第2話.クリスマスプレゼント
病院での彼との一件以来、私の世界は百八十度変わった。
直接いじめてくる相手には相応の仕返しを、そうでない者は捨て置いて、証拠物件だけを集める。仕返しによって呼び出しがきたら、ここぞとばかりに証拠を叩き付け、臆病者の大人達に、これ以上何もしないなら警察沙汰にしてやると啖呵も切った。
両親へは――やはり戸惑いはあったが相談した。だがうちの両親はそこまで気にする相手ではなかった様で。予想に反して父親は、担任に殴り掛かりそうな程だった。
彼の言った通り。死ぬ手前までいった事を考えたのなら、報復にも怯えず、考えつく手段を実行するのは思いのほか簡単だった。
私のいじめはなりを潜め、グループとは不可侵が勝手に結ばれた。校内での孤立は、私のとった手段ではもうどうしようも無いけれど。
それでも私にはもう大事な人が他に居る。学校だけが人を繋ぐ場所ではない。学校は勉学の場と割り切って、外で彼との出会う事こそが、私にとっての繋がりの場だ。一般的じゃないかもしれないけれど、同年代と必ず輪を作れという決まりも無い。
彼の事も両親に話し、今では家族ぐるみの付き合いにまで発展している。以前私が本当に自殺一歩手前だった事を伝えると、母は泣いて彼に感謝した。
死ぬ気になればなんだって出来る――なんて、他人事だから吐ける台詞などではないけれど。経験と、そして彼との出会いによって、少なくともあのまま生き続けただけでは手に入らない度胸を手に入れた。
だから私は、高校卒業と同時に、彼に私の精一杯の勇気をぶつける筈だった。
「幸奈!
病院で呼ばれた時に初めて聞いて、それ以来ずっと私の体の一部だった人の名前。
心の整理がつかないまま、白紙のままの感情で母と一緒に病院へ向かう。病院のロビーで私達を待っていた彼のお母さんから、彼の白血病の再発が告げられた。
隔離されたガラス越しでしか会えなくなった彼。面会出来る時は出来るだけ行って、メールや画像で元気を伝えてくれるけど、直接彼に触れられぬ日が続いた。
何時も何かに阻まれた先に触れる彼は、元気そうにしているけれど、薬の副作用で日に日に写る姿が変化し、連絡が無い日が続くと、心配になって此方から電話を掛けそうになる手を、傷跡とは違う跡が残る程に押さえつけて我慢する。
ドナーが見つからないと言う話を聞いた時は、両親に頭を下げて自分をドナーにと頼んだけれど、当時はまだ登録しか出来なかった。
だから二十歳を迎えたその年、私は祈りながら病院に向かった。
あの時偶然出会えていなければ、きっと私はこうして前を向く事すら出来なかったから、今度は私が彼を助けたい。そしてずっと言い出せなかった気持ちを伝えたい。
――いじめられていた時にあれだけ伝わらなかった私の祈りは、今度こそ届いて彼を救った。
奇跡的に私の細胞は彼のドナーとして適合し、彼は今、眠る私の横に立っている。
あの日、二十歳を迎えた雪降るあの日を境に、私は病院の一室で眠り姫を演じている。病院に向かう途中で起きた事故により、所謂植物人間としてここでこうして眠っている。
私が入院して暫くした後、病状が悪化した彼の治療に、彼と私の骨髄移植は行われた。本来ならば意識不明の患者からの移植なんて異例の措置。だけどこうなる前の私の意志と、両親達の必死の願いの下、本来ならばありえない移植手術は行われた。
『先生お願いします。あの子を助けてくれた彼を――あの子が望んだ願いを叶えてやって下さいっ!』
あの時、眠る私の隣で、私の代わりに気持ちを伝えてくれた母を、私は絶対に忘れない。
おかげで彼は、度重なる投薬で弱った体で、無理な治療を受ける事なく元気になってここに居る。
閉じた瞼では貴方の姿は見えないけれど、毎日毎日会いに来てくれるのは、聞こえてくる声と、手に伝わる貴方の体温でよくわかる。何時も優しく声をかけてくれて、楽しそうに新しい職場の話や、外の話を聞かせてくれる。
今日も外は雪らしい――
本当は贈り物で元気になった貴方に、私の気持ちを伝えたかったけれど。今年もまた、伝える事が出来なかったのが少し歯痒い。
楽しく話す貴方が、時折自分の為にと涙する時。応えてあげる事が出来ないのが悔しい。
――でもね? 大丈夫だよ。
貴方と入れ替わりで今は私がベッドの上だけど、春になって、暖かくなったなら。
きっと――氷はいずれ溶けて消えてしまうものだから。
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