学食と食後のドクターペッパーと友情

 さて、魅惑の学食タイムである。美涼の作った弁当も美味かったのだが、どうしたって冷めてしまう。できたてを食べるというのは、いいものだ。

 ホットなものを食べるとホッとする。


 そんなオヤジギャグみたいなことを考えながら、俺たちは券売機を買い求める生徒たちの列に並んだ。一足先に学食についていた美涼も、結局、俺たちが来るのを待っていたので、一緒に並んだ。

 その際、「べ、別にっ、勅使河原凛を待ってたわけじゃないんですからね!」と、見事なツンデレを披露してくれたりしたが。


「んー、なに食うかな。美涼はなに選ぶんだ?」


 一瞬、学食派の勅使河原に話を振ろうと思ったが、勅使河原とばかり話して美涼にご機嫌斜めになられても仕方ないので、そちらに尋ねることにした。


「そうですね。私的には山菜そばですかね。キノコ好きなんですよ。もちろん、いずれは先輩のキノコも――」

「はいストップストップ! 食事時まで下ネタはやめようか!」


 こいつに話を振ったのは失敗だった。あらゆる話題を下ネタに持っていくアグレッシブさは、まさに下ネタの得点王。誰も止められない。


「ふぇ? お兄ちゃんキノコなの?」

「ああ、妹子、そのネタは引っ張らないでいいからなっ! それより、妹子はなにを食べるんだ!?」


 全力でネタを変える。もうそれはゴール前に迫った相手FWのボールを思いっきり外に蹴り出すDFみたいに。


「うんっ、妹子はね、甘口のカレー食べるよぉ~☆」

「そ、そうか。ちゃんと辛さを選べるとは優れた学食だな」


 チラッと厨房のほうをみたら、食堂のおばちゃんが普通に市販のレトルトカレーのパックを手にしていた気がするが、気がつかないフリをしよう。


「勅使河原は?」

「んー、今日はA定食かなぁ。今日のA定はスパゲティミートソースとサラダとプリンなのよね。B定がラーメンと唐揚げ二個と半ライスにプリン」

「んじゃ、俺はB定食にするかな。ラーメン食いたい気分だし。で、水無瀬はどうするんだ?」

「ラーメンのスープの代わりにドクターペッパーを入れるドクターペッパーラーメンを食べたい」

「うん、食堂のおばちゃんが恐怖すると思うから、普通のメニューにしようか。このあと中庭でいくらでも飲めるからな!」

「わかった。では、同志永遠と同じものにする」


 そんなこんなで俺たちが食券を買う順番になった。精神年齢が小学生並の妹子はボタンを押して、ご満悦だった。なので、俺の分のボタンも押させてあげた。俺、いいお兄ちゃんだよな。父親みたいな気もするが。


 そのあとは受取口でおばちゃんに食券を渡して、席を確保する。やがて、手渡されたブザーが鳴って、俺たちは各々料理の乗ったトレーを手にして、席についた。


「それじゃ、食うか。いただきます」


 それぞれ「いただきます」を言って、食事を開始する。なんか、こうして顔を揃えてご飯を食べるとなると、いよいよ家族みたいだ。


 それは、とても悪くない感覚だった。まぁ、俺の後半生は部屋で一人で冷えきったメシを食べるだけだったからな。そう考えると、家族の団欒みたいなものを感じるのは十数年ぶりかもしれない。


 って、食事時に暗い過去を思い出していても仕方ない。とにかく、ラーメン食べるか。伸びちまうししな。


 俺は箸を手に取ると、ラーメンを食べ始める。うん、まぁ、特に特徴のない醤油味のラーメンだ。現実世界で俺が食べてたラーメンってのは、基本的にカップラーメンだったからな。そこまで凝ったものが出てくるわけはない。


