秋葉原デート編 終 好きでない子とキスはできない。

 由理ゆーり美緒奈みおな、秋葉原でのデート。

 その後も、何度かキスした。

 ゲームセンターでクレーンゲームの最中、美緒奈に横からキスされ、由理動揺。

 ぬいぐるみを取り零した。

 コスプレ衣装店で、猫耳ヘアバンドを付けさせられ恥ずかしさに赤くなる由理へ、ここでもチュウ。

 さらに赤面させた。

 キス。百合キス。

  もう日常のスキンシップと化したのに、どれだけ繰り返しても甘くて新鮮な、彼女達の輝く日常。


 でも、楽しかった1日も、終わりは来る。

 夕方、朱に染まり始めた秋葉原駅前。日曜日でも混雑した駅前。

 この街を象徴する、ビルに描かれた美少女イラスト達も、茜色の夕陽を浴びて、どこか切ない風に見えるのだった。


「いやー、今日はたっぷりキスしちゃったぜ♪ これも美緒奈様が可愛すぎるせいだな!」

「わ、私からキスしたみたいな言い方やめてくれる?」


 赤い顔で、ジト目で睨む由理はツンデレ可愛い。

 微熱のように残る唇の感触にじらっているのか、頬の朱色がより深くなった。


「まったくもう。これじゃ、お店にいるのと変わらないじゃないのよ」


 来るんじゃなかったとでも言いそうに、腕を組んでツンと横を向く由理へ。

 美緒奈は、少しだけ傷付きながら、おずおずとたずねた。



「……えと、楽しくなかった?」


 美緒奈は、楽しかったのだけど。

 オタ仲間の百合メイド、早乙女さん達と遊ぶのとも違って、新鮮で。

 お店の外でする百合キスも、いつもと違うドキドキ感が有って。


(由理も、楽しんでくれればと思ったのだけど)


 家出娘で、今まで独り暮らしだった由理。

 前に彼女が暮らしていたアパートの部屋を訪ねた時、美緒奈は思った。

 この部屋には娯楽が、人生を楽しむためのモノがちっとも無くて……寂しいと。

 だから今日は、自分の好きなこの街で、教えてあげたかった。

 世界はこんなに、楽しいモノに溢れているんだよって。輝いているんだよって。

 でも結局は、自分の趣味に付き合わせただけだったみたい。


「……ごめん。あんたは、ノーマルだもんね」


 あの季紗でさえ、学校では百合趣味を隠してるのだ。百合にしろオタ趣味にしろ、自分たちが普通じゃないことくらい、美緒奈も分かっている。

 だのに押し付けて、ごめんなさい。

 美緒奈はうつむくしかなかった。

 けれど、


「……ばか。別に嫌だったなんて言ってないでしょ?」


 照れ隠しのように怒った顔のまま、由理は、


「誘ってくれて、ちょっとは嬉しかったんだから。私さ、高校入ってからはバイトと学校だけで……友達と遊びに行くとか、ホントに久しぶりなんだ。だから、その……」


 夕陽に染まる駅前。指で頬を掻きながら、ごにょごにょと口ごもり……。

 でも真っ直ぐに美緒奈を見つめて、由理はにこっと微笑んで。


「……その、ありがと。あんた、いい奴だよね。私は……好きだよ」


 とくん。

 美緒奈は、自分の心臓が飛び跳ねる音を聞いた。


「……は、あははははははっ!?」


 笑って誤魔化して美緒奈、わざと高飛車お嬢様風に腰に手を当てて、


「なんだよ、しおらしいじゃんさ。さては美緒奈様に惚れたかー?」

「はいはい、惚れました惚れましたっ」


 ちっとも心の籠らない口調で肩を竦める由理。じゃあね、と片手を挙げて、背中を向け、駅の改札へ。

 その背中へ、


「ま、待って……」


 指を伸ばして。振り返る由理へ、美緒奈は。

 つま先立ちで、唇を押し当てた。


「……んっ」


 由理の眼が驚きに見開かれる。……ついでに、駅にいる大勢の人たちの眼も。

 いつもの百合キスよりずっと短い、舌も挿れない、もしかしたら一瞬の出来事。


「と、友達なら」


 唇を離し、もじもじしながら美緒奈。


「お別れのキスくらいするだろ?」

「あ、あんたねぇ、普通はしないからねっ!?」


 分かり易く顔を真っ赤にして、肩を怒らせながら背中を向ける由理。


「もう、こんな人前で信じらんない! どうせ明日だってお店でするのにっ!」


 ぷりぷりしつつ改札を抜けて去っていく、彼女を見送って。

 美緒奈は、疼く唇を押さえ、戸惑っていた。


「……キスって、こんなに甘酸っぱかったっけ」


 夕方で良かった。

 茜色の空の下でなければ、こんなにも赤くなった頬を、由理に気付かれてしまっただろうから。


《秋葉原デート編 終わり》

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