お昼のシスコンタイム&ヤンデレタイム~

 屋上には、俺たちの他に誰もいない。さっそく妹子はビニールシートを敷いて、お弁当の入った風呂敷をその上に置いた。もちろん、俺の分もある。


 まぁ、メシのことはどうでもいい。ともかくも、美涼の狙いについて訊かねば。なぜ、教室に乱入してきたのか。


「なぁ、美涼……お前、なにを考えているんだ?」

「さあ、なんのことでしょうか。私はたまにはサプライズ的に教室に押しかけてみるのも一興だと思っただけですが」

「お兄ちゃんの教室に迎えに行くのって、面白かったよ~☆ なんか注目されて、妹子ドキドキしちゃった☆」


 妹子は無邪気でいいな……。おかげで、俺は教室での居心地がますます悪くなった気がするが。


「これで勅使河原凛が先輩に近づくことを少しは躊躇することでしょう」


 美涼は箸でタコさんウィンナーをつかむと、口に運ぶ。


「やっぱり、それが狙いか!」


 やっぱり美涼は勅使河原のことをよく思っていないみたいだ。というか、やっぱりヒロインになってこの世界を支配したいのだろうか。


「ふぇ? お兄ちゃんと勅使河原さんが一緒にいると、なんかよくないの?」


 妹子はまったくわかっていないようだが……。


 まぁ、妹は多少バカなほうがいい。頭がよくて勘の鋭い妹とか厄介だからな……。もっとも、妹子は学校の成績はいいのだが……。


 妹子がこの世界の秘密に気がついてくれてたら、俺に全面協力してくれるだろうから楽だろうとは思う。なんだって、よりにもよって美涼がこの世界の秘密に気がついてしまったのだろう。


「まったく……先輩は、鈍感属性ですか?」

「は? な、なんだそりゃ」

「つまり、先輩が鈍感の屑野郎で女の敵ってことです」


 いきなりひどい言われようだった。なんなんだいったい。


「……モブキャラは恋のひとつもできないってのは、ひどい不平等ですよね」


 そんなことを言いながら、美涼は二匹目のタコさんウィンナーを口に運ぶ。……って、俺の分のタコさんウィンナーが喰われた!


「先輩は勅使河原凛のどこがいいっていうんです?」

「ええっ!? お兄ちゃんって勅使河原さんのことが好きなのっ?」


 なんで、そういう話になるんだろうか……! こっちの世界でも婦女子は恋話が好きなのか?


「いや……俺は別に勅使河原のことが好きってわけではないぞ?」


 当時の俺が理想として作ったキャラだったから、そりゃ好ましく思ってはいるけれど。確か、モデルは中学生の頃に好きだった女の子だ。でも、それは十数年前だからな……特に、今はそれほど特別な感情があるわけでもない。


「じゃ、先輩は勅使河原ルートに行かないでください」


 ルートってなんだ、ルートって。ギャルゲーか。


「そして、実妹ルートも、おすすめしません。私の予想では、妹子さんがヤンデレ化して先輩を刺す未来が見えます」


 かなり物騒な予言だった。いや、俺は妹子に手を出そうなんて、まったく思っていないのだが……。妹は愛(め)でるものであって、愛するものではない。


「そういうわけで、先輩はこの世界の秘密を知る者同士、私と付き合うのが一番だと思うんですけどね?」

「な、なんでそういう話になる」


 ラブに寄せなきゃいけない決まりでもあるのか? まぁ、実際、美涼と一緒に行動したほうがいいのは確かなんだだが……。だが、会って一日で、いきなり恋愛感情が湧くわけもない。


「やっぱり、モブキャラ扱いだったからか、先輩にとってはどうでもいいキャラなんですよね、私は。やはりここはまず、勅使河原凜を始め、主要な女性キャラを亡きものにしたほうが手っ取り早いんですかね……」


 美涼は物騒なことを言いながら、またしても俺の弁当箱からタコさんウィンナーを攫っていって、口に運ぶ。


「……まぁ、先輩から適当に作り出されたからこそ、この世界の束縛から早く離れられたのかもしれませんけどね……。非常に、むかつく話ではありますが」


 美涼は容赦なく俺の弁当箱から卵焼きを奪い取って口に運んでいった。


「って、それ俺の食いかけなんだが」

「いいじゃないですか、間接キスぐらい。減るものじゃないですし」


 普通の女子の反応では恥らったりなんだりするべきだと思うのだが、こんなところでも美涼は最強キャラだった。


 もう俺、名実ともに美涼に主人公の座を明け渡すべきなんじゃないだろうか。そんな気すらしてくる。


「……?」


 そして、まったく会話についていけない妹子は頭に?マークを浮かべて、箸を咥えていた。

 それが当然の反応だろう。逆に、俺と美涼のほうが意味不明なことを言っているだけだもんな、この世界の秘密だとかなんだとか。


「……な、なんだか妹子はわからないけど、お兄ちゃんのことは大好きだから☆」


 うん、これでこそ俺の作り出した妹キャラだ。というか、妹子が一番俺が真面目に作ったキャラな気がする。だからこそ、この世界に対してなんら疑問を覚えることがなく生きているのかもしれない。


