美緒奈さまお泊まり編①

  5月末、由理ゆーりとリズが住み込みしている、百合メイド喫茶「リトル・ガーデン」。

 いつもは乙女達の笑い声で華やぐお店も、今日は静か。

 平日の定休日なうえに、住人の片割れであるリズは、珍しく高校の寮へお泊りなのだ。


 さて放課後、制服から着替える前に一人、紅茶を淹れてくつろいでいた由理の耳へ、裏口側のチャイムの音が届いた。


 ドアを開ければ、そこにはゴスロリ。


「……うわ、気合入ってるわね」

「別に。ふ、普段着だし、これくらい」


 ツインテールの髪先を弄りながら、怒ったような顔で頬の赤みをごまかして。

 美緒奈みおなは、華やかフリルのゴスロリ黒ドレス……手持ちのいちばん可愛い衣装で、「リトル・ガーデン」へお泊まりにやって来たのだった。


「てか美緒奈、わざわざ家に帰って着替えてきたの? いつもは制服でしょ」

「だ、だから普段着だってのっ。別に由理のために着てきたわけじゃねーから!」


 八重歯をちらりと見せて、腕組み美緒奈。顔が赤い。

 ホントは1時間掛けて、おめかしして来たことは、口が裂けても言わない。


 にひひと小悪魔笑顔に切り替えて、


「まっ、でも感謝しろよな。こんなに天使な美緒奈様を見られるなんて、おめー幸せ者だぜ?」

「はいはい、美緒奈様ばんざーい。で、珈琲でも飲む?」

「むー、心がこもってない……」


 むくれる美緒奈を、由理は屋内へ誘うが。

 ぴたりと足を止める美緒奈。


「……キスは?」

「な、何言い出すわけいきなり!?」


 でも美緒奈の眼は本気。羞じらいつつ、接吻要求。


「だから、お帰りなさいのキス。……リズ姉とは毎日してるって言ってたじゃん」

「う、それは、そのぉ……。してるとゆーか、されてるのであって、自分からは恥ずかしいというか」


 両手の人差し指同士をつんつん合わせながら、赤い顔で視線を落としてごにょごにょ。

 そんな由理を睨む美緒奈も、お顔が真っ赤。


「い、言っとくけどっ。由理とキスしたいとかじゃねーからな!? ただその、礼儀としてっ! キスでお出迎えはおもてなしの基本というか、この店のメイドとして、ほら!?」

「わ、分かったわよ、もうっ」


 がしっ。由理は両手で、美緒奈の頬っぺたを挟み込む。

 恥ずかしさで眼をつぶったままキス体勢の由理、美緒奈が「ふぁぁ♪」と胸きゅん乙女な表情で心臓を跳ねさせたのには気付かず。


「……ん。ふ、うぅ……」


 店のお客以外へ由理からするのは珍しい、百合キス。

 ソフトな、「お帰りなさいませ、お嬢様♪」のキス。


「ふぁ……ん。むぅ……んっ」


 舌まで絡めるいつものディープキスより、ずっとささやかなのに。

 唇が、燃えるように熱くて。


 美緒奈は、この前の学校での、クラスメートのアドバイスを思い出すのだった。


(こ、こんなキス、100回もしたら……。あたし、おかしくなるっ……)


 10回の百合キスでだめなら100回。100回でだめなら1000回。

 想いが伝わるまで、何度でも。


(は、はんっ! あたしは由理のコトなんて、なんとも思ってねーけど! 限界までキスに挑戦してみるってのもいいかもな、なんかの修行で! うん、修行。これは修行なのっ!)


「んむぅ、ちゅぷちゅぷぅ♪ ずぷ、ぐぷちゅぅぅ……っ♪」

「んむぅ、美緒奈、苦し……っ!? ギブ、ギブぅ……!?」


 結局夕方まで、裏口で抱き合って唇を吸い合う2人だった。

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