百合フェス編② 当日、朝。

「べ、別に由理ゆーりとお出掛けが楽しみとかじゃねーからな! もう目が覚めたのは、その……百合フェスが楽しみってだけなんだからー!?」


 誰も聞いてない。

 早朝5時、マンションの上階にある美緒奈みおなのお部屋にて。

 誰も聞いてないけど、パジャマ姿の美緒奈、ドキドキ胸きゅんで目が覚めてしまったことの、言い訳をしていた。


 今日は、東京都大田区某所で開かれる、百合作品オンリーの同人誌即売会「百合フェス」に、由理を誘って参加予定。


「ま、まあ美緒奈様はマジメだし? 忘れ物とか無いようにチェックしねーとな! それで早起きとか、さっすがあたしだぜー!?」


 そして20回目の忘れ物チェックである。


 大きめのサイドバッグの中には、今日着るコスプレ衣装が折り畳まれている。

 あとは化粧品や手鏡に、ゲーム機。お財布と、買った同人誌を入れる予備の袋など。


 そして、母から渡された、ある用紙。

 由理と一緒に、某魔法少女作品の(百合)恋人同士のコスプレをすることを告げたら、すっごく良い笑顔で用意してくれた。


「……うん。い、要るよなこれは。2人で杏さやのコスとかしたら、そういう気分になるもんな!」


 用紙を手に、ドキドキ赤くなる美緒奈。

 その用紙とは、


「絶対要るよ……婚姻届!!」


 婚姻届である。

 結婚のために必要な用紙で、すでに美緒奈の名前は記入済み。

 これで美緒奈様のプリティさに、ひとりぼっちが寂しくなった由理が、いつプロポーズしてきても安心


「って要るかぁぁぁぁぁ!? な、なんであたしが由理と結婚するのさー!?」


 我に返った。


「ママも何考えてんだか。娘に婚姻届持たせるとか、しかも女同士でさ」


 そう言いつつ。

 万一ということも有る……必要になるかも……と美緒奈は、クリアファイルにはさんだ婚姻届を、バッグに戻した。


「そ、それより。電車の乗り換えとか、回るサークルとか、情報を集めねーとな。うん、役に立つ情報を!」


 わくわくし過ぎて頬が緩んでいる美緒奈だが、それを指摘するとたぶん怒り出す。


 さて、彼女はスマホを操作、乗換表をチェック。

 美緒奈が住んでいるのは、東京と埼玉の県境にある埼玉県所沢市。

 そこから百合フェス会場の最寄り駅、京急蒲田までは1時間強だ。


「あんまり早く並ぶと近所迷惑って、注意書きにあるしなー。プリ○ュア見てから出るとして、11時には着きたいし……」


 由理よりは、先に着いて待っていたいし。

 きゅんっと胸が高鳴る。


「ほ、ほら誘ったのあたしだし? 遅れるわけにいかねーじゃん!?  べ、別に先に待ってる方が乙女ちっくで可愛く見えるかもとか、そんなコト思ってねーかんな!?」


 だから誰も聞いてない。


 鳥のさえずりがようやく聞こえ始めた早朝の自室、どくん、どくんと騒ぐ心臓の音を聞きながら。

 美緒奈は、顔の熱さに羞じらっていた。


「な、なんであたし、こんなにドキドキしてるんだろ……」


 友達とお出掛け。それだけのはずなのに、胸が苦しい。

 でも、初めて知るこの苦しさは……不思議と心地よくて、悪い気分ではなかった。

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