小説更新の魔法

 そして、寮の自室に入った俺は早速、美涼に訊ねる。


「……さっきの話は、やっぱり本当なのか?」

「疑り深いですね。なら、証拠を見てもらいましょう」


 そう言って、美涼は鞄からノートパソコンを取り出した。

 パソコンを立ち上げてネットに繋ぎ、某有名小説投稿サイトを開く。


 そこには、俺がエタっていた小説のタイトル。

 そして……最終更新日は、今、この瞬間だった。


「この通り、この世界で起こったことをそのまま小説に反映できるように魔法的な細工を施しています。これなら、面倒くさがりで文才のない先輩でも楽々更新できるというわけです」


 じゃあ、つまり……改めて今日あったことを書かなくていいということか。確かに、それは助かるが……。


「つまり、先輩はこの世界で主人公になりきっていればいいんです。今日は、以前の小説内容とズレが生じてしまいましたが、以前の部分は加筆修正という形でサイトに反映されているはずです」


 しかし、十年もエタっていた小説に読者なんているんだろうか。


 そう思って読者数を見てみると、三人だけ登録されていた。評価はまだなし。感想もなし。確か最後に見たときは三十人ぐらいいたと思ったから、そこから減ったのだろう。まだ三人残っていることのほうが驚きだ。


「まぁ、私にとっては読者数はどうでもいいんです。ともかく、この物語を完結させてくれさえすれば。そうすれば、私たちも浮かばれます。そのときこそ、先輩が成仏するときでもあります」


 それは、つまり――この小説を終わらせさえしなければ、ずっと俺はこのままこの世界に居続けることもできるということだろうか。


「……先輩、もしかして、なにかよからぬことを考えていませんか?」

「いや……そんなことはないぞ」


 思いっきり、考えていた。


 だって、この世界は基本的に俺が作り上げた世界だ。勅使河原も妹子も美涼だって、俺に好意を持っている。そんな経験、現実世界ではありえなかった。


 そもそも俺は引きこもりで青春を送ることなどできなかったのだから。

 ならば、よくわからない成仏だの転生だのするよりも、この世界に居続けた方がいいんじゃないだろうか。


「まぁ……さっさと終わらせろとは言いませんが、それなりにがんばって進めてほしいとは思っています。さしあたっては、期末試験ですが」


 そうだ。俺が最後に書いたのは期末試験での戦いのところまでだった。そこで俺は岩山田と戦って――その戦いの最中という最悪のタイミングで執筆をやめていた。


「今の先輩じゃ、完膚なきまでにやられますね」

「そりゃ、魔法が使えないんじゃ、どうしようもないじゃないか」


 炎の竜を呼び出したはずが、チャッカマンレベルの火というのはショッキングだった。あれでは線香の火をつけるのが精一杯だ。


「シンクロ率を上げるためには、自分が主人公であることを強く意識することです。あとは、訓練ですね。まぁ、今からやってもたかが知れているので、期末試験は普通に負けて、補習でも受ければいいんじゃないかと思いますが」


 学校最下位レベルが秘められた力を発揮して無双するから小説は面白いと思うのだが……それじゃ、俺TUEEEEEできないじゃないか! 俺YOEEEEEなんて、誰が読むというんだ。


「まず先輩は、この世界がなんでもかんでも思い通りになるという妄想を捨てるべきです。先輩は秘められた力を持つ英雄・永遠了ですが、中身は引きこもり暦十五年、享年二十九、死因は心臓発作の糸冬了なんですから」


