第3話 ③

 海が三日間に渡って時化た。浜に上げなかった漁船が三艘も沈んだり、壊れたりした。時化が収まり掛けてきたとき、灯台から海を見張っていた者が難船を見つけた。大きく傾き沈み掛けている。漁船ではなく、小型の帆船で救難の旗を掲げている。取り敢えず漁船が向かう。人影は見えないが、船内に籠もって救助を待っているのだろうか。

島の漁船は、小さな帆船に横付けする。水が甲板一杯に入り込み、あと一人乗っても沈んでしまうくらいの状態になっている。船室の扉は密閉されているので、中には水が入り込んではいないが、扉を開ければ一気に水が入り込んで船はそのまま沈んでいくことになる。しかしほっといても間もなく沈んでいくのは間違いない。漁船の守戸伊作は覚悟を決めた。

 もう一人の男に向かって、「五分で片を付ける」と言いながら、ドライスーツをジーパンの上から着込む。帆船は前が下がり始めた。こうなると早い。守戸伊作はそろっと帆船に乗ると扉を力一杯手前に開け、海水と一緒に中に入り込む。一番奥の壁に流入してくる海水を避けるように腕を額に当てた幼い男の子が一人だけ目に入る。帆船は完全に沈み海底に向かって船首から落ち始めている。守戸伊作は男の子を抱き上げると、頭上にある扉をすり抜けて帆船から離脱する。男の子の口から泡がぼこぼことこぼれ落ちている。

帆船はちりぢりに壊れながら海底に落ちて行き、何処の国の船で、何の目的で、誰が乗っていたかも、全くわからないままになってしまった。

守戸伊作が海面から顔を出す。灰色の雲が激しく動き、その合間から天空に登る巨大な螺旋階段に見える純白の雲が見え隠れする。その上に銀色に輝く真っ青な空が出現する。守戸伊作が海面から上げた両掌の上に、ぐったりとした幼い子が目を瞑ったまま、横たわっている。船上に居る男がその幼い子をそっと抱きかかえて船に入れる。それと同時に守戸伊作は船に飛び乗ると、幼い子の口を吸い、水を吐き出す。やがて幼い子の口からか細い息が漏れてくる。守戸伊作の腕は子供の小さな胸を押さえ、呼吸の手助けをする。目が深い眠りから覚めるようにうっすらと開いてくる。

守戸伊作が幼い子を家に連れ帰った、その日、幼い子は泣くこともしゃべることもせず、わずかに暖めたミルクを子犬のように飲むだけで床に引いた莚に横たわっていた。

 次の日、幼い子の顔に表情が出てきた。

 守戸伊作の一八になる娘が何歳かと聞くと、紅葉のような手の中指、薬指、人差し指をやっと伸ばした。夕方には声が出せるようになった。守戸伊作がおまえの名前は、と聞くと、ナジと答える。

「この島にナジという名前の子供がいる。ナジが二人になった」

 守戸伊作は娘の方を見ると、不吉な予感を感じながら呟いた。

 しかしその日はそれ以外なにも答えない。三歳で名前はナジ。それ以外は不明。親のことを聞いても、目はうつろのままで、なにも反応がない。守戸伊作の妻の圭子は寄り合いで、ナジのことを話すと、島のことを熟知している女が「それは間引きされた子供だ」と、言った。

 子沢山の家族が生活が苦しくなると一番下の子を他国に売りに出すのだと言う。

 守戸伊作は噂で、その話を聞いたことがあった。親は他国にナジを売りに行くために船に同乗していたのかもしれない。嵐に見舞われた船の甲板に出て波に掠われた可能性が高い。ナジ一人でこの船を操船するには、あまりにも幼すぎる。

