第27話 派手に器物損壊したら、高額請求書が送られてきました。

「えっと、これ、何ですか?」

 八世さんに突き付けられた、何だか桁数の多い数字の並んだ明細書に、俺が思い切りデジャブを感じていると、

「何か、請求書来ちゃった」

 と、八世さんがてへっと何かやらかしちゃった的な笑みを浮かべて言った。


――どうでもいいけど、「てへっ」が可愛いのは十代までだからなっ。


 二十代でもどうかと思うのに、三十代でそれやったら、問答無用で殴って良いレベルだ。

「何ですか?この請求書は」

 前に俺がラムダリアに突き付けられたモノと比べても、桁が三つ四つ多い。てことはこれ、超超超高額請求ってことなんじゃないだろうか。

「魔王様の支城壊した損害賠償的な?」

「は?損害賠償請求ってことですか?て、何でそんなもんが送られてくんの?」

「まあ、僕も流石にあれはちょっとやりすぎだったかなぁ……って思ってたから、怒られても仕様がないかなって」

「おこ……られたんですか?」

「うん」

 頷いて八世さんが、請求書に同封されていたのだという、何だか立派な角の生えた頭部のシルエット(いわゆる魔王マークって奴?)の透かし入りの手紙を俺に見せる。


「気が付いたら机の上の請求書の山に紛れて置いてあったんだよな。ここの結界くぐり抜けて、どうやって送り込んで来たのかは謎なんだけど。中々やり手な魔王様ってことなのかな」

 通常、請求書の類いは、郵便で秘書室の方へ届いて中身をチェックされて、仕分けされてから、八世さんの元に届くのだという。

「ま、それはともかく、『あんな強力な魔力使うのはルール違反だ、ズルい』ってさ」


――ルール違反って、そもそもルールなんてものがあったのかよ。


 手紙に目を通しながら、そんなことを思う。内容を要約すると、ズルいの他には、今回行われた破壊と殺戮からの復旧には、多額の費用を必要とするので、ついてはその費用を相応に負担していただきたく、請求書を送らせて頂いた。必要経費の見積もりは以下の通りで……云々。


「復旧費用……って。せっかく攻略したのに、復旧させるってことですか?」

「んーー。まあ、分かりやすく言えば、今回のは、試合をやるスタジアム的な部分まで壊して、選手を軒並み病院送りにしちゃったみたいなものだから、再試合の為には、スタジアム直して、選手の治療費やら、人員補給のための費用やらが必要だってことで」

「再試合……」

「VS魔王戦ほど、派手に奇跡を演出できる舞台はないわけだから、魔王という存在をこの世界から完全に消し去ってしまうと、ほら、こちらとしても色々と不都合がね」

「……大人の事情って奴ですか」

 奇跡を起こし続けるためには、倒すべき敵の存在が不可欠だって、そういう理屈?ていうか、それって思いっきり出来レースってことなんじゃぁ……

「つまり魔王討伐って、思いきし茶番ってことですか?」

「茶番っていっても、討伐戦自体はそれなりに真剣にやってるから」

「でも、トドメは刺さない訳でしょう?」

「魔王以上に悪役上手にやってくれる奴、中々いないからさぁ。トドメなんか刺しちゃったら勿体ないじゃない。使える悪役育てるの、結構大変なんだよって、ハザマさんも言ってたし。二十年位前に魔王不在の時期があったらしいんだけど、やっぱり奇跡の発生率下がっちゃったらしくて。だから、なるべく魔王は保護する方向で討伐したほうがいいよって。せっかく優秀な魔王確保スカウトしたんだからって」


