第6話

いつだって蚊帳の外なのだ。

霰は二人が彼女に良かれと思い、気遣ってくれている事くらい分かっている。でも、自分ばかりが遠ざけられているような気もして悔しいのだ。


ーー私にだって出来ることはあるはずよ。


「分かった。そなたが出立する日は霰と共に居ることにしよう」


話が終わり、筒姫がこちらへやって来る。

その気配を感じてしまったと思う。廊下には隠れられる場所がないのだ。ここで顔を合わせるなんて気まず過ぎる。

結果そうなってしまったが業とではない。立ち聞きしていたなんて思われるのは嫌だった。


どうしよう! どうしよう!


隠れられそうな場所を探して廊下を見渡すが、飾り棚どころか植え込みすらない。どうすることもできずに壁に顔を向けて、小さな体を更に縮ませた。


ーーあぁ、消えてしまいたい!


その時、握り締めた指の隙間から光が漏れた。手の内にあった耳飾りが怪しく光りだしたのだ。


「お願いね。あの子には悪いけれど安全のためだもの」


書院から出てきた筒姫は、霰のすぐ横を素通りして城に戻っていった。それなのに、ちらりとも此方を見ない。全く気がついていないようだ。

遠ざかる筒姫の背を唖然と見送くる。


どうしたのかしら?


霰は書院の戸を開いてなかを伺った。

朱上皇は文机にもどり仕事の続きを始めている。

戸の軋む音に気がついて、一度こちらを見たのだが、なにも言わずに書に視線を戻したきりなにも言わなかった。霰が部屋の中にいるのにも関わらず。

日頃の彼からは考えられないことだ。


声を掛けずにいたら、いつまでもそのままになりそうだったので霰は訪いを入れてみる。


「あの、失礼します」


机に向かっていた朱上皇が、ガタリと肩を跳ねさせた。丸い目が戸口に素早く向けられる。


「驚かせるでない! いつのまに来たのじゃ?」


霰でなかったら妖化しかと思うたぞ。と、顔をひきつらせる。あんなにはっきりと霰の方を見ていたにも関わらず、上皇には霰の姿が見えていなかったようだ。

思い当たるとしたらひとつ。

耳飾りだ。


「どうした? 何かあったのかの?」


いつもの柔和な笑みにもどり、突然訪ねてきたわけを聞こうと上皇は優しく霰を招いた。


「ごめんなさい。少し道に迷って」


本当のことだ。

そう、最初は道に迷ってここに来たのだから。


「そうか。なら暫くここにいるとよい。今侍従が所用で離れておる。戻ってきたら案内させよう」


それまで茶でも呼ばれておるとよい。

そう言って、卓の上に用意された茶菓子を進めてくれた。

霰はお菓子を頂きながら、握り締めていた耳飾りをこっそり懐にしまった。罪悪感はあったけれど、少し、そう少し借りるだけだ。

霰の目的が達成された暁には、ちゃんと返すことにしよう。そう思って黙っていることにした。


卓の上には黒塗りの箱がひとつ置いたままになっている。艶やかな美しい塗り物に目を奪われていると、顔をあげた上皇がそれに気が付いた。


「それはな、筒に持たせようと思って買い求めたのじゃ」


机から立ち上がり、背を伸ばす。

『座ってばかりも辛いものじゃの』と顔をしかめ、霰のとなりへやって来た。開けた箱のなかには、見事な翡翠の首飾りが納められている。


「これはお守りじゃ」


女子とはいえ筒姫も特別な天人だ。

己の身を守れるくらいの力は持っている。それでも愚かな父は娘の安否を気遣ってしまうのだ。


「気休めとは分かっていても、何かしてやりたいと思うのよ」


霰は不意に春霖の顔が浮かんだ。

自分が先の事を不安に思うたび、助言をくれようとしていたかか様。苛立ちの余り八つ当たりのような態度をとってしまったが、構われること事態は嫌いではなかった。


「ついででよい。これを筒へ渡してはくれぬか?」

「はい」


その時、所用から侍従が戻ってきた。

『使いを終えて直ぐですまぬが』と、前置きをしてから霰の道案内を頼む。快く引き受けた侍従に促され、黒塗りの箱をもった霰は書院を後にした。

別れ際に。


「上皇さま」

「何かの?」

「この首飾りとても綺麗です。筒姫さまも喜ぶと思います」


霰の言葉に、朱上皇は満足そうに『うむ』とひとつ頷いた。

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