第31話 討伐の後(のち)

「痛みはないですか?」

 一同が凍り付いたように動けない中で、にこやかにそう言ったのは八世さんだった。

「……まあ、痛くはないけど、何だか変な気分だよ」

 八世さんの問いに応えたのは、双羽さんの声で……


――って……え?……何?


「しばらくはご不便をおかけしますが、ご容赦下さい」

「こういうペナルテイを課されるとは、思わなかったよな~」

 と、八世さんの両手の上で、頭部だけの双羽さんが言った。


「え?これって魔法……なのか……?」

 呆けた顔で呟いた俺に、八世さんのが満面の笑みで答える。

「そうだよ、何しろ僕はこの世界で、一番凄い……」

「自画自賛はいいから、説明しろっ。この状況をっ」

「ううーん。ほら、魔王倒しました~って言ってもさ、倒した証拠見せなくちゃ、人々は納得しないでしょ?証拠って言ったら、その遺骸を見せるのが手っ取り早い。でも、ここで一つ問題があってさ、双羽さんって、世間に顔が知られちゃってるじゃない?」

「……ああ、華麗なモデル活動で」

「この先の生活の事を考えたら、顔を見せる訳にはいかないし、魔法で顔を変えたり、体に細工して誤魔化すにしても、検死で魔法の痕跡が見つかれば、あらぬ疑惑がかけられないとも限らない」

「検死なんてあるんですか?」

「うん。魔王討伐に賞金掛けてる国があってね、そこの調査官がお金を払う前に、偽装じゃないか、魔王討伐詐欺じゃないかって、確認しにくるんだよ。だから、なるべく体の方には手を加えないで、且つ顔がバレない方法って考えたら、これが一番手っ取り早いかなって思った」

「……もしかして、後で元通りにくっつくんですか、その頭と体」

「当たり前じゃない。僕を誰だと思ってるのさ。この世界で一番……」

「はいはい」

 俺に言葉を遮られて、八世さんは肩を竦めると、今度は、微妙な顔で抱き合ったままこちらを凝視しているラムダリアと十広さんの方を向いて言う。

「驚かせてごめんね、ラムダリア」

 声を掛けられて我に返った感じのラムダリアは、涙ぐんだままの顔で八世さんを睨み付けると、ありったけの怒りの感情を込めた言葉を投げつける。

「……っ。だいっ嫌いっ!」

 八世さんは少し困ったように、口角を少しだけ上げて笑っていた。




 それから、八世さんは十広さんからもひと通りのお叱りを受けた後で、神和商会による魔王討伐成功を発表した。


 魔王城周辺の森は、商会の魔法使いによって浄化され、城は一般開放されて、魔王の首なし遺体を見に、連日多くの人がここに押し寄せている。そこそこお高い見学料やら、商会へのお礼という名の寄付やら、後、討伐の賞金やらで神和商会には結構な金額の収入があった――


 というのが、ここ数か月の話だ。


「はい、あ~ん」

 ラムダリアがスプーンでポタージュスープを掬って差し出すと、テーブルの上で銀のトレーに乗せられた頭部だけの双羽さんがそれをぱくりとくわえる。

「……あ~おいしい。フェリちゃんって、やっぱ料理の天才だね。そのうちお店でも出したらいいよ」

 頭部だけの双羽さんにそう褒められて、ちょうどメインディッシュを運んで来たフェリは、照れたような笑みを浮かべる。

「あ、パパ、パン食べる?」

「うん。バター少な目で頼むよ……にしてもさ~そろそろ元に戻してくれないと、体が腐っちゃうよな~秋のコレクションの準備もしたいのに。トーコさん一人じゃ忙し過ぎてかわいそう」


 見世物になっている双羽さんの体は、魔法で防腐処理されているらしいので、腐る心配はなさそうだが、この状態がいつまで続くのかについては言われていない。多分その辺りは八世さん次第なのだと思われる。


 当の八世さんは、といえば、例の『だいっ嫌いっ!』以来、後ろめたさからなのか、遠慮からなのか分からないが、こちらに顔を見せてはいない。外で十広さんとは会っているらしく、彼女経由でその情報は入って来てはいるけれど。


