充実した学園生活!

 制服に着替えた俺はひとまず先に寮の前にやってきた。ちなみに、男子寮と女子寮はフェンスを挟んで並ぶように立っている。普通はもっと距離を置いて建てるだろうが、この世界は色々な意味で親切設計なので、こんな配置なのだ。たいへんよくわかっていらっしゃる。


 朝飯抜きになってしまったので腹は減っているが、仕方ない。休み時間に自販機でドクターペッパーでも買って、腹を膨らませよう。そんなことを考えていたら、女子寮のほうから見知った顔が出てきた。あれは……。


「勅使河原っ、水無瀬っ」


 俺が呼びかけると、すぐに水無瀬と勅使河原はこちらに気がついた。ちなみに、水無瀬の手にはドクターペッパーの缶が握られている。


「あ、永遠。おはよ」

「ごきゅごきゅ……ん、同志永遠。今日も元気だドクターペッパーがうまい」


 勅使河原と水無瀬から挨拶される。どうやら二人も寝坊していたみたいだ。水無瀬は朝っぱらからドクターペッパーを堪能している。さすがだ。


「おはよう、勅使河原、水無瀬。今日は水無瀬も登校するんだな」

「ん……たまには学校の中庭にある自販機でドクターペッパーを味わうのも一興」


 さすが、水無瀬はブレなかった。今日一日でどれだけドクターペッパーを飲むのだろうか。健康の心配をしてしまうレベルだ。


 そこへ、美涼と妹子も女子寮の玄関から出てくる。


「む、さっそく朝から先輩にちょっかいかけているとはとんだアバズレビッチどもですね、勅使河原凛と水無瀬氷は」


 友人に対して朝の第一声がこれである。勅使河原からぬいぐるみをもらったんだから、少しは態度が軟化すると思ったんだが、やっぱり美涼は美涼だった。


「べ、別に、普通に挨拶してただけなんだからっ!」

「ドクターペッパーを愛する同志と朝のドクターペッパー談義をすることはごく当たり前のドクターペッパーのある日常風景」

「あ、勅使河原先輩、水無瀬先輩、おはようございます☆」


 一見フリーダムな妹子だが、ちゃんと挨拶ができる良い子である。さすがお兄ちゃんの妹だ。


「っと、今日時間やばいんじゃなかったか……げっ」


 四百メートルほど向こうにある校舎から聞こえてくる、キーンコーンカーンコーンという鐘を模した電子音。もしかしなくても予鈴だ。


「ああん、遅刻じゃないっ! 走らなきゃっ!」


 クラス委員長である勅使河原は慌てて走り始める。以前の俺ならどうせ作られた世界だといって真面目に走ることはしなかったが、なんとなく今日は走りたい気分だ。


「よしっ、急ぐかっ」


 俺が走り出すと、ほかのみんなも追随する。


「あんっ、妹子も負けないよぉー☆」

「ふんっ、風の魔法を操る私の速さ、とくと見るがいいです」

「ごきゅごきゅ……朝の運動……」


 なんか全員揃って走ってると青春している気がする。理由としては、遅刻寸前だからだが。ついでに言うと、美涼の鞄に昨日勅使河原からもらったウサギが揺れていた。素直じゃないな、美涼も。そこがまた、かわいいところなのかもしれないが。


☆ ☆ ☆


 みんなで青春まっしぐらな駆け足をしたおかげで、本鈴が鳴るギリギリのタイミングで教室に入ることができた。


 クラスには、先日まで休んでいた岩山田とその手下たちがいた。兄がやられたことは、伝わっているだろう。一瞬、ビクリと手下たちが反応した。そして、岩山田はというと、ギロリと俺たちのほうを見たが「チッ……」舌打ちして、俺たちから顔を逸らした。


 ――納得はしていないが、喧嘩を吹っかけることもできない。


 そんな感じの態度だろう。こちらには勅使河原に加えて水無瀬までいるからな。そして、このエリアを統べていた岩山田兄は完膚なきまでに敗れた。岩山田としても、もう教室で好き勝手できないというわけだ。


 勅使河原は一瞬、緊張した様子を見せたが、そのまま席に座った。水無瀬は、すぐ後ろの席に岩山田がいることをまったく気にせず、着席した。ちなみに、手に持っていたドクターペッパーは教室に入る前にあった自販機コーナーの前で一気飲みしてから空き缶入れに捨てている。


 俺たちが席について一分ほどして、教室の扉が開いた。担任の花井先生がいつものようにオドオドしながら出席簿を手に入ってくる。そして、水無瀬を見てビクッと身体を跳ねさせて目を丸くした。


