生徒会長阿佐宮九瑠美

「……うふふ、皆さんお揃いですのね?」


 そんなことを考えている俺をあざ笑うかのように、一人の女子生徒が俺たちの前に現れた。まず目につくのはロールされた金色の髪。吊り上がり気味の眉に、切れ長の瞳。やや鼻が高くて日本人離れした印象のお嬢様だが……瞳の色は俺たちと同じだ。


「阿佐宮先輩……」


 勅使河原の呟きから、その女子生徒が阿佐宮九瑠美だと知る。噂をすれば影ってやつか。まさか、向こうから現れるとは。


「勅使河原さん、考えてくれたかしら、生徒会に入ることを。このまま永遠了と一緒にいたら、あなたは不幸になるだけだわ」

「なんだそりゃ。俺といるとなんで不幸になるんだ?」

「それは……あなたが私の排除対象だから」


 勅使河原に向けていた柔和な表情から一転して、俺のことを冷たい瞳で睨みつけてくる。


「は、排除対象って……どういう意味だよ」

「それは、そのままの意味ですわ。……永遠了、中身は、糸冬了と言ったかしら? あなたの存在は私にとって邪魔なの。この世界の主人公は、私であるべきなのだから」


 ……やはり、全てお見通しだったか。これは、クロで確定だな。


「なに言ってんですか。この世界の主人公は私です。私の世界征服を邪魔するのなら、あなたこそ容赦なく排除しますよ?」


 こっちにも似たような奴がいた。美涼だ。


「あなたは観月美涼とか言いましたかね。糸冬了をこちらの世界に召喚した元凶。厄介なことをしてくれたものですわ」


 そこで、言葉を一旦切って……阿佐宮は水無瀬のほうに視線を向ける。


「水無瀬氷。……あなた、この世界を自分の思い通りにコントロールしていると思っていたようですが、それも今日でおしまいですわ。あなたは部屋に引きこもって好きなだけドクターペッパーを飲んでいらっしゃればよろしいですわ」


 もう完全にお見通しなようだった。こうなったら……ここで俺たちの力を合わせて阿佐宮を倒してしまうということはできないのだろうか。水無瀬は強いし、俺は役に立たないとしても勅使河原・美涼・妹子の力を合わせれば、なんとかなるんじゃないだろうか。


「ふふ……? 私を力ずくでなんとかしようと考えていらっしゃいますね、永遠了。私があなたたちの前に現れたのは、絶対的な力があることを見せつけるためです。……土よ、この者どもを捕えなさい」


 ――ドシャアアアアアア……ッ!


 阿佐宮が命じるとともに、地中から無数の土の手が伸びてくる。


「うげっ!?」

「きゃんっ!」


 俺と妹子は逃げ遅れて、両足首を土の手に掴まれてしまった。一方で、水無瀬と勅使河原、そして美涼は跳躍して、土の手から逃れる。そして――


「風力波!」

「雷撃槍!」

「氷雪刃!」


 三人一斉に反撃の魔法を唱える。瞬時に発動できるものだけに威力は弱いが三つも重なればそれなりにダメージはあるはずだ――が。


「風よ」


 阿佐宮が呟くと、美涼の風力障壁とは比べ物にならないほど強烈な防御魔法が発動されていた。


 土魔法だけじゃなくて、風も使えるとは……。普通、個人が使える攻撃魔法は一種類だけだ。それを二種類とは。


「なにを驚いた顔をしているのですか、この程度で。炎よ、氷よ、雷(いかづち)よ」


 阿佐宮が矢継ぎ早に呟くと、実際に炎が荒れ狂い、氷が叩きつけられ、雷が轟いた。


「きゃああっ!?」

「なっ、なんですか、これはっ! くっ!?」

「……っ!」


 スピードと威力を兼ね備えた攻撃に、勅使河原と美涼がダメージを負う。かろうじて、水無瀬だけはよけきっていたが。


 そして、俺と妹子は依然として土の手に足を掴まれたままだ。これだけ種類の多い魔法を同時に行使しまくるなんて、本来ならありえないはずだが……それを可能にしている阿佐宮は異常としか言えない魔力だ。


「……これで、私の力がわかっていただけたかしら? これでも、実力の半分ほどしか出していないのですけれど。ここであなたたちを倒してしまうのは簡単なことですが……それでは、面白くありません」


 そして、阿佐宮はにこりと笑う。


「それに……わたくしは、女の子が好きなのです。特に、勅使河原さんのような方がタイプなのです。どうですか? 私と一緒に、百合色の青春を謳歌しませんか?」


「は、はぁぁっ!? な、なによ、それっ!?」


「私の生徒会に入ってくだされば、濃密な時間を過ごせると思いますわ。そこの生活力のないヒモ男と、ドクターペッパー中毒者と、性格のねじまがった根暗女と無知蒙昧な子どもと一緒にいるよりは、よほど有意義だと思います」