「ああ、俺も妹子のこと大好きだぞ!」


 うん、そうだ。もともとは俺の作り出した世界だ。なにを恥ずかしがることがある。ここは、思うさま、妹への愛を爆発させよう。俺は、妹子の頭に手のひらを置くと、猫にでもするように撫でてやる。


「あんっ、くすぐったいよぉ、おにいちゃぁん☆」

「うりうり~♪ ういやつういやつ♪」


 そうして、俺が妹子と兄妹愛を育んでいると――。


「じ~っ……」


 思いっきり、美涼に睨まれていた……。しかも、かなり殺意のこもった眼差しで。


「……やっぱりこんなシスコン野郎はさっさと亡き者にして、私がこの世界の主になったほうがいいですかね……」


 やばい。目がマジだ。


「って、冗談だって! 俺はお前には感謝しているし、だからお願いだから手に魔力を集めるのはマジでやめてくれ!」


 マジでここで成仏させられかねない。


「ま、冗談ですけどね……。先輩のことは、必ず振り返らせてみせますよ」

「なっ、なんで俺にそんなにこだわるんだ……? 他の男キャラと愛を育めばいいんじゃないのか?」


 俺なんて、たいししたツラじゃないし、現状、めちゃくちゃ弱いし。性格だって、男らしさの欠片もない。


 正直、好かれる理由なんて、これっぽっちもないと思うのだが。美涼に自我があるのならば、なおさら。


「じゃあ……先輩は本当にいいんですか? 私がそこらのモブキャラの男と付き合っても?」


 そう言われると、なんか微妙な気分になってくるけどな。一応、名前をつけただけあって、ただのモブ女キャラとはやっぱり美涼は違う。我ながら、贅沢な人間だ。


「まぁ、先輩が適当に作った男キャラに魅力を感じないのはありますね。基本的に、男キャラはDQNとか、いけ好かない野郎だとか、むかつく奴ばかりですし。現実世界で、同性にいい思い出がなかったんですか?」


 それは、確かにそうかもしれない。現実で、男の友達なんてろくにいなかったしな。それに、主人公のライバルになるようなまともな男キャラなんてうざいだけだから、作らなかった。やっぱり、どうせ作るなら女キャラが多いほうがいいだろってことで。


「そういう意味でも、先輩がハーレムを作れるような世界なんですよ、ここは。まぁ、それを抜きにして、私は先輩のことが気になってるんですけどね? なんてったって、この私を作り出した人物なんですから。そういう意味で、元の永遠了じゃなくて糸冬了だからこそ、私は先輩に興味があるということです」


「???」


 俺らの核心的な会話を聞いて、再び妹子は頭に?マークを浮かべていた。まるで、パソコンがフリーズしたように、固まっている。


「大丈夫ですよ。どうやらこの世界の秘密を知ろうとすると、普通は思考停止するみたいですから。私が最初に自我を持ったときに、色々と他のキャラにこの世界の疑問を話してみたんですが、やっぱり、こういう反応でした。理解することができないようです」


「そ、そうなのか……? じゃあ、俺がみんなにこの世界は作り物だっていっても、思考が停止するだけと」

「普通は笑われるだけでしょう。でも、本当にこの世界が作り物じゃないか? と、他のキャラが真剣に考えるレベルになると、思考停止が起こるようですね。フリーズ現象とでも名づけましょうか」


 やはり、この物語と世界の秩序を守るために力が働いているということなのだろうか。そういう意味で、その束縛から離れられた美涼は例外中の例外ということになる。


「……まぁ、そのほうが幸せなのかもしれないですけどね。私のように自我を持ってしまうと、悩まねばならなくなります。考えてもみてください、世界でたった一人だけ、この世界と、自分を含めた全てのキャラが作り物だと気づいてしまったときの気持ちを。この十年……正直、頭がおかしくなりそうでした」


 ……それは、そうかもしれない。言わば、自分だけ人間で、周りはロボットみたいなものだから。その孤独は、想像を絶するものがある。


「だから、急死した糸冬了については申し訳ないですが、こちらの世界に来てくれて、本当に安心しました。やっと、この世界の真実について話せる相手ができたんですから」

「そうか……かなり苦労をかけてたんだな」


「そうですよ。小説も途中で止まったままだから、毎日同じ授業の繰り返しでしたからね。それどころから、季節だって変わりません。部屋に押し入って先輩と融合する前の永遠了に話したこともあったんですが、今の妹子さんみたいに頭に?マークを浮かべて思考停止するだけでしたから」


 俺が来るまでの世界は文字通り、停止してしまった世界みたいだ。更新停止してしまっただけに。


 そんな永遠に続くループの中で、美涼が一人ぼっちで生きてきたかと思うと、やっぱりかわいそうだったと思う。


「まぁ、ともかく。今後ともよろしくお願いしますね、先輩。この世界の唯一の仲間なんですから」


 美涼はそう言うと、俺の弁当箱からプチトマトを器用に箸で掴んで口に運んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る