「えっ!? あっ……! み、水無瀬さん?」

「けぷっ」


 レアキャラの登場に、花井先生も驚いているようだ。そのタイミングで、水無瀬はかわいらしくゲップをしていた。まるで返事したみたいだった。


「え、ええと……そ、それじゃあ、しょっせき、あわわっ! しゅっ、しゅっ、出席っ、取りますねっ!」


 花井先生は噛みながらも、出席を取り始めた。


 そう言えば、こうしてクラスメイト全員が出席するのは初めてだ。花井先生もかつてない事態にテンパりっぱなしだった。考えてみれば、このクラスって、俺や水無瀬も含めて問題児だらけなのかもしれない。岩山田とは違ったベクトルで。


「え、ええと……しょれでは、あわわっ! それではっ! きょ、今日も一日、授業がんばってくだしゃいっ!」


 花井先生の豆腐メンタルっぷりが際立っているホームルームだった。でも、こういうタイプの先生けっこう好きだけどな。


☆ ☆ ☆


 滞ることなく授業は進み、お昼の時間になる。ちなみに、一時間目が現国で二時間目が日本史、三時間目が生物だった。日本史大好きっ子の俺としては、充実した時間割だ。『墾田永年私財法』って響き、やっぱり好きだわ。いいよな、『墾田永年私財法』。田んぼ増えるし。


 と、そんなことを思っていると――。


「先輩、迎えにきてあげましたよ」

「おにいちゃーん☆ きたよー☆」


 美涼と妹子が教室の前のほうの入口から顔を出してきた。クラス最下位席の俺からは、最も遠い。つまり、クラス首席の勅使河原の目の前だ。


「よし、昼飯タイムか」

「先輩、ちゃっちゃと学食行きますよ」

「妹子お腹減ったよぉ~☆」


 俺は教壇のほうを通りながら、美涼たちのところまでやってくる。今日は学食だったな。考えてみれば、初めての利用だ。そこで、机から立ち上がろうとしていた勅使河原と水無瀬に声をかける。


「えっと、勅使河原と水無瀬はお昼どうしてるんだ?」


 いつも昼時は屋上に拉致られてたので、勅使河原が弁当派なのか学食派なのかわからない。水無瀬にいたっては、学校に来るのが初めてなので、当然知らない。


「え、あたしは学食だけど」

「……特に決めていない」

「なら、みんなで一緒に学食行くか?」


 どうせなら、みんなでご飯を食べるのも賑やかでいいだろう。そう思って俺が誘うと、美涼が口を挟んでくる。


「ちょ、なにナチュラルにランチタイムをハーレム化しようとしてるんですかっ!私じゃ不満なんですか!」

「いや、そういうつもりじゃ……ただ、どうせならみんなで食べたほうがいいんじゃないか? どうせ学食行くんなら」

「妹子も勅使河原先輩と水無瀬先輩と一緒にご飯食べたいですっ☆」


 妹子も賛同してくれる。


「……私は、同志永遠に従う」


 そして、水無瀬も加わった。あとは、美涼と勅使河原の意思次第だ。


「じゃ、あたしも行く。って、睨まないでよっ!?」

「まったく、メインヒロインのつもりでまだいやがりますかね、勅使河原凛は」

「まぁ、美涼も落ち着けって。お前、鞄に勅使河原からもらったぬいぐるみつけてたじゃないか。本当は嬉しかったんだろ。もっと素直になって仲よくしろよ」


「なっ――!?」

「へっ? えっ、そうなのっ?」


 俺が暴露すると、美涼が顔を赤くして、勅使河原は驚いた表情になる。


「べ、べ、別にっ、つけるものがなかったら、つけただけですっ! あんなウサギなんか、べ、別にかわいくなんてなんともないですし、嬉しくなんてないんですからねっ! ああもう、そんなことはどうでもいいんですっ! さっさと学食行きますよっ!」


 顔を真っ赤にした美涼がスタスタと速足で廊下を歩いていってしまう。ほんと、素直じゃないなぁ、美涼は。


「ま、付き合いづらいやつだとは思うが、よかったらあいつの友達になってやってくれ。口は悪いが、根は悪い奴じゃないと思うから」

「うん、わかってる。なんていうか、妹がいたら、こんな感じなのかなって」


 やっぱり、勅使河原は性格がいいな。それに、姉が勅使河原で、妹が美涼、か。ふたりが家族である姿を想像すると、ちょっと微笑ましい気がしてくる。


 なんというか、ふたりの口喧嘩って、恋敵同士の喧嘩というより、姉妹喧嘩に近いものがある気がするしな。


「お兄ちゃん、早く行こうよ~☆」


 そして、妹子は妹というか、娘みたいな感じもあるしな。そう考えると、俺たちの関係性はハーレムというか家族(ファミリー)みたいな面もあるのかもしれない。


「同志永遠、食後は中庭の自動販売機でドクターペッパーを」


 ま、水無瀬については、現時点では同志としか言いようがないかな。同志と書いて、トモと呼ぶ感じだ。


「ああ、それじゃ、学食でメシ食べたあとは、中庭でドクターペッパー飲んでゆっくりするか!」


 俺たちは美涼を追って、学食へと歩いていった。

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