第一話:扇之城学園高等部の入学式

 校内に植えられた染井吉野ソメイヨシノが丁度満開を迎えた日。花びらを踏みつつ、真新しい制服に身を包んだ人たちが扇之城せんのじょう大学付属学園、通称扇之城学園の体育館前に集まっていた。


 西暦二〇四八年四月十日の今日、全施設を含むと三六平方キロメートルの広さをもつこの学園では高等部の入学式が行われるのだ。


 集まった人たちはそれぞれ数人のグループを作っているが、中には一人で立っている人もいる。その中で特に異彩を放っている者がいた。他の一人で立っている人は申し訳なさそうに縮こまっているが、髪も瞳も真っ黒という日本人らしい外見の彼は堂々と前を向いている。


 さらに、彼の周り五メートル程度に人がいないことも目立っている原因だろう。


 次第に人が多くなり、彼の周りを除く体育館前を埋め尽くしそうになったとき、今まで受付をしていた人が声を上げる。


『まもなく、入学式が始まりますので保護者の皆様は体育館の中でお待ちください。新入生の皆さんは渡されたクラスに分かれて名簿順に二列に並んでください』


 ぞろぞろとスーツを着た人たちは体育館の中に入っていき、制服を着た人たちは受付の人に言われた通りに並んでいく。


 五分近くかかり、並び終わると体育館の前には合計で二十列出来ていた。


 黒髪の彼は十一列目の比較的前の方に立っている。


『それでは一組から順に入場してください』


 全員が整列したことを確認した係の人が体育館の入り口を開けながらそう言った。


 体育館の中は大体五千人程度を収容できるほどの広さをもっていた。一クラス約四十人、保護者を合わせても百人程度であるためか、かなり余裕を持って椅子が置かれている。


『これより法和ほうわ三十一年度扇之城大学付属学園、高等部の入学式を始めます』


 十分ほどかけて全ての人が着席し、入学式が副学長の宣言によって始まった。


 入学者紹介から始まり、都知事や企業の社長などの偉い人の話が続いた。


『学長挨拶』


 その副学長の声が聞こえた途端、体育館にある空気が今までとは異なるものになる。原因はこれから壇上に上がる人物にあった。


 今、まさに壇上へ上がっている男性は黒よりも白の割合が多い髪で、顔にはいくつもの深い皺が刻まれていた。その顔にある目は見られた人を凍らすことが出来るのではないかと思うほどに冷たい目だ。


『この度は多数の来賓、保護者の皆様のご臨席を賜り、誠にありがとうございます』


 途端、体育館の温度が五度低下した、とその場にいた人々は知覚した。物理ではなく、声によってだ。学長の声はそれほどまでに冷たさを秘めていた。録音ではただの低音の利いた野太い声、けれども対面した状態で聞くと全くの別ものだ。


 そういえばと、ある人は思い出す。学長は以前、軍に勤めていたとされる噂のことを。軍ではかなり上の階級であったのにかかわらず、自ら戦場に赴き、敵兵を容赦なくなぎ倒したと。


 しかしながら、その噂のことをほとんどの人は信じていない。何故かと聞くまでもない、戦争があったのはおよそ百年前のことだからだ。それ以来、人間同士の戦闘は内戦、紛争を含めて一切起きていない。


 では、何故噂を信じている人がいるのだろうか。それは学長が不老の術を使っているという噂がともに流れているからだ。不老であれば、百年、千年生きることなどたやすいだろう。そしてもう一つ、学長に対面した人は皆、その噂を事実だと信じるのだ。


 証拠に体育館にいた人は噂を事実だと信じていた。雰囲気がただの人とは異なることを常人であっても悟っていた。人を殺したことのありそうな目、とはこのことを言うのだと言わず語らずのうちに思わせるほどだ。


 視線の冷たさに震え上がっている人もいる。


 それを知ってか知らずか口角を少し上げて学長は話を続ける。


『さて、入学生の皆さん、入学おめでとう。ほとんどの人は中等部から上がってきているのだろうが、私のことを直接見たことがないはずだ。せっかくだから自己紹介しよう。私は扇之城大学付属学園学長、朽原くはら正蔵しょうぞうだ。これからよろしく頼む。それでは――」


 五分程度で学長の話は終わったが、会場にいる人たちにはその十倍、一時間にも感じられた。


 学長が壇上から降りると会場の温度が数度上がった、――ようだった。それと同時に副学長は司会を進める。


『続きまして、入学者代表挨拶。入学者代表、灯野とうの雅樹まさきさん』


 はい、と返事をして壇上に上がったのは黒髪の少年である。


 黒髪の少年――雅樹は会場を一回見渡してから淡々とあらかじめ用意していた文章を読み上げる。


『桜が咲き誇るこの良き日に――』


 静まり返った会場に雅樹の声が響き渡る。聞く人全てを惹き付けるような力を持った声だ。現に会場は雅樹の声に飲み込まれていた。


『――です。一年六組、灯野雅樹』


 全員が聞き入っていた雅樹の声が途切れ、それをもって高等部の入学式は全てのプログラムを終えた。


 このあと各教室に集まるようにと連絡をされ、生徒たちはそれぞれ保護者とともに教室へ向かった。

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