第2話

霰はくりやへ来ていた商人に紛れるようにして城の外へ出た。

大路を進むにつれて人の往来が増えていく。御簾のかかった牛車や俵を運ぶ荷車が中央を進み、そのわきを埋めるようにして人の流れができていた。


雨女の里では決してお目にかかれない人ごみにもまれながら、霰は武器を商う店を探してきょろきょろと辺りを見回す。しかし、不慣れな土地である。さらには人込みで視界が通らず、霰は人の流れに寄せられるようにして人通りの少ない脇道へ足を踏み込んだ。


人の壁に囲まれているような大道から出られて心底ほっとした。周りを歩く人々に、こちらがは見えないものだから、ぶつかったり押されたり遠慮がなくてなお悪い。城を出てまだいくらも歩いていないはずなのに、霰はへとへとになっていた。

やはり城へ戻って城下に詳しい人を探して連れてくるべきだっただろうかと、少し遠くなった門を見つめる。


いやいや、そんなことを言えば止められるに違いない。

やはり自分で何とかするしかないと思い直す。


偶然迷い込んだ通りの行く先を確かめるために辺りを見渡した。通りに面した家々はある種の洗練された雰囲気が感じられた。短冊敷の石畳は掃き清められ、打たれた水で黒く輝いていた。大きく開いた店の出入り口には、屋号の染め抜きの入った暖簾がはためいている。渋い、趣のある佇まいと言った所か。


大通りから比べると人の行き来も程々といったようす。

寂しいわけではない。人通りはあるのだが、日用品や家具を商う店が並ぶ通りのように、人や物でごった返すような忙しさはなかった。


だからと言って活気がないわけではない。

通りのどこか、見えない所から、鉄を打つ軽快な音が常に響いているし、店先に座り商談する人々の姿も見受けられる。垣間見えた店内に、刀がずらりと並べられているのを確認し、この通りが武器を商う店の集まるところだと理解した。

そして、すれ違う人の多くが、霰の知っている人達とは明らかに違う気配をまとっていた。


--ここにいる人みんなが、武器を必要としている人たちなんだ。


城で武働きしている兵や将もそうだが、剣で生業をたてている傭兵や用心棒なんかもやって来る場所なのだろう。他とは客層が少し異なる。自分の姿が見えないと分かっていても、目つきの鋭い人々とすれ違うたび身をすくめた。


早く目的をはたして帰りたい。心細さがわいて気持ちは焦るばかりだ。

店先をのぞき、弓矢を見つけては品を確かめるも、これといった品を見つけることができないでいた。

鷹、雉、梟。様々な素材や柄の矢が並ぶ。なのに、兄のセンが持つ矢筒に入って見劣りしない品を見つけることがどうしても出来ない。

傾きだした日に気持ちがしぼむ。


こんなことなら大人しく彩華の案に乗っていればよかった。そうすれば今頃は城で通いの武器商人から目ぼしい品を買えていたかもしれない。


「おい。お前」


突然目の前に影が差し、見上げれば恐ろしげな顔をした男が霰を見下ろしていた。

気付けば人通りも途絶えている。


「こんなところで一人何をしている。てて親はどうした? 迷子か?」


いつから姿が見えていたのだろう?

耳飾りはずっと姿を隠し通してくれるわけではないらしい。思わぬ事態に身がすくむ。


「どれ、俺が一緒に探してやろう」


通りを行きかう町人と変わりのない風体の男は、あれこれと霰に尋ねその手を取ろうと近づいてきた。一見親切そうに見えるが、霰はその男の眼の中にある種不穏な気配を感じ取っていた。

親切心とはかけ離れた何か。ねずみを獲って食おうとするときの猫のそれに似た何か。


「大丈夫です。待ち合わせをしていますから」


とっさに噓をついた。

そうしなければ危ない気がしたのだ。男は辺りを見渡し、近くに人影がないことを確認すると更に霰へ近寄ってきた。


「心配するな。子供が一人ではあぶないだろう?」

「いいですから」


男の手が伸びてきて、霰が後ろへ向かって走り出そうと構えた時、のんびりとした声がかかった。


「おやおや。ここにおったのかい?」


振り向くと商人風の服装をした翁が立っていた。

傍へ来ると、少女を背にかばうようにして男との間に割り込んだ。


「どちら様で?」


笑顔の下、少し緊張した面持ちで翁は男へ尋ねる。

男はばつが悪そうに引き下がり、取り繕うように『迎えが来てよかったな』と霰へ言うと逃げるようにいなくなった。翁は先程の愛想の良い顔を引っ込め、逃げる男を目の端で睨みつける。それを見送ると霰へ向き直った。


「ダメじゃないか、お嬢ちゃん。天下の往来とはいえ子供が一人でいると攫われるぞ」


恐ろしい目にあった霰は、翁の忠告さえ信じていいものやら混乱していた。この翁も人さらいではないか、そんな恐怖が頭をもたげる。その表情を見て取ったのか、翁は斜め後ろの店を指さす。


「わしはあそこの店の者だ。たまたま見かけたからいいものの。お前さん危なかったんだよ」


白くて長い眉毛を怒らせて叱る。


「さぁ、どこの子だい? 親に使いを出してやるから言ってごらん」


霰は困ってしまった。素直に言えば城を抜け出したことが皆にばれてしまう。まだ贈り物さえ買っていない。かと言って、もう怖い目に合うのは嫌だ。


「お城から来たんです。夏宮へ使いを出してくれれば兄が迎えに来てくれます」


翁は驚いたように眉をあげたが、それ以上何も言わず。

ようすを見に顔を出した店の者に使いを頼んだ。


「どういうことか分からんが、迎えが来るまで店で待ってなさい」


そう言うと、霰を店に伴った。

海老茶色の暖簾をくぐるとたくさんの弓矢が壁際に並んでいた。木やにかわの匂いが漂っている。

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