第3話 焼豚玉子飯

「じゃあさ、ご飯食べに行こう!」


「何か名物があるの?うどんとか?」


 今治が瀬戸内海の四国側と言う立地から私は四国=うどんと脳内単純変換をしていた。この言葉を聞いたうさぎはにやりと笑う。


「まぁ、ついて来てよ、今治のとっておきを紹介するから!」


「何だろう?そう言う事言われるとすごくお腹が鳴ってしまうよ」


 何を紹介していくれるのか期待感が大きくなる中で、私はうさぎの後をついて黙々と歩いていく。何故なら彼はたまに煙に巻くような言動をする事もあるけど、基本的に嘘はつかないからだ。そこは信用していると言ってもいい。

 ただ、たまにうさぎの好みと私の好みが違っちゃうと言う事はあるんだけど。


 うさぎは濃い味が好きで私は薄い方が好き。うさぎは辛党で私は甘党。うさぎは苦味のある味が好きで私はちょっと酸っぱい系が好み。

 でもまぁ、そんなのは些細な事だよね。


 それで彼に連れられてやって来たのは和食を出すお店じゃなくて中華料理屋さんだった。え?中華料理なの?今治の名物が中華料理?

 もしやご当地ラーメン的なものなのかなと思いながら私は取り敢えず黙って店に入る。そこはかなり繁盛しているらしく、お昼の時間を多少過ぎていたものの、席は殆ど埋まっている。

 

 そんな中、うさぎは椅子に座ってすぐに店員さんに聞きなれないメニューを注文した。私はと言うと初めて入ったそのお店の雰囲気に馴染めなくてちょっとボーッとしてしまい、彼が何を注文したのか聞きそびれていた。ま、料理が来たらその正体も分かるし、いいか。


 そう言えば店の前に幾つもの幟が立っていたけど、あれに書かれていたメニューがこのお店のおすすめなんだろうか?うさぎが注文したのも、もしかして……。お腹も空いているし、そわそわしながらしばらく待っていると、やがて美味しそうな匂いを漂わせながらその料理が運ばれて来た。


「じゃーん!これが今治名物焼豚玉子飯だーッ!」


 うさぎは自信満々にその料理を紹介する。丼によそられたほかほかご飯の上に焼豚と半熟目玉焼きが乗せられている。そしてその上にたっぷりとタレがかかっていた。このスタイル、一見してすぐに私はその正体を見抜く。


「あ、これB級グルメだね……」


「食べてみなよ、美味しいよ」


 乗せられている具材からしておしゃれとは程遠いそれは、学生や肉体労働者御用達と言った雰囲気を醸し出していた。見た目に単純そうな料理だけど、これはこれで実に美味しそう。丼から醸し出される匂いが鼻腔をくすぐり、口から溢れ出るよだれが早く早くと急かしている。目の前で美味しそうに頬張るうさぎを見て、私も早速この

単純でパワフルな料理を口に運んだ。


「あ……本当だ……。結構美味しい」


 本当は美味しいのは食べる前から予想が付いていた。中華料理屋さんだし、具は焼豚と卵だし。そこから導き出された味のイメージは焼きそばやお好み焼きと同じくB級グルメのあの感じだった。上品さこそないものの、そこには単純な美味しさがそのまま凝縮されている。小細工を一切せずに、ただ好きなものだけ乗せてみました、的な。

 しかしまぁ、これが名物ってこんな誰でも思いつきそうなものが……と、思わなくもなかった私はつい言葉を漏らしていた。


「御飯の上に焼豚と卵が乗ってるだけだから、他の地域でも見られそうなものなのにね」


「これこそコロンブスの卵なんだよ」


 まぁ確かに、誰でも思いつくものでもそれをわざわざ世に出すって事になると難しくなるものだよね。この発想が今や名物になったんだから流石。

 考えてみれば各地の名物もそんな感じで生み出されるものかも知れないな。


「この料理は最初はまかない飯だったんだ。それが評判を呼んで正式メニューになったって話だよ」


「確かにまかない料理っぽいよね」


 うさぎの話を聞いて私達は軽く笑った。まかない料理が正式メニューになる事はこの業界では結構ある事らしい。焼豚玉子飯は近年B級グルメの祭典、B-1グランプリに出店して好成績を収めているのだそうだ。

 ご飯を扱うからお祭りの屋台とかには不向きだろうけど、知名度が高くなっていけば今後はそのレシピの単純さからどんどん他地域にこの料理が広がっていくのかも知れない、そんな事を私はこの料理を食べながら思ったのだった。


 焼豚玉子飯を堪能して私達は店を出た。お腹も満足したし今度はどこに行こう。昼下がりの真っ青な空を見上げながら私はうさぎに声をかける。


「次はどうするの?」


「じゃあ、今治城に行ってみようか?」

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