一瞬だけの主人公

 ……そうだ。ここは、俺の作り出した世界。俺が、主人公だ!


「……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 負けそうな心を叱咤して、声を張り上げる。そして、あらんかぎりの魔力を漲らせる。それでも……美涼の百分の一にもならない。


「けけけっ、なんだぁ、あいつ? あれなら俺のほうが魔力あるぜ?」

「かっこだけつけて、あんな程度の魔力とかマジウケルわ」


 DQNから嘲笑の声が上がる。そう言われても仕方ない程度の魔力なのは確かだが――それでも、俺は魔力を高め続ける。


「……俺ぁ、男を痛ぶる趣味はないんでねぇ……次は、そのチビかなぁ……?」


 岩山田兄は気持ち悪い声色でつぶやきながら、妹子のことを爬虫類のような瞳でねめ回す。俺なんか眼中にないようだった。


「ひ、ひーん、怖いよぉ……!」


 妹子が、泣きそうになって俺の腕にしがみつく。


「妹子……俺が必ずあいつを倒すから、少し下がっててくれ」

「ふぇ……? お、おにーちゃん……う……うん……」


 いつもと違う俺の雰囲気を感じたのか、妹子は戸惑いながらも手を離して、後ろに下がった。昨日の俺からは考えられないぐらいに魔力は高まっているが、まだまだ互角に戦えるレベルではない。


 それでも、男なら……主人公ならば、やらなきゃならないときがある。


「……へへっ……俺ぁ男を痛ぶっても楽しくないんだけどさぁ……今回は特別にぶちのめしてやるよぉ……ただ、一発だけなぁ……? その一撃で、死んでもらうからさぁ……くははっ……」


 嗜虐的に歪む、岩山田兄の唇。そして、ちろり、と舌なめずりする。

 まったく、兄弟揃って気持ちの悪い奴らだ。


「……迅突」


 一気に詰められる間。その前に、俺は魔法を発動していた。


「炎竜飛翔」


 俺の両手を通して、炎の竜が現れる。初めて行使したときはチャッカマンの火程度だったそれは、小規模ながらも竜の姿を象っていた。


「っ!?」


 しかも、発動が早かったので、岩山田兄の目の前に竜が襲いかかる状況になる。美涼のときと同じ速さで突っ込まれていたら、先に俺がやられていただろう。

 相手がこちらを舐めきっていたからこそ、間に合ったと言える。


「ぐぁああああああああっ!?」


 炎竜と真正面からぶつかった岩山田兄は、文字通り火だるまになって吹っ飛んで行った。死にはしないだろうが、これで俺の勝ちだろう。


「い、岩山田さんっ!」

「あいつ、なんであんな魔法使えるんだぁ!?」


 俺も、びっくりだ。一瞬だけ、俺のシンクロ率がかなり上がったっぽい。今は、落ちてしまった気がするが。まぁ、岩山田兄さえ倒しちまえば、あとはなんとかなるだろう。


「……てめぇえ……」


 しかし、目の前からは、地の底から響くような声。体の前面が焼き焦げながらも、岩山田兄は立ち上がっていた。


「なっ……!?」


 炎竜の直撃を受けて、まだ戦えるとは……。俺の力が本来のものじゃないといっても、かなりの威力があったはずだ。


「……ブチコロシテ、ヤル……」


 血走った瞳で、俺のことを睨む岩山田兄。その凶悪な眼差しに、足が竦む。


「迅突」

「炎竜飛……ぐぁっ!?」


 今度は、間に合わなかった。もろに腹部に強烈なボディブローを見舞われる。あんなボロボロの体のどこにそんな力が残っているんだっていうぐらい、重い一撃。


「がはっ……」


 俺は胃液を吐きながら、その場に崩れ落ちた。


「おにーちゃんっ!」


 妹子の声が聞こえるが、俺の全身からは力が抜けていく。


 ……くそっ、あともうちょっとで倒せそうだったのに。……俺の物語は、ここで終わりなのか……? こんな、DQNに屈するのか……?


「……へへっ……よくもやってくれたよなぁ、お前……ちゃんと心臓貫いて、確実にぶっ殺してやるからよぉ……」


 頭上から降ってくる言葉。しかし、もう俺の体は動いてくれなかった。悔しいが、本当にここで終わりだろう。


 そうなると、俺はどうなるんだろうか。成仏するんだろうか……それも、すぐにわかることか。

 さようなら、俺の作った世界。こんな形で終わるとは残念だが……。


「シネヤァアアアアアアアア……!」


 岩山田兄は絶叫しながら俺へトドメの一撃を放つ。

 これでもう俺は死んだと思ったが――。


「氷雪凝固」


 岩山田兄の叫びに割り込むように、冷たく、透き通った声が響いた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る