 でも、こうしてみんなで食べるラーメンってのは格別だ。ちなみに、俺の左隣に妹子、右隣に美涼、正面に水無瀬、美涼の正面に勅使河原という並びだ。


「うんっ、甘いカレーおいしいよぉ☆」


 妹子もご満悦だ。やっぱり、食べ物の力ってすごいよな。こうして、人を笑顔にできるんだから。まぁ、市販のレトルトカレーっぽいけど。


「やっぱりキノコは女の浪漫ですよね。少女時代にキノコ図鑑を読んで気になる男の子に毒キノコを食べさせる想像をするのは通過儀礼ですし」


 その愛、間違ってるから。それが通過儀礼って恐ろしすぎる世界だろ……。


「先輩にも今度私が収集した毒キノココレクションを見せてあげますよ」

「冗談じゃなくてマジでそんなものあるのか……」

「当たり前です。毒キノコは女の嗜みですよ?」


 どこまで本気かわからんが、美涼ならマジかもしれん。俺をこっちの世界に召喚するという普通ならありえない魔法を使ったりしてるわけだしな。

 そうだ。どうせなら、聞いておくか。


「そう言えば、俺を召喚した魔法ってどうやったんだ?」

「ふふ……それは企業秘密ですね。ま、ヒントを上げると、私の身体を使ったとだけ、言っておきましょう」

「身体を使う……? な、なんだそりゃ?」

「オカルトとか呪術も女の浪漫ですからね。色々あるんですよ、魔法の力と合わせることで、本来ならありえないことがありえるようになります」


 となると、呪術と魔法を組み合わせたのか? よくわからんが、美涼もすごい奴だ。戦闘能力は水無瀬より落ちるとはいえ。


 そして、水無瀬はというと、ラーメンをズルズルと吸いこんでいた。食べるというよりは、吸引する動きに近い。


「ずずずず……私は観月美涼に感謝している……こうして、ドクターペッパー愛する同志永遠と会えたのだから……ちゅるる、ぢゅるんっ」

「でも、先輩は渡しませんよ。先輩は私とハートフルな世界征服をするんですから」


 美涼の世界征服への情熱は相変わらずだ。まぁ、それはおいておいて。次は勅使河原の様子を見てみる。やっぱり、全ヒロインに均等に接してこそ、ハーレムを維持できるものではないだろうか。


 この中では一番の常識人の勅使河原は、綺麗にフォークにスパゲティを巻きつけながら食事をしていた。安定感がある。そう言う意味では、正妻的なポジションが似合うのが勅使河原なのかもしれない。一応、メインヒロインだもんな。


「な、なによ? 私の顔になにかついてる?」


 こちらの視線に気がついた勅使河原から尋ねられる。


「いや、なんというか、勅使河原って安定感があるなって」

「なによそれ……」

「みんなはっちゃけまくってると、ツッコミ疲れてしまうからな。そういう意味で、勅使河原はオアシス的な存在かなって」

「へ? オアシス?」

「ああ、勅使河原、お前はいつまでもそのままの勅使河原でいてくれ」

「なっ、なんだか知らないけど、恥ずかしいこと言わないでよっ、も、もうっ!」


 勅使河原は顔を赤らめると、俺から目を逸らした。やっぱり勅使河原にはほかのキャラにはない魅力がある。ほかのキャラだと俺は防戦一方になるばかりだが、勅使河原相手だと俺も攻められるというか、いじることができるというか。


「先輩……なに私の目の前で勅使河原凛の好感度を上げてるんですか。誰が地雷原だって言うんですか」

「べ、別にお前のことを地雷原だなんて言ってないだろっ!?」


 まぁ、下ネタを連発してドッカンドッカン無差別破壊をしまくっている感じは、地雷というよりは無敵の戦車部隊なんだが。


「はぅぅ~☆ おいしかったぁ☆ ごちそうさまぁ~☆」


 オアシスと戦場を行ったり来たりしている間に妹子の食事は終わったようだ。妹子、超ご満悦。会心の無邪気。幼女の笑顔はつよい。まぁ、十五歳なんだが。


「……プリン……プルプル……」


 そして、水無瀬もデザートのプリンに着手していた。いつの間にか、みんなほとんど食べ終わってたんだな。俺の周りの女子は早食いすぎる。ま、俺が女の子の食事風景に目を奪われてただけか。いかんいかん、紳士たる俺が。


 とにもかくにも、俺は残りのラーメンと唐揚げと半ライスを平らげた。プリンは、妹子にあげた。もちろん、プリンは無邪気に喜んで「おにいちゃんだぁ~い好きっ☆」と俺の腕に身体を寄せてゴロゴロしたものだから、美涼から「この天然ロリはタチが悪いですね、まったく!」とか言われて、力づくで引きはがされていたが。



