第26話 だってそれは神様のせい

「ま、長くなりそうだから……お茶でも飲みながら話そうか」

 そう言って八世さんがパチンと指を鳴らすと、さっきラムダリアが魔法でセッティングしたテーブル一式が現れた。テーブルの上では、紅茶がまだ温かい湯気を立てている。

「せっかく淹れてくれたんだし」

「……勝手に飲んだりして、怒られますよ?」

「だって紅茶は冷めたらおいしくないじゃない。それにこれ、元々僕の部屋にあったやつだし」

 つまりラムダリアは八世さんの部屋から、このテーブルセット一式を空間転移で持ってきたってことらしい。

「それでも、所有権は主張されそうですが」

「そしたら、冷めてない紅茶をごちそうするよ」

「……ああ、そうでした」

 目の前のこの人は、魔法使いなのだ。少女の願いを何でも叶えることなんて朝飯前の。

「じゃ、遠慮なく」

 ソファーに腰を下ろし、どこかフローラルな香りのする紅茶を啜る。特別な配合でブレンドされてる感じのこの茶葉は、一体どちらの好みななんだろうかと、どうでもいい疑問が頭に浮かぶ。ま、その辺、下手に話を掘り下げると、ただでさえ長いという話が更に長くなりそうな気がしたので、俺がその質問を口にすることはなかった。


十広とうこ姉さんがいなくなったのは、僕が十六才の時だった――」


 八世さんの家は、俺の家なんかとは違って、神和の血をより濃く受け継ぐ血統だ。優秀な能力者が多く、神和の宗主を何人も出している名家、神和本家にごく近しい家柄なのだ。神和の本流の一翼を担っていると言っても過言ではない。だから、その能力次第では、八世さんにだって次期宗主の可能性があったのだと言えるだろう。

 そして、俺の知る神和十広さんという人は、巫女として優秀な人で、神和の総本社に仕える巫女の頂点にいた人だった。予知能力があるという噂が、どこまで本当だったかは分からないが、強い神力の使い手だったというのは、間違いではなかったと思う。


 そんな十広さんの神隠しは、一族の端っこの方の俺の家でも、話題にあがった程だ。要するに、彼女は一族では有名な人だったのだ。その少し前に、十広さんが巫女を退いたという話が聞こえてきた時には、うちの両親の間でさえ、責任感がどうの、今どきの若い子は自覚がどうのという話になっていたから、当時子供だった俺にはいまいちピンと来ていなかったが、一族の間ではかなりセンセーショナルな話題だったのだと思う。


「十広さんの神隠しって、巫女を辞めた頃のことですか?」

「十広姉さんは、その能力の高さゆえに、巫女として神和に尽くすことを期待されていたんだよ。だから、子供がどうのって話以前に、そもそも恋愛禁止だった。男女のことっていうのは、巫女の力に影響が出るって話だからね。にもかかわらず、姉さんの暴挙で、神和は予知の出来る有能な巫女を失った。その頃の上の方の人の認識は、そんな感じだったよ。父からもひどく詰られて、身の置き所がないって感じだった」


――誰も知ってる人がいない、どこか別の世界に行ってしまえたらいいのに。


「会うたびに、そんな風に言ってて……」

 八世さんは当時を思い出したのだろう、悔しそうに唇を噛んだ。


 不埒な娘だが、濃い血の子供だ。もしかしたら何らかの力を宿して生まれて来るかも知れない。そんな本家の思惑から、十広さんは家に閉じ込められて、恋人に会うことも許されなかったらしい。


「姉さんに頼まれて、僕が何度か相手の人と連絡とってあげたりしてたんだけど、そのうち、神和の揉め事に巻き込まれるのが嫌だったんだろうな……その人姿を消しちゃって……姉さんは誰にも頼ることが出来ずに、本当に心細かったとおもう。……そんな姉さんに、僕は何もしてあげられなかった」