「お、お断りよ!」


「あら、残念ですわ。ふふ……でも、力づくっていうのも、いいかもしれませんわね? 勅使河原さんがヒーヒー言う顔、とても見てみたいものです」


 そう言って微笑を浮かべる阿佐宮は、別の意味でも危ない奴だった。


「勅使河原さんをたぶらかしている永遠了には、せいぜい苦しんでもらわないといけませんわね……? それでは、ご挨拶はこれぐらいにしておきましょう。ああ、水無瀬さん。あなたのお父様は大丈夫です。そのうち目を覚ますでしょう。ちゃんと、そこのところは調整しましたから。……ただ、職務続行は不可能になるでしょうから、次期首相は私のお父様になるでしょうね?」


 どうやら……全てが、阿佐宮の思い通りに進んでいるらしかった。


 水無瀬が世界の秩序を守るための番人のような存在だったのに比べて、阿佐宮は世界を自分の玩具のようにして弄ぶタイプのようだ。一気に俺を殺すなりなんなりすることなく、苦しむさまを見ようとは。


「……せいぜい楽しませてくださいね、永遠了。この永遠に続く退屈な世界で、あなたを弄ぶのが、私の唯一の楽しみなのですから。じわじわと痛ぶって、私が飽きてからこの世界から消し去ってあげます」


 容姿だけ見ればお淑やかなお嬢様なのだが、言っていることはかなりサディスティックだった。


「それでは、ごきげんよう」


 一方的に話を切り上げて、阿佐宮は俺たちに背を向ける。


「背を向けるとは迂闊ですね。竜風招嵐!」

「風よ」


 美涼の放った竜風将来は、阿佐宮の一言によって、一瞬でかき消された。


「……圧倒的な力の差があるからこそ、あなたたちに背を向けるのですよ? それでは、せいぜい無駄なあがきをしてください。楽しみにしていますわ」


 そう言って、今度こそ阿佐宮は俺たちから遠ざかっていった。


 ……確かに、一瞬で美涼の竜風招嵐を打ち消したのだから、かなりの魔力だ。発動の速さと威力。どちらも尋常ではない。


「まったく、なんなんですか、あの女は。次から次へと私の覇業を邪魔する存在ばかり現れて嫌になりますね」


「水無瀬……お前でも、あの阿佐宮はなんとかできないのか?」

「……たぶん、私と互角か、それ以上。私と違って色々な種類の魔法を使えるみたいだから、厄介」

「全員で倒すってわけにはいかないか?」


「それをやろうとすると、何人か犠牲になる可能性がある。それに……大義もなく学園の生徒会長を倒したりしたら、退学になるかもしれない。権力は、向こうのほうが強くなるから」


 なかなか面倒な存在だな……。こうなると、俺に無理難題を吹っかけている現状のほうがいいのかもしれない。問題は、今の俺の力でナンバースリーになれる可能性はかなり低いことだが。


「ともかくあと三日、修行をがんばるしかないか……」


「急には難しいと思いますが……まぁ、そうですね。それで先輩がナンバースリーに入れなくて退学ということになれば、そのときはあのいけ好かない女を全員の力を合わせて殲滅しましょう」

「いや、俺のために戦うなんてことはやめてくれ。その場合は、俺が退学すればいいだけだ。みんなが犠牲を払う必要なんてない。あの魔力を本気で使われたら、本当に誰かが死ぬ可能性だってあるだろ?」


 それは……耐えられない。自分が作り出したキャラということもあるし、こうしてこちらの世界で俺と一緒にいてくれる仲間が死ぬだなんて、到底耐えられることじゃない。


 ともかく……今は、ひたすら自分の能力を上げることに専念するしかない。現在、勝ち目がない以上。


「……大丈夫……。もし退学になったら、私の家にきていい。ドクターペッパーの備蓄も十分にある」

「待ってください、先輩に先に唾をつけたのは私ですよ? そうなったら、先輩は私がペットとして飼います」

「ちょ、ちょっとっ! そうなったら学級委員長の私が面倒見るからっ!」

「おにーちゃん、妹子のお部屋に来てよぅ☆」


 なんか……別に退学しても、普通に女の子たちのヒモになって暮らしていけそうな気もするが……。

 ……って、いかんいかん、決意が鈍るっ! ここは、しっかりとレベルを上げてナンバースリーにならないと!


「と、ともかくあと二日間、鍛錬を頼む! なんとなくコツは掴めてきたから!」

「仕方ないですね。それでは、先輩が泣いて叫んでもうやめてくれって哀願してなおかつ漏らしても責め続けてあげます」

「あ、あたしも永遠のためにがんばる。そ、それに……生徒会になんか入りたくないし!あたしにそんな趣味ないし!」

「うんっ、おにーちゃんのために、妹子がんばるよぉ~☆」

「……私も、手伝う……」


 こうして、四人による、さらにハードな鍛錬をつけてもらえることになったのだった。


 ……もうそれは、筆舌に尽くしがたいほどの強烈な内容だったので、マジで俺は泣いて叫んで哀願して漏らしたほどだった。


 ヒーローへの道は、辛かった……。

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