眠れない夜は 前編

 東宮ひがしみや季紗きさはお嬢様である。

 両親ともに名の知れた音楽家で、世界を飛び回っていて家は空けがち。

 けれど東京郊外の立派な屋敷で、本物のメイドさんと暮らしているので、寂しくはない。

 さらさらストレート、光の加減で亜麻色にも見えるきらめく髪と、長い睫毛まつげ

 星降る夜を閉じ込めたような、闇色の瞳。

 優美な曲線を描く鼻梁と、小ぶりな桜色の唇は可憐で、清楚で、まさにお姫様。

 胸は意外に豊かながら、腰の細さに楚々とした所作も相まって、野に咲く花を想起させる清純な美貌だ。

 道を歩けば、すれ違う男性が10人のうち9人振り返る、薫るような美少女。

 名門進学校、秋芳しゅうほう女学園の副生徒会長に、クラス委員も務める秀才……高校2年生、東宮季紗。

 そんな彼女の寝室は、西洋のお姫様のような調度で揃えた豪華な部屋で、ベッドはなんと天蓋付き。

 夜、このふかふかベッドに身を沈め、白い寝巻姿で彼女は、


「どうしよう、眠れない……」


 うれいを帯びた瞳の美少女、清楚なご令嬢は、眠れぬ姿も麗しく……。


「えっちなことで頭がいっぱいで、眠れないよ……!」


 ……残念な子でした。

 むくりと身を起こし、掛け時計を確認。

 時刻は夜2時、草木も眠る丑三つ時というものだが、彼女の脳内はピンク色に熱暴走ぎみで鎮まる気配無し!


「誰かにえっちな電話でもしようかしら……ハァハァ」


 なんて変態さん! 頬を染め、瞳を潤ませる顔は文句無しの可愛さだけに、残念さが際立つ。

 枕を抱いて、ベッドをごろごろ転がりながら思案。


(リズさんは寝るの早いって言ってたし、由理は引いちゃいそうだし……)


 と、いうわけで。

 枕元のスマホを手に取り、季紗が押した電話番号は……。


 ※ ※ ※


 南原みなはら美緒奈みおなは、アキバ系少女である。

 アニメにゲームに、コスプレも嗜む赤毛ツインテールのロリ少女。基本的に夜行性だ。

 今夜も彼女は遅くまで、部屋でゲーム中だった。

 RPGからアクション、ジャンルは幅広く網羅する彼女、今は狩りゲーにヒート中です。


「オラオラオラオラァァーッ!!」


 アドレナリン全開、コントローラーが壊れそうな勢いでボタンを連打する美緒奈。

 彼女はごく普通のマンション暮らし、深夜2時なので結構迷惑。とりあえず両親は諦めていて、耳栓とアイマスクして隣の部屋で就寝中だった。

 さて、こんな遅い時間に。

 美緒奈のスマホが着信にブルブル震え始めた。


「誰だよ、今いいとこなのにぃ!」


 舌打ちしつつスマホの画面を見ると、表示されている発信者名は「季紗姉」。

 なんだろう、と思って電話に出ると……。


『ハァ……ハァ……、美緒奈ちゃん、今穿いてるパンツは何色?』


 ……ブツリ。電話を切った。

 すかさず再び鳴り出す電話!


『なんで切るのぉぉぉぉ!?』

「そりゃ切るよ! 季紗姉マジ変態!!」


 怒りに荒ぶるツインテール! 季紗の変態淑女ぶりは重々承知の美緒奈も、この電話にはドン引きだ!


『うう、だって、だってぇ……』


 電話越しの季紗、泣きそうな声。声だけは、あくまで風鈴のように涼やかな、美少女ボイスです。


『ムラムラして、眠れないんだもん……』

「男子か。中学生男子かっ!」


 コントローラーを置き、美緒奈はやれやれとため息をつく。

 季紗の奇行には慣れっこなので、仕方なく付き合ってあげる。


「で、なんなのさ、こんな時間に。今、夜2時だよ?」


 何だかんだと言いつつ相手をしてくれる美緒奈に、電話越し、季紗の声は弾む。


『うん、あのね、美緒奈ちゃんとしようと思って。テレホンセック』


 ……ブツリ。容赦なく電話を切った。

 またまた、すかさず鳴り出すスマホ!


『だからなんで切るのぉぉぉぉぉぉ!?』

「切るよ切るに決まってるよ、この変態! 季紗姉のド変態!!」


 罵りながら、美緒奈は心の底から……季紗姉は本当に中身が残念だなと思うのだった。

 東宮季紗は、黙っていればそこらのアイドルにも負けない……国宝級の美少女なのに。

 その残念さは、とどまる事を知らず。


『そう、それよ! 美緒奈ちゃん、私をもっとののしって! 甘く鼻にかかったロリータボイスで! 魅惑のツンデレボイスで私をさげすんでっ♪』


 うーわー、この人だめだわ。

 そう諦めつつ、それで季紗姉が満足するならと付き合ってあげる美緒奈ちゃんは、実は天使かもしれません。

 しょうがないな、と脱力しつつ、


「お姉さまってばホントにえっちで悪い子だね☆ そんな悪い子、美緒奈がお仕置きしちゃうぞ☆」

『くぎゅぅぅぅっ!?』


 小悪魔ボイスの効果は抜群だ! 電話越しでも季紗が身悶えするのが分かる!


「ほぅら、美緒奈が踏み踏みしてあ・げ・る♪ ここなの、ここがイイの?」

『ああん、そこぉっ♪ そこをもっとグリグリしてぇっ♪』


 SMちっくにロリメイドの美緒奈が、ヒールでぐりぐりする光景を幻視。

 きゃーきゃー歓びの声を上げながら、季紗は大きなベッドの上を転がり回っているらしい。

 繰り返すが、見た目は清楚なお嬢様。清純派。

 ノリノリな季紗の反応に、美緒奈もつい気を良くして。ロリータ小悪魔女王モードで舌なめずりして、言葉で責める責める責める。


「あはっ、季紗お姉さまの変態☆ これが、この鞭が欲しいんでしょう! バシーンバシーン☆」

『ふみぃぃぃ♪ にゃぁ、にゃぁぁぁぁぁぁぁぁんっ♪』


 ひときわ甲高い嬌声。

 電話の向こうで、季紗が何かを噴出……おそらくは鼻血だろう……して、倒れる音がした。


「……季紗姉? 生きてる?」


 返事は無い。夜2時の部屋に、静けさが戻った。


「……逝ったか。じゃ、あたしもそろそろ寝るね。お休みー」


 季紗が復活してもまた掛けてこないように、今度は念入りにスマホの電源を切って。

 美緒奈もパジャマに着替え、とこにつくのだった。

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