後輩女子無双

 そこで、俺の背後から聞き覚えのある声がした。


「……風力障壁(ふうりきしょうへき)」


 その声とともに、俺の眼前に魔力が発生して、透明な壁を作る。


 そして、俺の顔面目がけて真っ直ぐに飛んできた岩山田の拳は、思いっきりその障壁にぶち当たった。


「――いっ!? ってぇえっ!?」


 障壁は岩山田の拳よりも強力なようだった。岩山田は自分の右拳を押さえて、悲鳴を上げる。


「……まったく、手が焼けますね」


 声に振り向くと、そこにいたのは美涼だった。


「な、なんだてめぇは! 邪魔すんじゃねぇぞ、オラぁ!」

「私に近づいたら殺しますよ? 風力大槌(ふうりきおおづち)」

「んぶえわっ!?」


 DQNの一人が横から美涼に殴りかかるが――まるで上空から透明な巨大ハンマーでも落っこちてきたかのような打撃を受けて地面に叩き付けられる。


「まぁ、種明かしをすると、先ほどの壁も槌も、正体は私の操る風なんですけどね」


 美涼は涼しい顔で解説しながら、俺のところまで近づいてくる。


「み、美涼、これはいったい……どういうことなんだ?」

「それはですね……。先輩がこの世界を十年もほったらかしたからです」


「えっ? って……や、やっぱり美涼はこの世界のことを知ってるのか!?」

「当然です。そもそもこの世界に先輩を召喚したのは私なのですから」

「なっ……!?」


 ま、まさか……そんなことができるのか? 死んだ人間を創作の世界に呼ぶだなんて、そんなことが。


「先輩がいつまで経っても物語を完結させないから、作品内に怨念が籠ってしまったのです。そして、気がつけば私は自我を持ち、自分の力で行動できるようになっていました。そして、ある日、ここが創作の世界だと気づいたのです。それから色々と研究をして、作者である人間を召喚する術を発見しました。そこで、折よく作者である糸冬了(いとふゆりょう)が心臓発作で死んだ。そこに干渉して、天に召される前にこの物語を完結してもらおうと思ったのですよ。……自ら、主人公になって」


 そんなことを言われても、俄かには信じがたい。


「……なお、このことに気がついているのは現時点でおそらく私だけです。妹子さんや勅使河原さんなんかも、ここが創作の中の世界だとは気づいていません。もちろん、そこのゴリラと猿どももです」

「なんだこの女……なに意味のわからねぇこと言ってんだ?」

「頭おかしいんじゃねぇか?」


 今の話を聞いていたDQNどもの反応は……まぁ、至極当然のものだろう。作者である俺ぐらいしか今の話は信じられないんじゃないだろうか。というか、俺ですらまだ信じきれないままだ。


「……ま、小説の中の永遠了と、現実の糸冬了とのシンクロ率はまだ完全じゃないですからね。どうしても本来の力を発揮できない。このままでは不良どもにやられて終わりになってしまう。そうなると、バッドエンドですね。読者も激怒するでしょう」


「読者って……まさか、この小説は現実で更新されているのか!?」

「そんなの当たり前じゃないですか。なんのためにこっちの世界に主人公を召喚したと思っているんです」


 そんな、まさか……。現実世界の俺が死んでいるのに、小説は更新し続けられるなんて……。


「十年放置されているうちに私の異能の力は現実にも干渉できるようになったんですよ。こちらの世界にもパソコンがあります。そこから、読者のコメントに返信することも可能ですよ?」


 次々と明らかになる事実に驚くばかりだった。


 こんなことがありえるだなんて、まったく思いもしなかった。死んだら終了のはずが……まさか、更新停止した小説のために召喚されるだなんて。


「けけっ……なんだか知らねぇけどよぉ、俺の右手に怪我させてくれたお礼はしっかりさせてもらうぜぇ……」


 岩山田は今度は魔力を高め始める。


 こいつは腕力もすごいが、それだけでクラス内ランク三位は達成できない。それ相応の魔力も持っているのだ。


「くけけっ、まとめてぶっ倒してやるぜぇ! 豪腕破拳(ごうわんはけん)!」


 岩山田がその場でパンチを放つともに、衝撃波が起こって俺たちを襲う!


「まったく……十年経っても単細胞は単細胞のままですね。一ミリたりとも成長していないのは嘆かわしくありますが……風力障壁(ふうりきしょうへき)」


 岩山田の衝撃波は、美涼の魔力障壁によって相殺される。そして、


「もう、さっさとやっつけちゃいましょう。竜風招嵐(りゅうふうしょうらん)」


 美涼が唱えるとともに身体の前面に巨大な竜巻が現れて、DQNたちに勢いよく向かっていく。


「う、わっ……!?」

「うわあぉあっ!?」


 岩山田の子分たちは竜巻の直撃を受けて、上空十数メートルまで回転しながら飛ばされていく。


「ぐぅうっ!? こ、こんなものにやられるかよぉお!」


 岩山田は巨体を踏ん張って耐えているが――


「竜風乱舞」


 美涼が唱えるとともに無数の竜巻が起こって、岩山田に襲いかかる。


「うっ、おっぉおおおおおおおぉおぉおぉおおおぅ!?」


 ついに岩山田の巨体も宙空へ舞い上がって、高速で回転し始める。


「ここで殺しちゃったら残虐描写でR15になってしまいますからね。命だけは助けてやりますよ。でも、戦闘能力はしっかり奪わせていただきます」


 そのまま洗濯機のように、岩山田たちは高速で回転させられる。


 そして……たっぷり五分は回転させてから竜巻が消えて、岩山田たちは校庭のほうに落っこちていった。


 衣服が剥ぎ取られて全裸状態になった岩山田たちが、次々と積み重ねられていった。一応、大した怪我はなさそうだ。


「……まったく、醜いったらありゃしないですね。目が穢れます」


 校庭では、部活をしていた多数の生徒たちが全裸の岩山田たちを見て、わーきゃー騒ぎ始める。


「……さっさとこんなところからずらかって、寮に戻りましょう。教師に見つかると面倒ですからね」

「あ、ああ……」


 俺たちは大騒ぎになっている生徒たちを尻目に、そそくさと寮へ戻った。


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