第30話 八世さん、10S(ディカプル)の実力
「それは、ちぃちゃんが今、誰かの救いを必要としているということなの?」
「…………あの人は……多分、神殺しをしようとしています」
「それって、ハザマさんをどうにかしようって思っているということ?」
「自分が正道を踏み外した復讐なんだ、というような事を言ってましたね……」
「復讐……それって、わたしのせいかも知れないわ。わたしが、巫女の役目を軽んじたせいで、ちぃちゃんにとばっちりが行ったって話よね。それをハザマさんのせいだとか……」
――いや、あのじいさんも大概だから、全然潔白って訳でもないと思うけど。
「神殺しの先に、世界がどうなるのかは分からないですけど、少なくとも、それを行った八世さんが無傷だっていうのは考えにくい……神様に手を出したからには、何らかのペナルテイというか、そういうものがあるんだと思うんです」
「
「そりゃあ、自分の身近な人間が不幸になるのが分かってたら、止めたいと思うものでしょう?なのに、俺には無理なんです。俺の言葉は、八世さんには響かない。でも、十広さん、あなたなら、『天使』のあなたになら、八世さんを止められるかも知れない……あの人が不幸になるのを止められるかも知れない」
「分かったわ。わたしも、ちぃちゃんが不幸になるのは嫌だもの。それで、救う……っていうのは、具体的にどうすればいいの?」
――ん?
「確かに、この世界に来るに当たって、わたしは天使という肩書を与えられたのかも知れないけど、それで誰かを救うとか、助けるとか……申し訳ない話だけれど、これまで、そういう事、意識的にやったことがないのよ」
「どういう……え?だって、あなたを召喚した人がいた訳でしょう?だからあなたはこの世界に来たんですよね?」
「……召喚というか。気付いたらハザマさんの所にいて。二十年前のことで、よく覚えていないのだけれど……確かわたし、神和の家にはもう戻りたくないんですって言ったのよね。そしたらハザマさんが、じゃぁ、別の世界にでも行ってみるかい?って。そんな感じの流れだった気がするんだけど」
「…………はは」
――安心安定のアバウト感だな。
「それなら、会って話をしてもらう所からですかねぇ……」
何をどうすればいいのか分からない。けど、十広さんの顔を見れば――幸せそうにしている彼女の現在の姿を見れば、八世さんの荒んだ気持ちも少しは和らぐんじゃないかと、それこそ神にも祈る気持ちで思う。
「それで、八世さんが復讐を諦めてくれればいいんですけど」
「馬鹿なの?お前」
「……っは?」
背後に人の気配を感じたと思ったのと同時に、その声は聞こえた。驚いて振り向いた俺の目に映ったのは、八世さんその人だった。
「え……なんっ」
「そもそも、そんな簡単に諦めるような覚悟で復讐なんて始めてないし。あ、十広姉さん、お久しぶりです。双羽さんも、お元気そうで何よりです。それでだ、九。言っておくけど、僕はね、誰かに救って貰いたいとか、これっぽっちも思ってないからね」
「……って、あんたどっから湧いた訳ですかっっ!」
「うん。ソコはほら、僕はこの世界で、一番凄い魔法使いな訳だから」
「だからっ?」
「ここの結界は、ほんと鉄壁で厄介だったんだよ」
――その鉄壁を――中から入れて貰えなければ、普通には入り込めない厄介な結界を、この人はどうやって……それに、俺たちが話してた内容を知ってるようなこの口振りは……
八世さんは、部屋を横切って十広さんの横に立っていたラムダリアに近づくと、その耳に下がっていたイヤリングを手に取りながら、しれっとした顔で言う。
「この集音器、なかなかいい感度だったよ」
「集音器……って、盗聴してたんですかっ?」
「うん、まあね。情報収集は、戦略の基本じゃない」
「そりゃ……ぁ、そうですけどぉぉ……」
仮に盗み聞きしてたとして、それだけでは、八世さんがここにいる説明にはならない。
「魔王が双羽さんだとは予想外だったけど、姉さんがこの城にいるのは知ってたから、もしかしたら、ラムダリアなら中に入れて貰えるんじゃないかなって、思ったんだよ。ま、入れたらラッキー位のノリだったんだけど」
「知って……たんですか?」
「まあね。僕はこの世界で、一番凄い魔法使いな訳だから」
「自慢かっ!それもう聞きましたからっ」
「いや、だから、中に入れればさ、城の内部に入るヒントとか、何か手に入るかな~と思って」
「ヒント?」
俺たちがここに来てから、そんな話したっけか?