 しかしその家族が見つかった。ナジ以外の家族の遺体が、海岸沿いの岩場にうち上がった。

 ナジの家は、港の反対側で、畑のある場所よりかは西に離れていて海岸沿いになり、その家族以外は家を構えていない。

 昔は栄えていたが、海岸線の岩場の海水が温かくなり、島の住民が露天風呂だと、大喜びしながら夕べに朝に温泉に浸かっていたところ下からブクブクと湧き出してきたガスの泡が首まで浸かっていた爺さんの口先で跳ねるようにわれると、その爺さんはガクンと首を垂れて死んだ。海から毒ガスが発生し始めた。そこに住む人々は向こう一週間で島の反対側、島で一番にぎあっている湾港に移り住んだ。しかしその地から離れずに住み続けている一家族があった。両親は六人の子供を犠牲にして、「この地こそ島の中心だ。この地を島の民が見捨てれば、やがて島は呪われる」と言う、家の言い伝えに狂信的に従った。

 しかし、他からの援助を断り、自給自足で生活していこうとする家族が困窮するのは、津波のように早かった。島は肩を寄せ合ってやっと生き抜ける地だった。

 さらにその家の言い伝えから、家が滅びる前に幼い子を売りに他国に出る。子供を奴隷として買う国が水平線の遥か先にあった。ナジの両親は一八になる長女に残りの四人の面倒を頼み、ナジを連れて水平線の遙か向こうの国に帆船で向かう。風は帆船にとって恵みの力を乗り越えて、恐怖の黒雲の風へとあっという間に変貌した。父親は、島に戻ろうと帆の向きを妻の手も借りて、ロープを思い切り引っ張ったが焦りすぎた。まるで風車で飛ばされたドンキホーテのように二人とも荒れ始めた海に飛ばされてしまった。

 島に残された四人の子供達は海岸で荒れ狂う海に両親と幼い弟の乗った帆船を探したが、やがて津波のような大波が四人を襲い、一気に海の底に引っ張り込んで行った。一人だけ売られていったナジは逆に一人だけ島で生き延びることになった。

 『その時を知る子供』とはナジ以外は考えられない。ナジのどうしようもない怒りと苛立ちは、その幼く愛らしい表情の奥から滲み出てくる。

 待つ時間はなかった。島の民の誰がナジを生け贄として山の洞窟に連れて行くかはすでに決まっていた。その決定はあっという間に全ての島の民の知るところとなった。

 しかし三歳のナジは密林の奥にむかって逃げ、死んだ。毒蛇に喉を噛まれ、噛まれた喉の皮膚に赤い斑点が浮かび上がっていた。

 ナジはその話を聞くと、会うことのなかったもう一人の自分が、本当なら自分が死ぬ場所で死んだのだと思った。そう思った瞬間に走り出していた。


 年寄りの男達の集まる場所は、トタン板で囲まれた板敷きの一部屋で隅に井戸があり真ん中に囲炉裏があるだけの古屋だった。囲炉裏にはわずかばかりの炭に火がくべられていた。その囲炉裏の灰に唾を吐き、それを指で捏ね、おでこに塗りながら、一人の老人が言った。

「ナジはナジに仕事を託した」

 囲炉裏の前に、いつのまにか息を荒くしたナジが立っていた。


山の海側の断崖を子供を背負い、食料と寝袋などを担ぎ、上は雲に掛かる断崖を命綱なしで登っていける男が島に一人いる。美花李里という年齢不詳の男は名前から想像する通り全くの優男でどこにそんな力が秘められれているかを推し量ることは出来ない。

 美花李里は島の大切な会議には一切加わらない。美花李里の行うことは難解だが、それを島の民は尊重し、しかも敬っていた。

 島の中を奇声をを上げながら走り回ったり、荒行と称して飲み水だけで自己流の修行を何週間もしたり、島の断崖から一時間で六回も飛び込んだりした。ある日、「あたしは世界を見に行く」と宣言して大陸の右端の山の絶壁にむけてシーカヤックを漕ぎ出した。早朝の静まりかえった海をガラスの上を滑るように進んでいく。