 さて、次は食後の日向ぼっこタイムである。俺たちは学食をあとにして中庭にやってきた。色とりどりの花壇が並ぶ、華やかな空間だ。誰がやっているのかしらんが、しっかりと手入れされている。


 そして、ベンチがいくつもあって、談笑できるようになっている。水無瀬の目的のドクターペッパーが売っている自販機もちゃんとある。


「……じゅるり」


 ずっとお預けをくらっていた水無瀬は、涎を垂らしそうになりながら、自販機のボタンを押す。ゴトンっと音がして、ドクターペッパーが取口に落ちてきた。そして、それを手に取ったところで、自販機の電子画面にルーレット画面が表示されて、電子音を立てながらルーレットが回り始めた。


 珍しいな。当たりが出たらもう一本って奴か。

 ルーレットは一か所の「当たり」と五ケ所の「はずれ」をぐるぐると回り――


『パンパカパーン! おおあったりぃー♪』


 見事に当たった! そして、もう一本、ゴトンと音を立ててドクターペッパーが落ちてきた。


 水無瀬はそれを手に取って両手でドクターペッパーを掴む状態になると、左手の、当たったほうのドクターペッパーを俺に差し出してきた。


「同志永遠。栄誉ある当たりドクターペッパーを進呈する」

「えっ、いや、水無瀬が当たったんだから、水無瀬が飲めばいいんじゃないか? あっ、さすがにメシ食ったあとに二本はキツイか。なら、金払うぞ」

「その必要はない。今日は永遠と初めて中庭の自販機の前にやってきた記念すべき日。私の気持ちとして受け取ってほしい」


 そう言って、じっと見つめてくる。この間もそうだったが、水無瀬はかなり目力があるので、断ることができない。


「わかった……。じゃ、いただくわ。ありがとうな、水無瀬」


 俺は水無瀬からドクターペッパーを受け取った。


「えへへっ、妹子もドクターペッパー飲むー☆」


 妹子もお金を手に、自販機に向かう。


「大丈夫か? 妹子には刺激が強すぎる気もするが」

「でも、お兄ちゃんと一緒がいいもんっ☆ それに、水無瀬先輩ともお揃いがいいなっ☆ えいっ☆」


 妹子はお金を投入すると、ジャンプして一番上の列にあるドクターペッパーのボタンを押した。


「……さすがは同志永遠の妹。たいへんよくわかっている。これからは同志永遠妹と呼んでもいい」


 妹子の言葉に、水無瀬は感激しているようだった。


「それじゃ、私も今日はドクターペッパーにしましょうかね」

「じゃ、あたしもっ! みんなで一緒のもの飲むのってなんかいいもんね!」


 続いて、美涼と勅使河原までドクターペッパーのボタンを押した。


「……これは、夢? 皆がドクターペッパーを頼むだなんて」


 いつもは無表情の水無瀬が、驚いたように目を見開いていた。


「ま、記念すべき日だしな。俺だけじゃなくて、勅使河原や美涼もみんな同志というか、水無瀬の友達だろ」


 そうだ。もう俺たちの関係はそう呼んでも差し支えないだろう。水無瀬だって、ずっと一人で生きてきたはずだ。しかも、「この世界を司る」力があっただけに、不良どもを監視したりなんだり、自由な時間があまりなかったはずだ。


 だが、この地域を荒らしていた不良どもの件も片付いたし、これからは俺たちと一緒に学園生活を送れることだろう。


「……友達?」


 水無瀬は不思議そうに、俺たちの顔を見回した。


「……ま、ライバル関係と認めてあげないこともないですよ。世界征服のためには、いつかは超えるべき目標ですがね」

「水無瀬さんがよかったら、これからも一緒にご飯食べたりしよ? 同じクラスだし、席、すぐそばだし!」

「水無瀬先輩かっこよいし、妹子の憧れだよぅ~☆」

 みんなの反応に、水無瀬は押し黙った。

 そして、無言でドクターペッパーを掲げた。


「……これほど嬉しい日はない。よかったら、乾杯を」


 俺たちは持っていたドクターペッパーをそれぞれ水無瀬のドクターペッパーにちょんと合わせる。


「「「「「乾杯っ」」」」」


 俺たち五人の言葉は重なり合い、ひとつになった――。


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