 そんなどん底の状態で、十広さんは異世界に召喚された――ということか。

 それから二年たって、八世さんもまた、その異世界に行くことになる。


「そこで初めて、僕はハザマさんに姉さんが異世界に行ったんだって聞かされたんだ」

「それで、探して連れて帰ろうと思ったんですか?」

「連れて帰るっていうか、元気でいることだけ確認したかったんだ。姉さんの場合、帰ってくることだけが幸せだとは限らないと思ってさ」


 八世さんの最初の召喚は、十日ほどで完結している。夏休みに旅行に行ったぐらいの感覚だ。だから、周囲には異世界召喚の話はあえて知らせなかったという。

 唯一、年下の無邪気な従兄弟――同じ名前だってことで、何かと気にかけ、可愛がっていた高校生の千広、つまり俺――に、冒険譚つくりばなしとして面白おかしく話して聞かせただけだった。


「……その時、風の噂で聞いただけだけど、まぁ、元気でやってるっぽいことは分かったから、それならいいかって」


 それで自分の中で決着を付けて、八世さんは現実へ戻ってきたのだ。それなのに、七年後、八世さんはラムダリアによって、再び異世界へ召喚されることになる。


「ちょうどその頃、神和では、先代の宗主が健康上の理由でその座を退くことになって、次期宗主の選抜が行われていたんだ。三人の候補が能力を示し合って、より優れた者が次期宗主として神和を統べる。そういう段取りで、僕はその候補の一人だった」

「え?十年前の宗主交代の儀式って、八世さんも候補だったんですか」

「そう。ちなみに、宗主、誰がなった?」

「確か、神和五世いつせ一広さんって人だったかな……」

 外縁の人間には、その程度の話題だ。宗主が誰になろうと、こちらの生活にはさして影響はないのだから。


 だが、

「いつせか~」

 八世さんは、と言えば、頭を抱えて呻くようにその名前を呟いた。

 まあ、本流の人にしてみれば、その辺は大問題なのだろう。


「宗主なんて、一番興味ないみたいな、涼しい顔してたくせに……やってくれる。ふふ、ま、五世なら、相手にとって不足はないけど」

「……相手?」

「五世は僕の敵ってことだよ」

「敵って、どういう……?」

「いいかい、九。一族の中で異世界召喚される人間を決めているのは、宗主なんだ」

「宗主?ハザマさんじゃなくて?」

「かなり昔は、ハザマさんだったのかもだけど、今は、間違いなく宗主が決めてるんだよ。だいたい、あのハザマさんが、まともに仕事してるように見えるかい?」

「う……まあ、見えません……ねぇ……」

「要するに、現在において、異世界召喚というシステムは、権力闘争の道具として使われている。つまり、宗主にとって、都合の悪い人間は、あまねく異世界に飛ばされる、ということだね」

「厄介払いってことですか?えぇ~!?俺、そんな上の方の人に、何か睨まれるようなことしたのかっ?」

「まあ、九の事情は知らないけど、そういう事情だから、仮にあっちに戻ったとしても、異世界帰りは一族の中では厄介者扱い。だから、まともに社会復帰できないし、ホントいいことないんだ。だからさぁ、」

「戻らないで、一緒に異世界征服、神殺し、しない?……ですか」


 八世さんの原動力の根底に、復讐心があるのはよ~く分かった。言ってみれば王様のイスに手が届きそうだったのに、搾取される側の奴隷に叩き落されたってことなんだろうから、それはそれは、恨めしいことだろう。


「九って、物分かり良くて、だから好き」

「事情が分かったって、やりませんよ」

「だって神様がちゃんと仕事してくれてたら、僕たち、こんなことになってないんだよ?いてもいなくても変わらない神様なら、いなくても構わないと思わない?ぶっちゃけ、ちゃんと仕事してくれる神様の方がいいって、思わない?」

「……って、神様にでもなるつもりですか、あなたは」

「うん、そのつもりだけど?」

「はぁっ?」


――ハザマさん、呑気にゲームなんてしてる場合じゃねぇぞ。


 俺の理解の範囲を超えて来る八世さんの「壊れっぷり」は、間違いなく、ハザマさん、あんたの怠慢ぐーたらのせいだわ……


――全く擁護のしようがない辺りが救われないっていうね。


 困った。これは、止めようがない。

 困った。ああ、困ったなぁ……

  

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