第四章『主人公』

退学の危機~暗躍する阿佐宮家~

「あ、あの……ちょっと、永遠くん、いいですか?」


 期末試験まで、あと三日という日。昼休みに、花井先生に呼び止められた。

 相変わらず、自信なさげでオドオドしている。


「なんですか、先生?」

「ちょ、ちょっと大事なお話があるので……その……進路指導室に来てもらっても、いいですか?」


 大事な話? いったい、なんだそりゃ。ここのところ授業は真面目に受けているし、期末試験は必ず受けるつもりだし、なんら問題はないと思うのだが。


 連日、美涼と勅使河原と妹子に訓練をつけてもらって着実に魔力と格闘術は上がっているので、このままならランクを五ぐらいは上げられそうなぐらいだ。

 ちなみに、水無瀬も学校に来ることが多くなって、俺たちと一緒に昼飯を食べたりする機会も増えていた。


 つまり、順風満帆な学生生活を送っているところなのだが……先生の表情は、見るからに暗い。よからぬ話をされるのは、明白だ。



 ともかくも、俺は先生の後ろについて進路指導室に入った。飾り気のない狭い部屋。その中央に机が置かれていて、それに向き合う形で椅子が配置されている。


 進路指導室の独特の圧迫感と緊張感の中、俺は暗い顔をした花井先生の向かいの椅子に座った。


「あの……唐突なことで申し訳ないんですけど……次の期末考査で永遠くんはクラスナンバースリーに入らないと、退学することになります……」

「なっ!?」


 花井先生から告げられた内容は、あまりにも無茶苦茶なものだった。ついこの間まで、期末試験を受けてされいれば進級できるみたいな状態だったのに。

 しかも……クラスナンバースリー以内になれなかったら退学? 横暴ってレベルじゃない。


「なんで、急に……そんな、どうしてそんなことになるんですか?」

「そ、それは……その……校長先生からそう決まったと伝えられて……その……わ、私もよくわからなくて……ただ、これは魔法大臣が決めたことだからって……」

「魔法大臣!? なんで、そんな……ただの生徒に過ぎない俺に対して、そんな偉い人が干渉してくるんですか!?」

「そ、それは……! わ、私にもよくわからなくて……ただ、告げておくようにって校長先生か言われて……あの……急に、ごめんなさい……」


 花井先生は本当になにもわからないのだろう。俺に詰め寄られて、涙目だ。


 魔法大臣が俺になにかをしてくるなんて、意味不明だ。しかも、ナンバースリー以内になるという条件を設けていることもよくわからない。そもそも、魔法大臣なんて人物を作りだした記憶はない。


 俺は花井先生との話を終えると、進路指導室を出て、水無瀬を捜すことにした。この世界を司る水無瀬なら、なにかを知っているはずだ。



 中庭のベンチ。そこで、ドクターペッパーを飲んでいる水無瀬を発見した。


「水無瀬、ちょっといいか?」


 俺は水無瀬の横に座って、状況を説明する。すると、水無瀬はドクターペッパーにつけていた唇を離した。


「……やっぱり、この世界に異変が起きている」

「やっぱりって、ほかにもなにかあったのか?」

「……先ほど、私の父が刺された」

「なっ!?」


 水無瀬はスマートフォンを俺に見せる。そこには、総理大臣水無瀬聡(さとし)が暴漢に襲われて重体というニュースが出ていた。


「こんなことが起きることは私も把握していなかった。誰か悪意のある人物がこの世界を書き換えようとしているんだと思う。一連の流れは、きっと全て繋がっている」

「その悪意ある人物って、いったい……」

「……おそらく、魔法大臣の阿佐宮九曜(あさみやくよう)が黒幕。次期総理候補とも言われている実力者。政治だけでなく、魔力も強い。……そして、その娘の阿佐宮九瑠美(くるみ)も怪しい」


「阿佐宮九瑠美……?」


 どこかで聞いたことのあるような名前だが……思い出せない。


「阿佐宮九瑠美は……うちの学園の生徒会長」

「あっ……そ、そうか! そう言えば、そんな名前にしてたわ……設定なんてまったく考えないで、名前だけ作ってたはずなんだが……」

「彼女は割と早い段階で、この世界が作り物だと気づいていた。そして、同志永遠がこちらの世界に来てから日に日にその魔力が上がっていた。一応、監視対象には入れていたけど……秘密裏に色々と進めていたみたい」


 俺ですら忘れていた存在だが……生徒会長となると、ほかのモブキャラよりも権力があるだけに厄介だ。しかも、親が魔法大臣だなんて。水無瀬の父親の権力を使って対抗しようにも、重体じゃ……。


「先輩、なにしけたツラしてるんですか?」

「なにかあったの?」

「おにーちゃんどうしたの~?」


 そこへ、勅使河原と美涼と妹子がやってきた。なんだかんだで仲よくなった三人は、こうして一緒に行動することが増えていた。それはそれとして――


「いや、実は大変なことになった……聞いてくれ」


 俺は先ほどの話を三人に伝える。あくまでも推測の段階であるが……世界を司っていた水無瀬の言葉だけに、的外れということはないだろう。


「なんですか、それは。水無瀬氷以外にも、私の世界征服を邪魔しようという人物がいたんですか?」

「世界征服が目的かどうかはしらんが……まぁ、なにかよからぬことを考えていそうだな。水無瀬の父親を刺すということまでしてるんだし……」

「阿佐宮先輩が、そんなことするなんて……」

「勅使河原は阿佐宮九瑠美のことを知っているのか?」


「うん。ホームルーム長は、月に一度、生徒会長と話すホームルーム委員会があるから。ちょうど、昨日、会って話したばかり……。急に私の手を握ってきたから、すごいびっくりしちゃって……」

「で、なにを話したんだ?」

「そ、それは…………な、永遠と関わらないほうがいいって……」

「なんだそりゃ……やはり、俺に対して悪意があるのか、生徒会長は」

「あとは、生徒会に入るように誘われて……ちょっと、怖かった」


 勅使河原に対してまで、手を伸ばしているのか? 本当になにが目的なんだ、阿佐宮九瑠美は……。


「まだ阿佐宮九瑠美がクロかどうか確定したわけでないが、警戒するに越したことはないな……とにかく単独行動を控えたほうがよさそうだ。常に、誰かと一緒にいたほうがいい」


 水無瀬の父親じゃないが、刺されるという可能性もある。本格的に暗殺者みたいなのを派遣されたら、ひとたまりもないが……。


 なんか俄かに緊迫感が出てきてしまったな。せっかくしばらくはのんびりとこちらの生活を満喫できると思っていたのに。

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