「ほら、結界に綻びがあるって言ってたじゃない?だから、そこからお邪魔させて頂いたんだよ」
――綻び。結界の。
『こっち来てから2、3年はね、私もまだ仕事に慣れていなかったから、ここの防御も結構穴だらけで、その時期に攻略されてたらひとたまりもなかったんだけどね』
「え、だってそれは……」
二十年も前の話で。って…………
「まさか、あなたは……過去の綻びから城の中に入って来たって言うんですか?」
「そうだよ。なにしろ僕はこの世界で、一番凄い魔法使いな訳だから」
――三回目かよ(げんなり)
つまり――この世界で、一番凄い魔法使いであられるところのこのお方は、時間跳躍能力を有している、と。
「どんだけチートなんだかなんだがっ!」
「でまぁ、僕の侵入を許した時点で、魔王双羽様、あなたの負け、なんで」
八世さんが窓の外に視線を向ける。彼が城の内部に入り込んだことで、ここの結界はすでに解除されたのだろう。そこここにはためく旗は、神和商会が編成した魔王討伐軍のものに違いなかった。城はすでに、魔王討伐軍に取り囲まれていた。
「いつの間に……」
俺がそう呟く横で、双羽さんがため息をひとつ落とした。
「了解。抵抗はしない。負けを認めるよ。それで?負けた時の話とか、私はハザマさんから特に聞いていないんだけど……」
そんな双羽さんをチラリと見て、八世さんは表情ひとつ変えずに、パチンと指を鳴らした。
突然、銀色の鎖が現れたと思ったら、鎖は蛇のようにうねりながら、あれよと言う間に双羽さんの両手首に絡み付いた。双羽さんはそのまま両腕をバンザイの形にされて、あっという間に拘束され、天井から宙吊りの状態にされてしまった。そんな屈辱的な扱いに、僅かに顔を強張らせたものの、双羽さんは、抵抗はしないという言葉通りに黙ってなすがままにされている。
「ちょっ、八世さんっ!抵抗はしないって言ってるのに」
そんな状況に、俺は思わず抗議の声を上げたが、それは聞き流される。
「悪行の限りを尽くした魔王が倒されたってことを、僕たちは、これから人々に知らしめなければならないんです、魔王様」
「……そうか。私は――魔王は負けたら死ななければならないってことなのか」
――双羽さん、何言って……
「その通りです、魔王様」
「ひとつだけ、お願い聞いてもらっていいかな」
「何ですか?」
「トーコさんには酷いことしないで欲しい」
「ああ、それは、姉さんは元々魔王討伐の攻略目標には入っていないので、心配は要りません。でも、双羽さん……あなたには、一度死んでもらわなくてはならないので」
「八世さんっっ!」
どこか剣呑な雰囲気に、俺が身を乗り出したその時――
八世さんの手に、光の剣が現れた。
八世さんはそのまま、流れるような動作でその剣を横に薙ぐ。
一閃の光が、双羽さんの首と胴をきれいに両断した。
――な……にを………………………………………―――――
まるで悪夢でも見ているような。
時間が止まったような錯覚のなかで。
俺の体はその場に縫い付けられたように動かなかった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
ラムダリアの悲鳴に、俺の麻痺していた感覚が一斉に起動する。向けた視線の先で、十広さんが蒼白の顔をして、泣き叫ぶラムダリアを、その視界を遮るように抱き寄せていた――
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