俺の身体から湧き続ける。災厄を滅する浄火の焔。俺の願いと罪滅ぼしの想いがこもった最強の炎魔法だ。それが魔獣の巨体を包み込んでいき、呪いの瘴気を浄化していく。


 さながら、超巨大なキャンプファイヤーを見ているかのような気分だった。煌々とオレンジ色に俺たちを照らして――魔獣は燃え尽きて、元の岩山田をその場に残していった。


『ば、馬鹿なっ! 私の持っている最高の魔力で作り出した獣化魔法が……!』


「……最後には正義が勝つってことだろ。娘がずっと守ってきた学園を壊すなんて、どう見たって悪役のやることだろうが」


「永遠了……あなた……」


「……改めて、謝る……。ずっとこの学園のこと任せていたみたいだからな。生徒会長……」

「っ……」


 俺が頭を下げると、阿佐宮は息を呑んだ。そして、その瞳から涙が溢れ始めた。


「……そうよ……辛かったわよ……。時が止まった学園で、ずっと生徒会の活動をすることは……。他の生徒会役員は誰もこの世界が作り物だとは気がつかなかったし……それなのに、急に主人公がやってきて、好き勝手青春を謳歌して、学園を守ってきた私のことを無視して……だから……私は、あなたのことが憎くて……!」


 つまり、阿佐宮が俺に意地の悪いことをしてきたのは、ずっと学園のことを物心両面で守ってきた阿佐宮の苦労をまるでわかっていなかったことによるのか……。


 確かに、学園は十年以上経過したとは思えないほどに綺麗だったし、中庭や花壇の手入れまでしっかりとされていた。なんでそんなことに俺は気がつかなかったのだろうか。


「……ごめんな……本当に。これまで学園のことを守ってくれて、ありがとう……」

「っ……ひ、卑怯ですわよっ……今さら……言われたって……っく、ぐすっ……ゆ、許してなんて、やらないんですからっ……えぐっ……ぅあっ、あ、ああああああああっ!」


 阿佐宮は俺の胸板に力なく両こぶしを叩きつけながら、泣き始めた。


 本当に……俺は罪深いことをしてしまっていたのだと、痛感した。


 俺がほったらかした世界で……みんな、長い間、苦しんできたわけだ。孤独と戦い続けながら。


「……あの……先輩、おいしいところをすべて阿佐宮九瑠美に持っていってしまわれた気がするんですが……私の世界征服の夢はどうなるんでしょうか」

「妹子、なんだかよくわからないけど、おにーちゃんのことだぁーい好きっ☆」

「人生に悩んだとき……全てはドクターペッパーを飲めば解決する。ぷはっ……今日七本目」

「え、えーと……とにかくハッピーエンドっぽいからいいんじゃない?」


 相変わらずフリーダムな仲間たちに迎えられて、ともかくも俺たちの学園に平和が戻るようだった――。

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