第4話
「センは秋宮に来てもらうの!」
「腕が立って、性格が良くて、利口で見映えの良い少年は貴重なんだよ! 姫様のお付きにぴったりじゃない! まだ若いから姫の部屋近くにいても怪しまれないし。悪いようにはしないから」
などと彩華が詰め寄る。
「駄目だぞ! そんな都合の良いように将来決められたら! センは
「こっちにだって貴重だ!」
言い争いながらも、両者必死にセンを説得しに掛かるなか、当の本人は困った顔をして二人を宥めようと焦っていた。
「悪いけど、まだ決められないんだ。どちらが向いているのか良く分からないし」
役立つ仕事をしたいとは思う。
けれど、出世して偉くなりたいかと言うとそうでもない。
「ごめんね」
振られた二匹の霊獣は、争うのをやめてしょんぼりと項垂れる。
「じゃあさ。いきなり仕えるって言うのは無しで、筒姫が冬宮に行っている間だけ、護衛として付き添ってもらうわけにはいかないかな~?」
なおも食い下がる彩華に、力輝はしつこいぞと凄む。
「だってさ~。回りはぎすぎすした大人ばかり、心細い他国で姫が独りでいるんだよ。お伴の子くらい寛げる人をつけてあげたいじゃない」
『お願い! お願い!』と、手を合わせて拝まれる。
筒姫を知らない仲ではない。
なので、このように必死に頼み込まれるとセンも弱い。
「彩華がついていってあげれば良いじゃない」
「方角の護りはお互いの領域を侵さないんだよ~。長く留まるのは駄目なんだ~」
多少親しかったりすれば、笑って許すこともあるらしいのだが。
「けれど、玄武はなぁ」
さすがの白虎も苦笑い。
西の守りへ就いた日に、早々と挨拶をしに行ったそうだが、恐ろしく突き放した態度をとられたらしい。
「とりつく島もなかったよ」
「だからお願い! 今回だけ!」
ね? と、ほだしにかかる彩華へ、霰がぴしゃりと断りをいれた。
「駄目っ! そんなのお手付きです!」
まだ宮に使えていない者を正式に迎える前に、宮に仕える上の者が招いたり、仕事を手伝わせたりすることを《お手付き》と呼んだりする。これを行うと他の宮からの誘いが掛かりにくくなってしまう。いずれはお手付きをした宮に迎えられるものと思われてしまうためだ。
たとえ憧れの相手であっても引けない。
霰としては、大好きな従兄弟の、センの気持ちをちゃんと優先して欲しかったのだ。
そんな従姉妹なりの優しさを、センは面映ゆく受け止めて微笑んだ。されど、筒姫は養い親時雨の友であり、後に白帝に推薦してくれた朱上皇を紹介してくれた恩人でもある。知っていて放っておくのは、些か冷たいと言うもの。
でも、恩があると言ったら秋宮とて同じこと。
センは迷いに目を伏せた。
「いいぞ、行っても」
突然力輝が言い放った。
憮然とした顔に、驚きの視線が集まる。てっきり猛反対するだろうと思っていたのに。
「センの事だから放っておいたりはしないだろう?」
それならさっさと行って、借りを返してくれば良い。
もし夏宮と、ついでに冬宮も見てきて思わしくなければ。
「必ず秋宮で引き取ってやるからさ♪」
センの意見を尊重するってそう言うことだろ?
と、力輝は霰の頭をわしわしと撫でた。
「な~んか、男前なところ持っていかれちゃった感じ~」
困っちゃうな~と、言いつつもどこか嬉しそうに彩華が茶々を入れる。それに対して力輝が、全部の宮を見た上で秋宮を選んでくれたなら、こんな良いことはないだろ? と、歯を見せて破顔した。
「そんなカッコいいところを見せられたんじゃ、張り合わない訳にはいかないよね~」
してやられたと言いつつも、未だ何処か余裕ある様子の彩華であったが、思案顔で空に視線をさ迷わせた。
「センだけだと拐われると思われちゃうみたいだから~」
彩華は、センのとなりで子猫みたいに毛を逆立てている霰の肩に手をおく。彩華に片方づつ手を置かれたセンと霰は思わず顔を見合わせた。
「霰ちゃんも一緒に行こうか!」
「はい!?」
二対の丸い目が彩華に注がれる。
その視線を受け止めてなお、彩華は微笑を浮かべていた。
「霰ちゃんもセンと一緒に夏宮に来たら良いんだよ!」
突拍子も無いことを言い出した霊獣に、今度は霰が慌て出す。
「何を言っちゃってるんですか!?」
まだ十にも満たない霰は春霖の養い子であり、見習いの雨女ですらない。
そんな彼女がどうして夏宮に行けようか?
「巫鳥さまに叱られます。第一かか様は許しません」
「大丈夫だよ。センの宮見学についてくる感じでさ~」
君だって後二年もすれば自分の将来を考えなくちゃいけないんでしょ~。
これも良い機会だよ~。
などと言葉巧みに霰を誘う。ところが、霰は頑なに首を縦には振らなかった。
思い詰めたようすで『私は雨女になるから、そんな見学はいらない』とはね除けたきり、貝になってしまった。らしくない態度に、センと彩華は戸惑ったような視線を交わす。
「まぁ、とにかく。霰のかか様と巫鳥さまに話してみないことにはね」
話しはそれからだよ。
大丈夫、すぐにって訳ではないから。
霰を励ますように、センは優しく言ったつもりなのだが、俯いた霰はにこりともしなかった。何か心配事とか、気に触ったことがあったのだろうか。
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