第2話

センの家に戻っても良いのだが、力輝や彩華を伴って里に帰ればまた騒がしくなる。彩華と話したくて若い雨女が人垣をつくってしまうからだ。


余り騒がしくするとそれを快く思わない巫鳥に時雨が叱られてしまう。それは避けたかった。


「私の家に来たら良いよ」


霰の家は社から遠くにあり、竹林の側にあるため裏からこっそり入れば他の人には見つからない。それでセン達は霰の家にお邪魔することにした。


霰の養い親は今留守にしている。

にわか雨を降らすために、時おり人の世へ出掛けていた。霰の母は、名を春霖しゅんりんといい、時雨の姉にあたる雨女だ。


本来雨女たちに血の繋がりはない。

伴い子として、全て人の世から連れてこられた者たちである。しかし、同じ養い親に育てられた子は兄弟と見なされた。時雨と春霖は、同じ養い親に育てられたゆえ姉妹と呼ばれている。


「かか様、また伴い子を連れてくるかもしれないわ」


春霖は人の世に渡る度に子を伴う。

霰はそれを聞いていたので、内心密かに期待していた。

春霖は雨女のなかでも子沢山で知られている。

今は霰ひとりしか家に残っていないが、上二人の兄の他にも、顔を会わせていない兄や姉がたくさんいた。


「おば様なら連れてくるかもしれないね」


頷くセンに霰は嬉しそうに笑った。

竹藪に馬を繋ぎ、裏から家に入る。幸いにして誰とも会わなかった。一先ずほっとする。囲炉裏のある板間に座り、力輝と彩華が持ってきた可愛らしい菓子に舌鼓をうつことにした。


そうしながら、力輝や彩華は近ごろ宮で起きたことをセンに話してくれた。

その話しのなかで一番驚いたのは、筒姫つつひめ炎帝えんていに見合い話が舞い込んだと言うものだった。


お相手は冬宮の東宮と姫らしい。


夏宮と冬宮は、遠い昔、四宮全てを巻き込んでの大きな戦をしてから疎遠になっている。表だっていがみ合うことはないにしても、しこりが残っていることは間違いなかった。このまま放って置けば、いずれまた争う日が来るか分からない。


それを天帝が憂いているようだ。

察した臣が北と南の霊獣に働きかけ、今回の見合い話が持ち上がったらしい。


「それだけに、断りづらいんだよね~」

「筒姫さまや炎帝は、乗り気じゃないってこと?」

「そういうこと~」


当人どころか、宮全体が余り歓迎していないらしい。先に仕掛けられた側である。天帝の諫めが入らなければ、滅ぼされていたかもしれないのだ。

受けた被害は甚大で、残された傷口は未だに癒えていない。それを思えば、当たり前の反応なのかもしれないが。


「だからさぁ~、宮のなかがぴりぴりしちゃって居づらいんだよね~」


話を持ち帰ってきた張本人である。

何故そんな話をね付けもせずに持ち帰ってきたのかと、風当たりも強いらしい。


「天帝の御下知おげちだよ~。撥ね付けられないって~」

「うわぁ、凄い板挟み」


思わず力輝も同情した。

自分でなくてよかったと胸を撫で下ろしている。


幸か不幸か秋宮の白帝には今のところ子がない。もし仮に姫がいて、冬宮の皇子と見合いなどになったら、力輝は想像を絶する板挟みになるに違いない。

直接の戦場となった秋宮の被害は、あの戦で被害を被った他の宮の比ではないのだ。


触らぬ神に祟りなし。

触れないことによって平和が保たれていた部分もある。長い長い時を経て和らぎつつある痛みを掘り起こす切っ掛けにならなければ良いのだが。


「それで彩華は何だかんだ理由をつけては、雨女の里へ逃げてきているわけだ」

「まぁね~」


何でいきなり見合いなんだよ。交流から始めれば良いじゃないのよ。と、彩華が悶えるように言う。


「まだ時期尚早なんじゃない? それくらいは反論したんでしょう?」

「したよっ! したしたっ!」


力輝が聞くと、胸ぐらをつかみそうな勢いで彩華が詰め寄る。興奮の余り後ろ髪が鳥のように逆立ち、黒髪が朱に変わった。


「だけど、冬宮側からの申し込みもあったらしくて早いと見なされなかったんだよ!」


いつもの余裕ありげな口調も吹っ飛んで、金切り声で叫んだ。


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