陽が海面から持ち上がると、靄は湯気のように消え、紺碧の海と灰色の山の絶壁が見える。双眼鏡で覗くと、蛞蝓のような美花李里が絶壁に張り付いて留まっている姿が鮮明に見える。半日後その蛞蝓は一気に上に移動している。三日後、蛞蝓は頂上に辿り着きそして消えた。それから一月余りが過ぎる。島の民は美花李里を探し出すように、毎日山の頂上を双眼鏡で辿った。生きているのならば、影くらいは見えるはずだ。山頂が最もよく見える、島の頂は常に何人かが双眼鏡で見張っている。一人が帰れば一人が現れる。取り決めをしているわけではないのだが、まるで自律運動のように途絶えることなく島の民は連鎖していく。頂上に着いた瞬間に息絶えたか。その重苦しい空気が島の頂きを覆い始めた三ヶ月目にニョロリと蛞蝓が現れた。島中に歓喜の歓声が轟き渡る。降りてくるときは速い。尺取り虫のように降りてくる。しかし岩に掛ける手や足の位置を間違えたり、体のバランスを崩したら、その瞬間に命は消えてしまう。しかも断崖を降りている全ての時間が危険の頂点に留まっている。島の民は目を凝らして、しかし思考を止めて、尺取り虫の動きを追った。三日掛けて登った断崖を、わずか二十時間で降りてきた。その間、食事も休息も取っていない。陽の落ちた時間から下り始め、次の日の夕刻にシーカヤックを停留させている入り江に辿り着いた。海に黄昏の夕日が滲んでいる。その波をかき分けながら美花李里は島に帰ってきた。海岸にシーカヤックを引っ張り上げるとその中で眠ってしまった。

 美花李里は何も変わっていない。痩せこけた訳でもなく。表情が険しくなった訳でもなく、三ヶ月前の美花李里がいまそこにそのまま眠り込んでいる。その寝姿を島の民が取っ替え引っ替え訪れては眺めている。誰もが驚いたような呆れたような顔をして、暫く眺めては引き上げていく。しかし中には、聖人を仰ぎ見るように手を合わせていく者もいた。やがて誰もが美花李里が断崖をよじ登り山頂で三ヶ月も消息を絶ったことなど話題にしなくなり、それぞれの脳裏の片隅に仕舞い込まれてしまった。美花李里の取った行動の訳や消息を絶った三ヶ月間について知ろうともせず、四年近くの歳月が流れた。

シーカヤックの中で目を覚ました美花李里から奇異な行動は消えていた。そのことが、島の民が、美花李里のことを話題にしない一番の理由になった。漁民として、若者達の中に埋もれて生活をした。しかし今、脳裏の片隅から、その出来事が真夏の積乱雲のように、島の民の眼前に広がっていった。美花李里は四年前に今の事態を予測していたのではないかという憶測が飛び、やがてそれは真実として島の民が物語を創造し始める。

『山頂での三ヶ月間美花李里は生け贄を捧げる場所を見つけていた。それが発見できたので島に戻ってきた。そして安らかになった。きっとそれまではそれを見つけなければならないという使命のための緊張で気持ちが不安定になり奇異な行動を取っていたに違いない』


ナジは美花李里の背中におぶさると、その背中に母親のような安らぎを覚えながらグッスリと寝た。これから三日間の旅になる。 島の民は、また丘の上から、双眼鏡で二人の姿を追った。誰の目にも美花李里とその背中におぶさっているナジの姿が鮮明に見えた。美花李里は休むことなく、一定の速さを保ち上昇していく。

 美花李里は一日に二回乾燥した魚や酢に漬けた野菜を囓っている。渇きを湿った岩を舐めて癒す。しかしナジはなにも食べるものがない。急激に痩せ細り縮んでいく。まるで三歳のミイラのように・・・・・・。

 前回と同じように三日間で頂上に到着しそして消えた。今、島の民は丘の上に留まることをやめた。美花李里は前回と同じように帰ってくるだろう。しかし何も聞くまい。島の民はやるだけのことはやった。島に語り伝えられている最後のことをおこなってしまった。もう切り札がない。ナジは生け贄としての役割を果たし、島の語りの中に埋もれていくことを島の民はだれも疑うことをしなかった。

