第5話

積み忘れはないか荷物の確認の合間に、筒姫らは休憩をとっていた。その隙に霰が小さな葛籠(ツヅラ)を荷のなかへ忍び込ませているのを侍女が見つけた。

葛籠を開くと全て霰の荷物だった。


「どうしてこんなことをしたの?」

「筒姫さま、私も冬宮に付いていきます!」


セン兄さまも筒姫さまも冬宮に行くのに、私だけ夏宮に残るなんて嫌です。

必死に頼み込まれて筒姫は困ってしまった。

遊興にいくのならいくらでも連れていくが、今回はそうではない。危険かもしれない場所にこのような少女を連れていくなんて。


「ダメよ。そんなことをして何かあったら夏宮は淤加美神さまに顔向けできないわ。それに春霖に申し訳ない」

「かか様は『広い世界を見てきなさい』と言ったわ。だから冬宮に行っても叱らないはずよ」


引くつもりはないらしい。

でも、こればかりは霰を巻き込むわけにはいかない。


「お願い。聞き分けてちょうだい」

「冬宮には私の兄さまもいるもの。大丈夫よ」


話し合いは平行線をたどり、雰囲気を察した侍女に仕事の続きを促されることで、その話はまた後でと言うことになった。


どうして皆分かってくれないのだろう。

小さくても、若くても役に立ちたいと思うのだ。

城の中をうろうろとさ迷った結果、霰は迷子になってしまった。道を尋ねようにも人が見当たらない。


「もう」


ついていない時はとことん運が回ってこないこともある。誰か来ないかと耳を澄ませていると、どこからか人の話し声が聞こえた。


声を頼りに近づいていくと、見覚えのある扉の前に出た。朱上皇の書院へ続く渡り廊下へ出る扉だ。霰はホッとして、筒姫の部屋に帰る道順を教えてもらおうと扉を潜った。


書院の入り口についたのだが、どうやら来客らしい。

朱上皇と商人らしき男が綺麗な装飾品を前に話し合っている。


「それでは上皇さま。私はこれにてお暇致します」


またご用が出来ましたら、何なりとお申し付けくださいませ。にこやかなえびす顔の男は、お付きの使用人に荷物をまとめさせると腰をあげた。


退室の気配を察して霰は扉から離れた。

それと時を同じくして商人が戸口に現れ、書院のなかにいるであろう上皇に礼をとり、後ろ向きに部屋を出る。前に向き直るとき、袖が霰に当たってしまい男は慌てた。


「これは申し訳ない。お嬢さん、痛くなかったですか?」

「大丈夫です」


男は後ろから出てくる荷物をもった使用人に、霰が再びぶつからないよう廊下の端に庇った。一番大きな長持が通りすぎると、商人はまたねと微笑んで廊下を後にする。

突き当たりの城内へ続く扉に着いた辺りで商人は再び振り返り『何をしているんだ急ぎなさい』と声を上げる。誰に言ったのだろうかと思っていると、後ろの扉から荷物を抱えた男が飛び出してきた。


「旦那さま、今参ります!」


霰に気がついて転びそうになり、膝をついて荷物を落とすのを防いだ。風呂敷に包まれた荷物がざらざらと音をたてたが、男は急ぐ余り確認もせず走り去ってしまう。


商人の一行が城の中へと去った後、霰は足下に小さな宝石を見つけた。一対の耳飾りだ。拾い上げ、彼らを追いかけたのだが、その姿はもう何処にもなかった。


「困ったな~」


美しい緑の石がついた耳飾りを握り締め、霰は途方にくれた。でも、そうだ! 朱上皇に渡して商人に返してもらえば良いじゃない。朱上皇のお客さまなのだから、お店の場所は彼が知っているはずだ。


霰は来た道を急いで引き返した。

再び書院の前にたどり着けば、中ではまた誰かが朱上皇と話し合いの最中だった。


いつも忙しそうに見えないけど、本当に忙しかったのね。


上皇が聞いたら苦笑いを浮かべそうな事を考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「お父さま、暫く霰を注意して見ていてほしいの」

「何か気がかりなことでもあるのかの?」


自分の話が出て思わず息を潜める。

そのまま聞き耳をたてた。話の相手は筒姫らしい。


「一緒に冬宮まで行くと言って聞かないの」

「ほぉ、それはまた困ったことじゃな」


気持ちはありがたいが、未だ小さな娘だ。

無用なことに巻き込まれてはいかん。それに霰は淤加美神から預かっている大切な養い子じゃ。何かあってからでは申し訳がたたぬ。


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