第3話

余り大声を出されると、回りに隣家がないとは言えさすがに外に聞こえてしまう。

同じく宮の見張りを任されている力輝がいるから、打ち明けている話であって、軽々しく外に漏らして良い話ではない。ある意味、四季の宮とは切り離された黄海の内だから話せることだ。


「冬宮から申し出があった?」

「そう!」


霰にお茶を渡されて、少し落ち着きを取り戻した彩華が憮然と頷いた。

騒ぎを起こした大元が、再戦の引き金になりかねない提案をするなんて。また戦でも始めるつもりなのだろうか?


「だから、炎帝の見合い話まで持ち上がっちゃったの!」

「は? どう言うこと?」


彩華が言うには、始めに持ちかけられた話しは『冬宮の皇子と筒姫の見合い』だけだったらしい。だがそれでは夏宮が一方的に人質をとられる可能性がある。ならばと、まだ未婚の冬宮の姫『宇津田姫うつたひめと炎帝の見合い』を引き換えの条件として出したそうだ。


「てっきり断ってくると思ったのに、何考えてるんだか承諾したんだよ~」


再び髪を逆立てる彩華の背を、霰が落ち着かせるようによしよしと撫でる。


「かぁー、もう、それは黒なんじゃないの?」


『北の玄武は何もいってこないの?』 と、力輝は顔をしかめる。北にも彼らと同じように護りが置かれており、冬宮が前のような大きな戦を始めないように見張っているそうだ。不穏な動きを察知すれば、すぐさま天の知ることとなるのだが。


「な~んにも、何にも言ってこないよ~」


悩みすぎて疲れたのか、彩華はごろりと床に横になった。もっと分かりやすい挑発なら良いのに、何でよりによって見合いなんだよ。微妙で扱いづらいよ。と、倒れた瓶子から水が流れ出るように、不満が後から後から吹き出してくる。


「玄武が取り込まれてるってことはないの?」


長い間北にいるのだ。

仲良くなってぐるになっていることはないだろうか。


「それはないね」


北に配された玄武は、優しい姿はしているが中身は毒蛇だと言う。天帝に絶対の忠誠を誓っているため、冬宮とは決して馴れ合わないそうな。


「笑顔の裏でなに考えてるか分からない優等生だからな~」

「それじゃあ宮の内で何が起こっているか分からないじゃん」

「それが分かっちゃうんだよ~。恐ろしいことに」


玄武には常に一匹の大蛇がはべっていて、それがあらゆる事を見通してしまうらしい。


「だから天帝は玄武に北を任せたんだよ~」

「全然信用されてないな冬宮は」

「まぁ、仕方ないね~」


特に現在の黒帝は良い噂を聞かないと言う。

影ながら軍備を整えることに、余念がないらしいなどのきな臭い話が常に付きまとっていた。


「そんなところに我らが姫様を向かわせたくはないんだよね~」

「筒姫は冬宮に行くの?」


思わずと言ったようすで霰が口を出す。

彩華は少し疲れたように息を吐いて頷いた。


「冬宮に筒姫が行き、夏宮に宇津田姫が来るんだってさ~」


勘弁してよ~。と、両手で顔をおおい、床の上で転がりながら悶える。常日頃の色男振りからかけ離れた彩華の行動に、思わずセンは笑ってしまった。

それに恨めしそうな視線を送る。


「他人事だと思って~」

「ごめん。でも、筒姫さまは沢山のお供と一緒に行くのでしょう?」

「それはそうだけど」


センがこちらの世に来たとき、時雨に連れられて初めて行った宮が夏宮だった。その時に会った筒姫は、優しく快活で、少し天の邪鬼なところのあるお姫様だった。綺麗と言うよりは、可憐と言った方がしっくり来る少女のような人だ。


父親の朱上皇をはじめ、兄の炎帝や家臣に至るまで、皆が蝶よ花よと慈しんで育ててきたさまが浮かぶようだ。


「姫も皇族の一人なんだからさ。仕方ないよ」


肩を叩いて慰める力輝。

『お前の所の姫とは違って、うちの姫はか弱いんだ』と、再びごろごろと転がる。『違うってなんだよ』と、顔をしかめる力輝には悪いが、秋宮の竜田姫を思い出し、センは何とも言えなかった。確かにか弱くはないような。


「そうだ! そうだよ~」


何か名案が浮かんだのか、彩華が飛び起きた。

センのところへ素早くすり寄ると両肩をつかむ。驚いて視線を泳がせているセンに。


「センが夏宮に来て、筒姫について行ってくれれば良いんだよ~♪」

「なんでだ! 抜け駆けするなよ!」


突然センに夏宮へ来いと言い出した彩華の後頭部を、ぱんと叩いて力輝が怒り出す。

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