しかし島の民の命は、風前の灯火に雨が降り落ちている。島の民を見張る平地の民は、食い物が底をつき始めたといいながら、右手にローストチキンを左手にパンの固まりを握りしめ、脂ぎった口の回りを腕で拭いながら、にやつきながら島の民を眺めていた。


マヤ婆はミイラのような子供を抱き寄せると、子供はマヤ婆の皺だらけで垂れ下がった乳房に顔を押し付け、力なく枯れた乳を吸い始める。マヤ婆は、目を瞑り乳を吸うように口を動かしながら寝入った子供を、岩から離れた苔の生えたところに寝かせると、洞窟の奥から音を立てて流れ出てくる豊富な水量の川の水面を目玉がはち切れるように力を込めて睨み付ける。川辺に腹這いになり裸の上半身を胸のところまですっぽりと水につけ、静かに素早く手を入れると、その手に背鰭が青く光る魚が握られていた。その魚を岩の皿上にくぼんだところにおき血と硬い骨を取ると、拳大の石でその魚をすり潰す。そのすり身を清流の水で溶かしながら子供の口元に運ぶ。

子供は最初その小さな口をわずかに動かす程度だったが、やがて蚕のさなぎが音を立てて桑の葉を食べるように勢いよく食べ始めた。食べた量だけ子供の体は大きくなっていく。

 ナジは三日で十年間の身体を失い、二ヶ月を掛けて、十年間の体力を取り戻した。マヤ婆はナジの蛹から孵化した蝶のような急激な変化に目を見張り、信を芯に受けた計画を戸惑うことなく実行し始めた。

一日の日課は、三時半の起床から始まる。

 洞窟の冷たい水で頭と顔を洗い、外に出る。

 マヤ婆の命ずることに従い、走り、飛び、ロープやナイフの使い方を覚え、洞窟の湖のさらに奥を流れる激流に飛び込み、様々な言語で書かれた多種多様な分野の古書の全文を記憶し、命がけで狼と戦い、目覚めの時と同じ深閑とした闇がすっぽりと自分を包んだときに、はじめて寝入ることを許された。

自分は生け贄という奴隷だから死ぬまで耐えなければならないとナジは思っている。

 ナジが寝入る間近に、マヤ婆は子守歌のように話す。

「おまえはまだ生け贄としての価値がない。生まれも育ちも、生け贄になれるものではない。やがて価値が育つ。まもなくだ。しかし役割が果たせるのは、それからまだ先の話になる」

「島の民はそれまで生き延びられるのでしょうか」

「それは分からない」

 休む日も時間も与えられない。日が変わり、月が変わり、年が進み、さらに年が進んでいく。洞窟のなかでマヤ婆は目が見えず、動けなくなっている。ナジを側に呼ぶ。

「おまえはすっかり大人になった。今日ですべて終わることにする。亡骸は、洞窟を出たところの岩の下に埋めろ。何一つ変わることなく日を過ごしていけ。次の指示はやがて表れる。島の戒律がおまえに課したことだ」

マヤ婆は亡くなっていた。ナジを呼んだ時が最後だった。最後の言葉は死んでから語ったのだ。ナジは言われたとおりマヤ婆を埋葬し、瓦礫から一輪だけ顔出し、ひっそりと咲いているユリの花を手向けた。

 島の上には抜けるような青空が広がっている。島の中ほどから上がる、白い荼毘の煙が最近は少なくなったようだ。一時は、一日に何十という白い煙が絹糸のように空に上っていった。この間の雨期は、何年かぶりに雨が降りそそいだ。作物も順調に成育しているはずだ。しかし、自分はまだ生け贄の役目を果たしていない。自分には生け贄の価値が備わったのだろうか。結局肝心なことをマヤ婆は言わないまま旅だってしまった。しかし次の指示をしにくる者が、自分を生け贄にしてくれるのだ。