 そう言われると、情けなくなってくる。せっかく現実の俺を忘れて、創作の中の世界で自由に生きていけると思ったのに。


「創作の世界とはいえ、世の中甘くないんですよ。でも、私がいますから。だから、先輩は大船に乗ったつもりでいてください。私の魔力は学校一ですから」


 こうなると、本当に頼りは美涼だけかもしれない。異世界で唯一、俺の事情を知っててくれるのだから。

 と、そこへ――


「おにーちゃん、いるー?」


 ドアの向こうから、妹子の声がした。


「……ああ、いるぞ?」

「んじゃっ、入るよぉ-!」


 ドアを開けて、制服姿の妹子が部屋に入ってきた。部活等をやっているわけではないので、妹子もこの時間帯は暇なのだ。


「あ、美涼ちゃんも来てたんだ」

「ええ、ちょっと野暮用で」


 いっそ、妹子にも俺の正体を話したらどうなるのだろうか……。いや、なんかろくなことにならない気もするな。美涼だからこそ、こうして冷静でいられる気がする。


 そもそも、この世界が作り物だということを信じろというのは難しい。理解できないだろうし、俺のことを頭がおかしい人間だと思われかねない。


「んん? なに、おにーちゃん?」

「あ、いや……なんでもない」


 つい妹子の顔を見ながら、色々と考えてしまった。


 しかし……うん、やっぱり俺の作り出した理想の妹キャラなだけにかわいいな、妹子は。こういう活発で親しみやすい妹というのものが、俺は欲しかった。


 実際にいたのは、野球部に所属する丸刈りのゴツイ弟だった。しかも勉強までできるもんだから、俺はよく弟と比較されて嫌な思いをしたものだ。その後、有名大学に進学して大手企業にまで入ったのだから、たまらない。


 だからこそ、俺は創作世界に逃げた面もあるが……こんな不完全なシンクロ状態ではこっちの世界でも落ちこぼれてしまいかねない。異世界にまで来て落ちこぼれや引きこもりをやるのは辛すぎる。


「おにーちゃん、今日はちゃんと授業出たの?」

「ああ、出たぞ」


 魔法史の他は普通の高校と変わらない授業内容だった。魔法学校といっても、魔法ばかりやるわけでもない。幸か不幸か、今日は魔法の実技の授業はなかったのだ。ただ座って話を聞いて教科書を見ているだけなら問題ない。


「妹子は今日はどうだったんだ?」

「今日はね、魔法実技の授業があったから、召喚魔法でみんなやっつけちゃった!」


 ……ああ、そうだ。妹子にはそういう設定をしていたと思い出す。

 妹子は学校一の召喚魔法使いなんだ。クマだったりトラだったりペンギンだったり、ぬいぐるみのような召喚獣を呼べるのだが、それが滅法強い。


「一の一の永遠妹子、そして、二の二の勅使河原凛……それが表面上は学校の最強メンバーですからね。……誰かさんが、そう設定したおかげで」

「……設定?」


 美涼の言葉に、なにも知らない妹子が首を傾げる。そりゃそうだ。まさか自分が作られた存在で、この世界までも作りものだなんて、誰が思うだろうか。


 現実世界の自分に当てはめて考えれば、そんなことを言われてもピンと来ないのはわかる。

 だから、妹子には真実を告げるべきではないだろう。


「……で、どうしますか? 強くなりたいというのなら、鍛錬のために私が相手をしてあげないでもないですよ?」


 最初から俺TUEEEEEをしようと思ったのに、鍛錬をつまなけばいけなくなってしまったのは面倒だが……。


 しかし、このままでは、ずっとこのままだ。


 せっかくだから、俺はこの世界を謳歌したい。自分の作り出した小説の中でぐらい、無双っぷりを発揮したい。たとえ、時間がかかろうとも。


 ……もっとも、もう俺は死んでいるのだから、いくらでも時間があるわけなんだよな。実感が湧かないけれど。


「んじゃ……美涼、頼むわ。俺に稽古をつけてくれ」

「ふえ? お兄ちゃん、真面目に鍛錬する気になったの? いっつも眠いとかだるいとかかったるいとか言って、部屋から出てこなかったのに」

「ああ。目覚めた。せっかくだから、頂点を目指したいからな!」


 現実世界では社会に参加することすらできなかった俺だが、この異世界では不登校引きこもりでないだけマシだ。俺の味方だって、この世界にはいてくれる。


「それじゃあ、妹子も手伝うよー! お兄ちゃんのために、はりきっちゃうんだからー☆」


 しかし、学校最弱の俺が、いきなり最強レベルの二人から鍛錬をつけられるなんて。体が持つのだろうか。ちょっと、不安だ。


「それじゃ、さっそく自主練習場へ行きましょうか」

「自主練習場?」

「自分で考えたのに忘れてるんですか? その名の通り、自主練習をするための場所ですよ。ここで寮生同士で格闘戦をしたり、魔法の撃ち合いをしたりして鍛錬するんです」


 言われて、思い出してきた。でも、それに関しての記述は二、三行だったはず。十年もすれば、細かいところまでは覚えていないものだ。


「……?」


 俺たちの会話に、相変わらず妹子は頭上に?マークを浮かべている。さすがにこんな意味不明な会話ばかりしていても仕方ないだろう。


「と、とにかく、さっさと鍛錬しようか! さっさと強くなりたいしな!」


 俺は努めて明るい声でそう言って、寮を出た。家に閉じこもってちゃ、始まらない。せっかく自分の作り出した世界だ。楽しめるようにならないと。

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