――ハザマさんェ……


「まあ今回は、ラムダリアの魔法で、僕たちの方が世界の均衡崩しちゃった訳だから、多少の賠償はしないとなって感じかなぁ」

「世界の均衡って……」


――バランスよく、勝ったり負けたりって意味だとはな~


「にしても、これはちょっとこっちの負担が多すぎな気がするから、九、お前、ちょっと魔王城まで行って、値引き交渉してきてくんない?」

「はい……?」


――魔王城まで行って、値引き交渉。


「はぁぁっ?」


――ていうか、交渉?って話し合いってことだよなっ?そんなことが出来るなら最初から……って、ああそっか、話し合いじゃ、人々に奇跡を見せつけられないのかーーーっ。


「てか、何で俺?万広とか、交渉上手そうな奴、他にいるだろうに」

「万広は戦闘力そんなに高くないから、周りに魔物がうじゃうじゃしてる魔王城まで辿りつけないと思うんだよね。それに、九って、交渉とか話し合いとか、得意そうじゃない」

 そりゃあね、現実世界じゃ営業職でしたけどね。

「魔物なぎ倒しながら魔王城まで行くのが不安なら、護衛にラムダリアも付けてあげるよ?彼女がいれば、転移魔法で城の下まですぐだと思うし、何かと便利だろうし」

 行くのはもう決定事項のようだ。交渉の余地があるのは、誰がどうやってって部分らしい。

「それなら、万広の護衛にラムダリアだっていいんじゃないですか?」

「万広じゃ、ラムダリアが暴走した時に、止められないでしょ」

「俺だって、あんなの止められないですよ」

「大丈夫、九といれば、ラムダリアは暴走しないから」

「そんな根拠のないこと言われても、ですね」

「頼りになる大人、」

 八世さんの指が俺を指す。

「は?」

「だと思われてるよ、九は、彼女に」

「何ですかそれ……」

「信頼されてるってことだよ。ここ最近の、彼女の精神状態の落ち着き様を見れば分かる」

「……」

「ちなみに、ラムダリアを特使として派遣するってなると、お前の護衛なんかいらない、一人で十分って。あのなら、言いかねないでしょ。自分の後始末っぽい仕事だから尚更さ。だから、九の方を特使にして、彼女が護衛っていうのが、最適解かなって、それが僕の結論。行って来てくれるよね?」

「……分かりました」

 八世さんがそう結論を出したのなら、それはもう決定事項。口調は柔らかでも、厳然たる命令ってことだ。


 こうして俺は、ラムダリアと二人で魔王城まで行くことになるのだが――


「うっわ~何これ、すごぉ~い」

 ラムダリアのウキウキ楽しそうな声が部屋の中にこだまする。


 部屋――まるでブティックのように、部屋中ドレスで埋め尽くされているそこは、いわゆる衣裳部屋とでも呼べばいいのか。こういうモノを見て舞い上がっている所を見ると、ラムダリアも普通の女の子に見える。

「マダム・エヴァンジェリンのシーズンコレクションシリーズだよ~いいでしょ、フフフ」

 ドレスの間を目をキラキラさせながら行ったり来たりしているラムダリアを眺めながら、そう言う八世さんも、どこか楽し気だ。聞けば、かつてラムダリアに仕えていた時分に、八世さんが好んで彼女に着せていたドレスが、『マダム・エヴァンジェリン』というブランドのもので、こちらの世界では、かなり人気のドレスメーカーらしい。


「ラムダリア様と別れてからも、着せる相手もいないのに、新作が出る度についつい買っちゃってね。なんかお得意様登録してたらさぁ、シーズンごとにカタログ送ってくるんだよな。それを何気なくパラパラと見るじゃない?気付くと買っちゃってるんだよな~全く商売上手だよな~気付いたらこんなことになっててさ。このドレスたちが、日の目を見る日が来るとは感慨無量だね」


――上質のカモ、って奴だな。


 稼ぎはいいのに、財布の紐がゆるい残念な大人……しかも、実寸大着せ替え人形が趣味とか……趣味とか……。趣味とか~~。

 つーか、もっと男のロマン的な血潮を熱くする趣味とかもってないのか。例えば、筋トレとかさ。(注:自分の趣味は棚に上がっている)


「で、これ着て行くんですか?魔王城」

「そう。あ、九のは、あっちにタキシード用意してあるから」

「タキシードで腰に剣下げて行けと?」

「だって、僕の特使な訳だから、きっちり正装してってもらわなきゃ。魔王様に失礼があっちゃいけないし」


――失礼があっちゃって、俺たちの立場は向こうより、上なの?下なの?


「……あのさ、もしもの時は、サクッと倒して来ちゃってもいいのか?」

 いきなり請求書送り付けて来るぐらい怒っているなら、すんなりハイそうですかって話にはならないだろうと思うし。揉めた時には、もしものことだってないとは言えないだろう。多分、俺とラムダリアのコンボなら、それも可能だ。


「九なら、なるべく穏便に済ませてくれるって、信じてるから」 

「信じられてもなぁ、出来ることと出来ないことがあるし。因みに、上からガツンと行っていいのか、下から控えめに行くべきなのか、その辺は?」

「ん~その辺は、臨機応変てことでひとつ」


――良きにはからえ、ってか。


 命令する方は、いつも気楽だ。

「だってほら、魔王様なんて、誰も会ったことがない訳だから」

「……」


 こうして俺たち二人は、めかしこんで魔王城まで行くことになったのだった――

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