第3話

「それにしても、どうしてこんな通りに迷い込んだんだか」


武器しか商っていない通りだ。小さな子が来るなど珍しい。

だからこそ、通りで人相の悪い男に声をかけられているのを見て、すぐ声をかけたのだが。


「贈り物にする矢を探しているんです」

「誰に送るんだね。そんなもの」


子供が贈り物にするには少し物騒な代物だ。

城から来たと言っていたから、親が警護に携わる職にでもついているのだろうか?

それにしたってこの年頃の娘が矢を送るとは。


「兄が明日、冬宮へ行くんです」

「あぁ」


少し察しがついた。このところ巷でも噂になっている『筒姫の冬宮訪問』に関係しているのだろう。矢を贈るということは、この子の兄は警護として一行に加わっているに違いない。


「もう、買えたのかい?」


霰は首を横に振った。


「どんなものを探しているのかな?」


霰が悩むのもそのはずで、センの持つ弓矢は白帝から賜った逸品である。装飾の見事さもさることながら、製法さえ極秘とされる複合弓。その強靭な弓に耐えうるように揃えられた矢もまた相当なものだった。

青い矢羽根は、八咫烏やたがらすの風切り羽。柳葉と透かしの二種類の矢尻を備えている。


「二重桜という名前のお花の模様が透かし彫りされていたの。とても綺麗だったわ」

「そうか。ここでそれを買うとなるとねぇ」


最も高価な品は店先には並べていない。

見たいと請われれば見せてもいいのだが、一本だけでもそれなりの値が付いている。霰がそれほど手持ちを持っているとも思えない。少女もそれを理解しているから、店先をうろつくだけで声をかけられなかったのだろう。


--さて、どうしたものかのう?


もうすぐ店じまい。奥へしまう荷物のために開け放たれた戸の奥から、職人達が仕事をする音が聞こえてくる。それが気になるようで、自然と少女はそちらを見ていた。


「ちょっと来なさい」


翁は霰を奥の作業場へと連れて行く。

装飾に使う漆や糸、羽根、矢じりなどがしまわれている部屋や、中庭にある乾燥させた竹や木の棒や完成品をを保管している蔵前を通り過ぎ、職人が手際よく仕事を続けている離れに足を踏み込む。横を翁が通ると、気が付いた職人は彼に会釈した。霰はそのまま奥の畳み敷の上がりへ通された。


「気に入ったのがないなら、作ってみたらどうじゃ?」

「え? でも」

「なに、手慰み程度じゃが、わしが手伝ってやろう」


翁はそういうと、燻したり漆塗りされた矢竹を数本取り出した。霰に二本選ばせると、送る相手の背格好を二言三言尋ねてから長さを決めているらしい。それが決まると、矢羽を付けるにあたって様々な羽根を見せてくれたのだが、ピンとくるものが見つからないらしい。あれこれ迷った挙句、ふと、袂にしまった羽根を思い出して取り出した。目の覚めるような紅い羽根。


「これは素晴らしい。良い羽根じゃな」

「使えますか?」

「勿論だとも」


一緒に取り出されたひげも拾い上げ、弾力や長さを測りながら唸っている。


「いったい何の毛じゃろうか? 随分と丈夫で大きいが」


ぶつぶつとひとり語散る。

翁は無駄のない手つきで羽を整え寸法も取らずに羽を切り出していく。まるで手の感覚が羽丈ハダケを覚えていると言った風だ。

ヒゲは細く縦に割かれて糸のようにしごかれる。それを筈巻ハズマキ末矧ウラハギ本矧モトハギへ丁寧に巻いていく。


あっと言う間に翁の手により、矢へと組み立てられていくさまを、霰は奇術でも観るように目を凝らしてみていた。自分が息を詰めていることにさえ気が付いていないようだ。


「困ったのぉ。本矧モトハギが足りぬ」


割いたヒゲは後一か所というところで尽きてしまった。

霰は袂を叩くも何も残っていない。少し考え、自分の髪を一本引き抜くと翁に差し出す。これを使えないかと言うのだ。翁は驚いて少し目を見張りつつも髪を受け取った。


「これでは使えませんか?」

「いや、使えるとも。良いお守りになるな」


娘の髪を結ぶなど、まるで想い人へ贈る品のようだなと、翁は内心苦笑いを浮かべたが、それを声に出すことはなかった。出来上がった矢が二本あることに気が付いて、霰は思わず声をあげる。


「あの…… 矢は1本でいいんですけど」


鮮やかな手裁きに見惚れて忘れていたが、この矢は幾らぐらいするのだろう?

そのことに、ようやく気づいて青ざめた。こんな綺麗な矢、自分の手持ちだけで買えるだろうか?

心配そうに懐具合を確かめる少女のようすを、翁は察したのかもしれない。


「お嬢ちゃん。矢はね。兄矢はや弟矢おとやの二本で一対、一手なのさ」


同じ羽を分けた兄弟を、別れ別れで売るもんか。

そう言ってシワの多い顔をニッコリとほころばせた。


兄弟で一対の矢。


「弟矢にお嬢ちゃんの髪を巻いたから《妹矢》かね!」


翁は笑ながら近くの引き出しを開け、ヤジリを取り出した。白銀の鏃には二重桜の透かし彫り。


「これはね。大将首に止めを刺すときに使う鏃だよ」


矢を送る相手だ。ただの旅ではないのだろう?

翁は霰を労るように肩を叩き、少し寂しい顔をした。霰が怖々値を尋ねると。


「材料の殆どはお嬢ちゃん持ちだ。お代はいらんよ」


そう言うと、竹筒に二本の矢を入れて蓋をし、霰の手に持たせた。


「でも、それじゃ悪いです。こんな良いもの貰えません!」


困っていた霰を助けてくれたばかりか、こんな立派な矢まで作ってくれたのだ。この上お代まで取らないと言われては申し訳ない。


「良いよ。私も久し振りにいい仕事させてもろうた。それで十分」


あの羽やヒゲは、今まで扱ってきた物の中でも一位二位を争う代物だったと満足げに白い顎髭をしごいている。娘の髪を贈り物へ結ぶとは何とも粋ではないか。


「兄が無事に帰ってきてくれると良いねぇ」


そう言って翁は朗らかに笑った。

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