店主は年上お姉さま

「おつかれさまでーす」 


 夜9時、百合メイド喫茶「リトル・ガーデン」は本日も無事営業終了。

 この春高校生になったばかりの常連客で、臨時バイトで入っているメイド二人が先に帰宅。

 同級生の美緒奈みおなが手を振って見送る。


「おつかれー、宮野ちゃん、早乙女ちゃん」


 栗色ショートカットと黒髪ロングの二人の少女は、仲良く恋人つなぎで帰っていった。

 さて、掃除もだいたい終わり。あとは店舗に住み込みのリズと由理ゆーりの仕事だ。

 と、上品な珈琲の薫りが、常勤メイド4人の鼻腔をくすぐった。


「おつかれさま、皆。よければ、ひと休みどうだい?」


 落ち着いた雰囲気の、年代を感じさせる木製のカウンターから微笑むのは、この喫茶店の店主マスター


 真中まなかとおる、24歳。

 女性ながら喫茶店店主らしく男物の服装、すらりとした長身に、切れ長の涼しい瞳。

 黒と呼ぶか紫紺と呼ぶか、カラスの濡れ羽色の髪は、真っ直ぐ胸くらいの高さで切り揃え、左目の下の泣きぼくろが色気を感じさせる。


「ええ、いただきますわ」


 バイトリーダーでもある金髪メイド、リズがにこりと微笑み返し、カウンターに着く。

 由理ゆーり季紗きさ美緒奈みおなもそれにならった。

 ずず、と珈琲に口を付け、由理は頬を緩ませる。


「美味しいですね、ここの珈琲」


 甘過ぎず、程よく苦味の効いた、でも子供でも飲みやすい……奥深い芳醇な味。

 珈琲に詳しくない由理にも、マスターの淹れるそれは逸品だとわかる。


「ええ、うちのメイドさんが淹れるのより美味しいかも」


 さらりとお嬢様発言をする季紗。家にメイドがいるらしい。


「すごいよなー、マスターは」


 珈琲の薫りを堪能しながら、美緒奈。


「珈琲も紅茶も美味しいし、料理も出来るしさ。『できる女』って感じ?」

「ふふ、褒めても何も出ないぞ?」


 食器を磨きながら、マスターは艶のあるハスキーボイスで返した。

 出会う前は、このお店の店主マスターなんて、どんな変態さんかと思ったのだけど。

 由理は、マスター……透さんを見て思う。

 意外や意外、美人で仕事もテキパキしていて、正直同性でも憧れる、素敵なお姉さまだった。


(……そういえば。マスターが百合キスしてるの見たこと無いな)


 ふと気付く由理の思考を中断して、


「ああ、言い忘れてたが、リズ」


 透さんは、少しもじもじしながら、


「今度の日曜日、夜の戸締り頼むぞ。私は、外泊するから」

「また彼氏さんですか?」


 怒ったようにぷくーと頬を膨らませるリズの言葉に。

 由理、激しい違和感を覚える。

 なんだか、この店に存在してはならないキーワードが含まれていたような。


「……? ねえ、マスター、リズさん。今、なんて言いました?」

「だからマスター、彼氏さんのところに泊まってくるんですって。もう、せっかく私が夕ご飯作るのにっ」


 枯れ死。彼氏。カレシ……?


「……ああ、女の子ですか」


 由理は納得して、ぽんと手を叩き、


「そんなわけないだろう。大丈夫か、お前?」


 否定されたッッ!! いやそんなはずはない、百合メイド喫茶のマスターの恋人が性別的に♀でないはずがあるわけがないのであって、そんな冒涜的で背徳的で許されないことが真実のはずがッ!?

 混乱する由理へ、美緒奈が冷静に一言。


「ま、最初は驚くよな。マスターってば、正真正銘ノンケなんだってさ」

「嘘だッ!!」


 由理が叫ぶ。全力で。


「この店に……女同士でぶちゅぶちゅするこの店にッ! ノンケなんているわけないよッ!!」

「由理、それ自分のコトも否定してる……」


 季紗の指摘も耳に入りません。

 だって、あり得ない。百合メイド喫茶の店主が、そう、よりにもよって店主がノンケで、しかも彼氏持ちとか。

 ならば、ならどうして、


「どうしてこんな店やってるんですかぁぁぁぁーッ!?」

「いやぁ、家業だからな。代々続いてる店だし、私の代で潰すわけにもいかないだろ」


 驚かれるのには慣れているのか、さらりと返すマスター。

 ふと、昔を懐かしむ眼をして。


「本当は、店を畳むのを考えたことも有ったけどさ。そんな時に、リズを拾って、な」

「……ふふ、マスターには感謝してますわ」


 あ、なんだか眼と眼で通じ合っている。

 由理は、なぜか面白くなかった。


(って、別に嫉妬じゃないっ。嫉妬とかじゃないからねっ)


 赤くなってあわあわしながら、由理はすねるのだった。


「むぅー、やっぱりなんか色々、納得いかない……」

「だいじょうぶだよ、由理っ!!」


 ぐぐっと拳を握るのは季紗。

 瞳が燃えている。


「レズは最高なんだからっ。マスターだって絶対いつか目覚めるよっ!!」


 珈琲を飲み干しながら美緒奈も、


「まっ、あたしは何だかんだ言って、『マスターの彼氏はやっぱり女の人でした』に1000円賭けてるけどねっ!」

「い、いや。だから私はノンケだと……」


 果たして、真相やいかに……?(明かされない)

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