キスを気軽にしてはいけないという教訓(今さら)

 百合メイド喫茶「リトル・ガーデン」では、乙女達をもてなすために、季節ごとに様々なイベントを行っている。


 そのイベントの立案は、主に季紗きさの担当だ。


「……まあ、季紗がいちばんえっちだもんね。で、今日のその恰好は何?」


 喫茶店の事務室にて。

 赤くなった顔を手で隠しながら、由理ゆーりがたずねる。

 その眼の前で、亜麻色の髪のお嬢様メイド季紗は、


「ふふ、暑くなってきたものね。夏らしいでしょう?」


 紺色のスクール水着姿だった。

 水着の上に純白のエプロンをつけて、頭にはこれまた白のヘッドドレス。

 つまり、水着メイドである。


「今度の夏は、全員これで営業とかどうかな。涼しいし働きやすいよ! しかもお客様達も、水着を見られて幸せ♪」

「いよいよふーぞくっぽいね。通報されそう」


 スクール水着なところが、なんともフェティッシュ。

 着痩せするタイプな季紗の胸にぴったり吸い付いた生地が、健康的なエロスを発散する。


「てか嫌なんですけど、そんな恰好。無いわー、恥ずかしいわー」

「むぅ、そんなこと言って由理。美緒奈みおなちゃんやリズさんの水着、見たくないの? ドキッとするでしょ?」


 そう言われて由理、想像してみる。

 ぺったんこなカラダにスクール水着の、赤毛ツインテールロリメイド美緒奈。水着にはもちろん、平仮名で「みおな」と名前入り。

 そして、スクール水着で羞じらう、金髪巨乳メイド、リズ。水着が乳圧で弾け飛びそうで、泣きそうな顔になっている。


 由理は、ドキッと、


「しないしないしないしないからぁぁぁぁぁぁっ!? な、なんで私が女の子の水着にときめくのよぉっ!?」


 赤くなった顔で、必死に否定した。


「あ、いい反応♪」


 獲物を見つけたネコのように、にやりと笑う季紗。


「ふふ、素直になろうよ。水着、見たいくせに。由理だってもう、立派な百合メイドだものね♪」


 ぺろりと、自分の唇を濡らす季紗。


「ほら、試しに水着の私とキスしよ? きっとすっごくドキドキするから♪」


 清楚な顔に悪戯な表情を浮かべ、腕を広げて。

 愛嬌のある唇を突き出し、口づけをねだってみせる。


「はぁ!? なんでそうなるのぉっ!?」

「照れない照れない。ふふ、百合キスはスキンシップ、です♪」


 抱き付かれ、キスを迫られて、由理は。


 羞じらいながらも、泣きそうになる。

 それを見て季紗は、端正な顔を真面目に戻して。


「……えと。本気で嫌なら、やめるけど。美緒奈ちゃんに悪いし」

「は? なんでそこで美緒奈の名前が出るの?」


 きょとんとして首を傾げる由理。

 本気で、理由が分からないのだった。


「……そっか。気付いてないんだ」


 ため息を吐いて季紗は、少し由理から身を離して。

 事務室に、しばしの沈黙が訪れる。


 申し訳なさそうな声で、季紗が言った。


「そうだよね、由理はノーマルだもんね。私と違って」


 寂しそうな顔。


「いつも私達につき合わせちゃって、ごめんね? 私は、由理や皆とキス出来て、すごく嬉しいし、毎日楽しいのだけど。もし本当は嫌なら……ちゃんと言ってね?」


 東宮ひがしみや季紗。

 長く麗しい亜麻色の髪に、星の零れる睫毛と、夜空を閉じ込めた瞳。

 透き通る白磁の肌で、いつもおしとやかな雰囲気をかもし出す……清純派お嬢様。


 その季紗が、真面目な顔で、本音を口にするのを聞いて。


 由理は、自分でも思い掛けないことだったが、


「……ばか、嫌だなんて言ってない」


 優しく季紗の頬に手で触れて、唇を重ねていた。

 そっと触れ合う、春風のような口づけ。


「私のファーストキス奪ったくせに、何をいまさら。あまり抵抗無くなっちゃったの、季紗のせいなんだから」


 唇の間、唾液の糸を引きながら、ささやいた。


「責任取れ、ばか」


 ……。


 刹那、でも永遠のように、時間が止まって感じられて。


「ひゃぅっ!?」


 キスされた季紗、腰を抜かして床にへたり込んだ。

 今まで彼女が見せたことが無いほど真っ赤な顔で、眼を回して。

 声も、いつになく上擦っているではないか!


「い、いきなりそんな、真剣なキス……不意打ちだよぅ」

「ちょ、ちょっと季紗! 急に倒れて……だ、だいじょうぶなの?」


 予想外の反応はお互い様だけど、心配する由理へ。

 季紗は、潤んだ瞳で見上げながら、トマトのようになった頬で……消え入りそうな声で。


「だいじょうぶじゃないです。恋に、墜ちちゃいました」

「ふぇぇぇっ!? へ、変な冗談やめてよ季紗!?」

 

 えっちで変態な季紗の、いつもの冗談……と思いたい由理だけど、彼女の瞳は真剣。

 まずいことをしてしまったかもしれないと、今さら気付く。


「だ、だめだよ由理。乙女の唇を、そんなに簡単に奪っちゃ」

「ええ理不尽!? 私いつも奪われてるよね、わりと気軽に!?」


 ゆらり、と立ち上がる水着姿の季紗に、メイド服で後ずさる由理。


「ね、ねえ、冗談よね、季紗? ほら、キスはスキンシップって、季紗が言ったんだよ?」

「……そうなんだけどぉ。シチュエーションってものがあるでしょう?」


 もっとキスしたそうに、赤い顔で。

 迫り来る季紗に、由理は壁際へ追い詰められて。


 背中が、事務室の壁に付く。


「……季紗さん。目が怖いんですが」

「……由理、私ね、今すっごくドキドキしてるの」


 壁ドンされた。女の子同士で。


「確かめさせてもらうね……私のこの気持ちが何なのか」

「ちょ、待、……!? んんっ、ちゅぷぅ……!?」


 ……また新しい、百合の花が咲いてしまったようです。

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