くーるびゅーてぃ ふぶき ①

 東京郊外、小高い丘の上にそびえ立つ立派な洋館が、東宮ひがしみや家の邸宅である。

 上代かみしろふぶきは、この家に仕えるメイドだ。


「よしっ……。これで今日も、季紗きさお嬢様の好みにストレートど真ん中です」


 朝、鏡の前で、メイド服の着こなしをチェックする、小さな女の子。

 ノルウェー出身の母を持つハーフで、長くふわふわな髪は、雪のような白。

 瞳も透き通った蒼で、まるで氷の湖。

 19歳で150cm未満な低身長は当人にとって悩みの種だが、むしろそれがいい。

 雪の妖精といった容姿で、とてもロリ可愛い。

 彼女が上代ふぶき。海外を飛び回る音楽家である季紗の両親に代わり、季紗の身の回りの世話をしている、本物のメイドさん。


「クールビューティ……ふぶきはクールビューティ」


 鏡の前、謎の呪文を自分に言い聞かせる。

 これは、「ふぶきさんって、将来クールビューティになりそうよね。萌える♪」という季紗の言葉を聞いて以来5年間続けている、理想の自分になるための儀式だ。

 季紗大好きっ娘、上代ふぶき。白の髪のホワイトロリータ。

 彼女の朝も、百合キスから始まる。


 ※ ※ ※


「お嬢様、起きて下さいませ。遅刻なさいますよ」


 お姫様のような調度の、季紗の部屋。夕べも遅くまで、美緒奈みおなにえっちな電話を掛けていた季紗、なかなか起きない。

 カーテンを開けて朝の光を採り入れ、ふぶきは季紗のカラダを揺さぶる。


「んん……。ふぶきさんがキスしてくれたら起きる……」


 ベッドの上、ピンクの寝間着姿で妄言を吐く、可憐なお嬢様。

 朝日を浴びて亜麻色に輝く長い髪と、均整の取れた細い肢体、パジャマの下からも漂う桃のような甘い薫り……東宮季紗。

 この麗しの眠り姫へ、ふぶきは顔を赤くしながら、


「……もう、しかたないですね」


 眠り姫を起こすのは、キスと相場が決まっているから。

 屈み込んで、寝台上の季紗へと唇を近付けて。

 引き寄せ合う、二つの唇。ストロベリーピンクの柔らかな唇。


「……ちゅぅ♪」


 これをしないと、季紗は起きないのです。


 ※ ※ ※


 さて、いってらっしゃいのキスで、季紗を学校へと送り出した後。

 これからが、ふぶきにとってお楽しみの時間だ。

 まずは季紗のベッドに潜り込んで匂いを嗅ぐ。

 季紗のまくらを抱き締めてごろんごろん悶え転げるのだ!


「お嬢様ぁっ……。良い匂いで、ふぶきはもう、もうっ……♪」


 くんかくんか。大好きな季紗のかぐわしい薫りを、肺の中へ存分に吸い込む。

 瞳の中に、ハートマークが浮かんでいる。


「はっ!? い、いけません、これじゃクールビューティでない!」


 まったくクールではない。これではお嬢様に嫌われる! と慌ててベッドから飛び退くふぶき。

 実際には主の季紗も、由理ゆーりたち百合メイド仲間をネタにした妄想で、毎晩ベッドの上萌え転げているので、ほぼ同じ行動だ。


「こほん。とにかくまずはお掃除ですね。お嬢様の部屋は、ふぶきが完璧に綺麗にするのです」


 白い髪のちっちゃなメイド、クールビューティふぶき、お仕事モードを発動。

 きりりと、幼い顔を引き締める……!


「はうっ、お嬢様の髪の毛落ちてる!? ……ペ、ペロペロ」


 だめだこの主従。

 季紗とふぶき。お嬢様とメイド。とっても似た者同士だった。

 と、ふぶきは季紗の机の上、出しっ放しの本を見つける。


「こ、これはお嬢様の日記帳……!?」


 いつもは鍵の掛かった引き出しに入れてあって、ふぶきは読めないのを悔しがっているのだが。

 今日は、片付け忘れたのだろうか。

 つい、手が伸びてしまうが。


「だ、だめですっ。お嬢様の秘密の日記を読むなんて、クールビューティではありませんよ!?」


 クールビューティふぶきは季紗命。心はいつも季紗と一緒。

 たとえ内緒でも、季紗の日記を覗き読むなんて、そんな真似は……!


「で、でもまあ、仕える方のことをよく知っておくのは、メイドの務めですよね。ね?」


 あっさり欲望に負けた。

 そんなクールビューティふぶき、ドキドキしながら季紗の日記を開く。

 そこに書いてあったのは、


『今日もリズさんと7回、美緒奈ちゃんと6回キスしました。私、幸せっ♪』


 ぼふん。赤くなってふぶき、頭から蒸気を噴出しながら動揺!


「ふ、ふふふふふふ!? このくらいで動揺し、しませんよ!? ふぶきはクールビューティですので!?」


 とっても動揺している。でもまだ許容範囲!

 季紗に「リトル・ガーデン」のことを教えたのは、そもそもふぶきなのだから。

 こんなアルバイトをしているのは百も承知。

 それに、ふぶきは昨日、季紗と8回キスをした。勝ってる!!

 でも更に日記を読み進めると、


『由理とは10回キスしちゃった♪ キスする度に顔真っ赤にするのが、初々しくて可愛すぎるの。明日はどんなキスしちゃおうかな?』

「わ、私より2回多いぃぃーっ!!」


 ふぶき、嫉妬の炎でクールビューティの仮面が溶ける!! 最初から、被ってなかった気もするが。


「由理とやら……。こ、この泥棒猫! 許しませんっ、許しませんよぉっ!?」


 由理の知らない所で、ライバル出現。


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