店主は年上お姉さま
「おつかれさまでーす」
夜9時、百合メイド喫茶「リトル・ガーデン」は本日も無事営業終了。
この春高校生になったばかりの常連客で、臨時バイトで入っているメイド二人が先に帰宅。
同級生の
「おつかれー、宮野ちゃん、早乙女ちゃん」
栗色ショートカットと黒髪ロングの二人の少女は、仲良く恋人つなぎで帰っていった。
さて、掃除もだいたい終わり。あとは店舗に住み込みのリズと
と、上品な珈琲の薫りが、常勤メイド4人の鼻腔をくすぐった。
「おつかれさま、皆。よければ、ひと休みどうだい?」
落ち着いた雰囲気の、年代を感じさせる木製のカウンターから微笑むのは、この喫茶店の
女性ながら喫茶店店主らしく男物の服装、すらりとした長身に、切れ長の涼しい瞳。
黒と呼ぶか紫紺と呼ぶか、カラスの濡れ羽色の髪は、真っ直ぐ胸くらいの高さで切り揃え、左目の下の泣きぼくろが色気を感じさせる。
「ええ、いただきますわ」
バイトリーダーでもある金髪メイド、リズがにこりと微笑み返し、カウンターに着く。
ずず、と珈琲に口を付け、由理は頬を緩ませる。
「美味しいですね、ここの珈琲」
甘過ぎず、程よく苦味の効いた、でも子供でも飲みやすい……奥深い芳醇な味。
珈琲に詳しくない由理にも、マスターの淹れるそれは逸品だとわかる。
「ええ、うちのメイドさんが淹れるのより美味しいかも」
さらりとお嬢様発言をする季紗。家にメイドがいるらしい。
「すごいよなー、マスターは」
珈琲の薫りを堪能しながら、美緒奈。
「珈琲も紅茶も美味しいし、料理も出来るしさ。『できる女』って感じ?」
「ふふ、褒めても何も出ないぞ?」
食器を磨きながら、マスターは艶のあるハスキーボイスで返した。
出会う前は、このお店の店主マスターなんて、どんな変態さんかと思ったのだけど。
由理は、マスター……透さんを見て思う。
意外や意外、美人で仕事もテキパキしていて、正直同性でも憧れる、素敵なお姉さまだった。
(……そういえば。マスターが百合キスしてるの見たこと無いな)
ふと気付く由理の思考を中断して、
「ああ、言い忘れてたが、リズ」
透さんは、少しもじもじしながら、
「今度の日曜日、夜の戸締り頼むぞ。私は、外泊するから」
「また彼氏さんですか?」
怒ったようにぷくーと頬を膨らませるリズの言葉に。
由理、激しい違和感を覚える。
なんだか、この店に存在してはならないキーワードが含まれていたような。
「……? ねえ、マスター、リズさん。今、なんて言いました?」
「だからマスター、彼氏さんのところに泊まってくるんですって。もう、せっかく私が夕ご飯作るのにっ」
枯れ死。彼氏。カレシ……?
「……ああ、女の子ですか」
由理は納得して、ぽんと手を叩き、
「そんなわけないだろう。大丈夫か、お前?」
否定されたッッ!! いやそんなはずはない、百合メイド喫茶のマスターの恋人が性別的に♀でないはずがあるわけがないのであって、そんな冒涜的で背徳的で許されないことが真実のはずがッ!?
混乱する由理へ、美緒奈が冷静に一言。
「ま、最初は驚くよな。マスターってば、正真正銘ノンケなんだってさ」
「嘘だッ!!」
由理が叫ぶ。全力で。
「この店に……女同士でぶちゅぶちゅするこの店にッ! ノンケなんているわけないよッ!!」
「由理、それ自分のコトも否定してる……」
季紗の指摘も耳に入りません。
だって、あり得ない。百合メイド喫茶の店主が、そう、よりにもよって店主がノンケで、しかも彼氏持ちとか。
ならば、ならどうして、
「どうしてこんな店やってるんですかぁぁぁぁーッ!?」
「いやぁ、家業だからな。代々続いてる店だし、私の代で潰すわけにもいかないだろ」
驚かれるのには慣れているのか、さらりと返すマスター。
ふと、昔を懐かしむ眼をして。
「本当は、店を畳むのを考えたことも有ったけどさ。そんな時に、リズを拾って、な」
「……ふふ、マスターには感謝してますわ」
あ、なんだか眼と眼で通じ合っている。
由理は、なぜか面白くなかった。
(って、別に嫉妬じゃないっ。嫉妬とかじゃないからねっ)
赤くなってあわあわしながら、由理はすねるのだった。
「むぅー、やっぱりなんか色々、納得いかない……」
「だいじょうぶだよ、由理っ!!」
ぐぐっと拳を握るのは季紗。
瞳が燃えている。
「レズは最高なんだからっ。マスターだって絶対いつか目覚めるよっ!!」
珈琲を飲み干しながら美緒奈も、
「まっ、あたしは何だかんだ言って、『マスターの彼氏はやっぱり女の人でした』に1000円賭けてるけどねっ!」
「い、いや。だから私はノンケだと……」
果たして、真相やいかに……?(明かされない)
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