「はい、あぁん」

 ラムダリアがタイミングを計って、一口大にちぎられたパンを双羽さんの口に放り込む。

「……ん~。このパンもフェリちゃんが城の窯で焼いてるんだよねぇ。外側パリッ中ふわで、ホントおいしい」

「あたしがママのお手伝い出来ればいいんだけど、パパについててあげてって言われてるし……」


 魔王城が解放されてから、ラムダリアとフェリシュカとコリンの三人はこの城に移り住み、現在は双羽さん夫妻と一緒に暮らしている。

 そんな二人の身の回りのことは、これまで通りフェリシュカがお世話しており、コリンは十広さんの雑用の手伝いをしているらしいが、傍目に見ても十広さんは忙しそうだ。ここにも、朝、顔を見せた後は、夜遅くまで戻らないことが多い。


 というのも、本来の仕事の他に、八世さんから魔王討伐成功を全世界に喧伝するための、広報活動を任されているらしいのだ。最近は、各地でそういうお祭りイベントを開催しており、その仕切りをしているのだと言っていた。

「何だか最近のちぃちゃん、アイドル顔負けの人気で凄いのよ。見ていてちょっと怖いぐらい」

 八世さんがイベントに顔を出すと、黄色い歓声と共に沸き起こる熱狂が物凄いらしい。それが、日を追うごとにヒートアップしているという。


「凄かったですよ~まるで何かの教祖さまみたいで。神々しいっていうんですか?俺、まじ感動しました。見に行って良かった」


 というのは、最近そのイベントとやらに参加した、城を警備している顔見知りの兵士の弁だ――

  

「……ねぇ、聞いてる?」

 つんつんとラムダリアに腕の筋肉を突かれて、俺は我に返る。

「ママの仕事少し減らしてくれるように、ちひろんに頼んでみてくれない?」

「……え、俺?」

「だって、あんたが一番暇そうじゃない」

 そう言われてしまえば、返す言葉はない。俺は、双羽さん一家の護衛として、八世さんにここに居ろと言われている。何事か起きなければ、まぁ、居るだけだから、暇といえば暇だ。

「彼は私たちの護衛をしてくれているんだから、暇なんて言ったら失礼だよ、ラムダリア」

 双羽さんの優しい配慮に苦笑で応える。

「構いませんよ。確かに暇すぎて退屈してた所ですから。今日は執務室で書類整理って言ってたみたいだから、行けば会えるかも知れません」

「執務室って、魔王パパの部屋だった所よね。あの人、次の魔王にでもなるつもりなのかしら」

「いや……八世さんがなりたいのは、魔王じゃなくて、神様らしいぞ……」

 俺が真面目な顔で言うと、冗談だと思ったのか、ラムダリアは笑う。


――いっそ、何もかも冗談になればいいのにな。


 そんなことを思いながら、俺は八世さんのいるであろう、元魔王の部屋へ向かう。


『神様の使徒が叶える人々の願いは、即ち、神の奇跡になって、結果、人々が神様を崇める源資になる訳。分かりやすく言えば、神様に対する信仰心っていうのは、奇跡が起こることでより高まるんだ。つまり、信仰心こそが神様の神力の大小を決める。奇跡が沢山起こって、神様に対する信仰心が高まれば高まる程、神様の力が高まる』


 かつて八世さんの語った神様論。苦い思いと一緒にそんなものを思い出す。



――何かの教祖さまみたいに


――神々しく


――人々に感動をあたえる



 魔王討伐の成功で、神和商会の名声は間違いなく格段に上がった。そして、討伐という最大の奇跡を成し遂げた八世さんを、いまや人びとは神のごとくあがめ始めている。


 で、その先は何だ?


 やがて商会は、神和教団とでも名を変えて、その影響力を持って人々を支配するのか……

 彼らの願いを叶え続けるだけの力が、商会にはあるのだから、その気になれば……それも可能だ。


 


 執務室の扉をノックすると、中から応えがあって俺は扉を開く。

「やぁ、来たね」

 既視感のある言葉に無言で頷く。

「そろそろ来る頃だと思ってたよ……何?眉間に皺寄ってるけど」

「……来る頃、っていうのはどういう?」

「え?ああ、時が満ちたからね」

「時が……満ちた?」

 八世さんは椅子から立ち上がると、芝居がかったしぐさで両手を広げ、そして、おもむろに言った。

「そう、時は来た。神殺しの刻だ」






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