 指示をしにくる者。ナジはその者を確実に知っていた。

『美花李里』他にはいない。

 柳葉刀で自分の首を切り落としにくる。それで自分の望みは成就する。妹の眠る島が救われる。

夜中の三時半に目を覚まし、湖に映る星あかりを揺らしながら、冷たい水で顔を洗う。マヤ婆の寝ていた岩の上はヒカリゴケで覆われて、淡い緑色に光っている。その光がマヤ婆の姿をなぞる。ナジはマヤ婆に声を掛ける。その光が微かに振り返る。見えない眼差しを身体の奥で受けとめて、マヤ婆の声を聞く。

 しかし狼や熊と戦うときは一人だ。マヤ婆の眼光の守護はない。

 黄昏れて洞窟に戻ると、奥から見上げるばかりのヒグマが現れた。熊は真っ赤な口を開け、その牙でナジを威嚇した。ナジはたじろぐどころか笑いが込み上げてきた。笑いは、押し寄せる波のように止めようにも止まらない。腹を抱え、もんどり打ち、寝転がり、笑い続けた。ナジは笑いすぎて、涙を流しながら、自分の中に美花李里が入り込んできたの感じた。これは僕ではない。ヒグマはその巨体を壁に押しつけるようにナジの横をすり抜けると、慌てて退散する負け犬のように消えていった。

 美花李里はそこまで来ている。僕は待っている。待ち焦がれているんだ。

また夜が明けてくる。ナジは山の頂に立ち、海から吹いてくる強い風を正面で受けとめて、マヤ婆の教えを、流星をも抜き去る速さで復唱している。陽の昇る前に二十キロの山道を走り抜ける。息が上がることもなくなった。変わらぬ海と空と大地のなかから、今日がその日であることが、足の裏から脳天にかけて太い棒がずんずんと差し込まれてくるように伝わってくる。平静さを保てなくなりそうだ。自分がまだこんなに弱いのだと分かって愕然とする。

 今までの修行はなんだったのか。海にむかって、山にむかって、空にむかって、マヤ婆を、声の限りを出して呼ぶ。泣き叫んでいる。それが頭の中でわんわんと反響し、止めどもなく繰り返されていく。何時間も山の中を走り回っている。狐も狼も熊も鳥も蝶も近づこうとはしない。木も岩のようになって、風で葉を揺らさないように息を止めている。しかし無表情に時は流れ、やっと陽は傾き橙色に熟しはじめている。ナジは両手で髪の毛を掻き上げると覚悟を決めた。洞窟に帰ろう。僕を待っている人がいる。

洞窟の入口で立ち止まる。確かに来ている人の匂いがする。ナジは何回も重ねた覚悟をもう一度する。マヤ婆と同じ心地の良い気配だ。だから美花李里がいる。会話はいらない。一気でいい。

 湖に満月の明かりが差している。その先のマヤ婆の岩に人が腰掛けている。ナジはもう躊躇わなかった。早足で近づいて、その人の前で立ち止まった。


「遅かったね。待ちくたびれたんだけど」

誰なんだ。この女の子は。

「誰!」

 その女の子は立ち上がり、ナジの前で腕を組み、少し顔を傾けて下から覗き込むようにナジの目を見ている。月の明かりが、慌てて湖から少女の大きな黒い瞳に居場所を移し、湖よりももっと優しく燦めかしている。

 木目の荒い布を腰から胸まで巻き付け太い腰紐で留め、さらに肩から柔らかな細いロープで吊っている。足は布草履から出た紐をすらりとしたふくらはぎの上で結わいている。豊かな黒髪を後ろで束ねているが、ほつれた髪が形のいい鼻と上唇が開き気味の口に掛かっている。ナジはこんな可愛い女の子を見たことがなかった。

 しかし、妹が生きていればちょうどこのくらいの年になっている。

 まさか・・・・・・。妹が生きていた。

「『君はわたしのことを妹だと思う』マヤ婆がそう言っていた。わたしレマって言うんだ」

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